第456話 教育係
エリクスから飛び出した我が家に馴染む人材の前提。
それは変わり者であること。
ははっ、そんなわけはないだろう。
現に今だって変わり者じゃない家来衆が……。
今だって……。
あ、アデルとか変わり者ではなくないか?
【その乳母さんは有事の際の口癖が「刺し違えてでも」ですね】
……そうだった。
他だと、ハメスロット。
そうだ、ハメスロットがいるじゃないか!
我が家の常識の門番、技の執事ハメスロットが!
【エイミー様のためにカニルーニャの家宰の地位をあっさり捨てて地獄の一丁目であるヘッセリンクに転籍することを即決する男ですよ? 世間に照らし合わせればどう考えても変わり者ですが……】
入り口で変人扱い確定してるのかあ。
いや、諦めるなレックス•ヘッセリンク。
エリクス以外にも話を聞けば、我が家に馴染む人材像の新しい意見が出てくるかもしれない。
「そりゃまあ、エリクスの言うとおりじゃね? まともな人間が兄貴の下で完璧に能力発揮するのは無理だろ」
新しい意見は出てきませんでした。
その回答を受けて不満を顔に出した僕に対して、メアリがなぜか薄ら笑いを浮かべ、たとえば、と低いトーンで語り出す。
「ある伯爵様の家来衆が敵対する貴族を殴りました。場所はよりによって王城です。普通ならなんらかの沙汰があるまで動けないはずなのに、その伯爵様は何をしたでしょう? そう、敵対する貴族の領地に攻め込むため、本拠地に残してきた全戦力を招集したのです」
なんのことかと思ったら、フィルミーがエスパール伯を殴り倒した一件じゃないか。
何を言いたいのかと僕がきょとんとしていると、メアリがため息をつきながら肩をすくめた。
「まともな貴族の家来衆なら、主人を諌めるなりなんなりするし、本当に国都まで行かねえんだよ。常識的に考えて。だけどあの時俺達はどうだった?」
「ジャンジャックさんの号令のもと、なんの疑問も抱かずに武装して国都に駆け付けたわね。ふふっ、懐かしい」
メアリに寄り添うように立っていたクーデルが素敵な思い出を懐かしむように笑う。
そうだった。
あの時、あの場を切り抜けるための怖い伯爵様ムーブの延長線で戦闘員を招集したら、みんなとんでもない速度で駆けつけて来たんだった。
「俺やクーデルはもちろん、フィルミーの兄ちゃんやエリクスでさえ兄貴がどっかに攻め込むぞって言ったらそのとおりにする。だけど、まともな感性持ってるやつは一回立ち止まって考えるはずなんだよ。本当にいいのか? ってさ。それが間違ってるとは思わないけど、ヘッセリンクとしては致命的。動きが一歩遅れちまうから」
考えるな、感じろって誰の言葉だったっけ。
つまり頭のネジと一般常識をぶっ飛ばして即応できるくらいじゃないとヘッセリンクの家来衆は務まらないよ、と。
「そもそもエリクスが今お嬢様のために作成しているヘッセリンクの教科書の一番目には、『ヘッセリンクの常識、世間の非常識』と書かれているくらいですし」
「そうらしいな。ただ、どう考えても巻頭に持ってくる標語じゃないだろう。もっと我が家に相応しい言葉とかなかったのだろうか」
クーデルの指摘に思わず頭を抱えてしまう。
あいつは後継者候補に何を教えるつもりなんだと思ったが、それを聞いたエイミーちゃんは笑ってたんだよなあ。
可愛かったです。
「あれをドアタマに持ってきて兄貴が世間的な基準じゃねえことを教えるの、大事なことだと思うけど?」
「それはそうだが、それだとヘッセリンクが悪者みたいな印象を与えないか?」
『狂人脱却計画』を絶賛推し進めているというのに、子供達に我が家がヒールだと思われるのは計画の後退に繋がりかねない。
【前進してませんから後退もしません。どうかご安心を】
具体的な成果は一切示せないけど前進してるさ!
「ご心配なく。そのあとにはこう続きます。『だが、世間の常識が必ずしも正しいとは限らない。わからないこと、迷うことがあれば信頼できる相手に意見を求め、判断材料とすること』」
なるほど、ここまでセットだと聞こえ方も感じ方も変わってくるか。
「しかしクーデルはよく覚えているな」
「イリナの子供が生まれると聞いて、エリクス製教科書の完成しているところまでを毎日熟読していますから。お許しをいただけるなら、イリナの子供の教師役は、私が務めるつもりです」
クーデルが先生?
まあ、メアリが関わらなければまともな子だし、戦闘から家事までなんでもこなせる万能系家来衆だ。
許可しない理由はない。
「いいだろう。ただし、フィルミーとイリナの同意を得たうえでという条件をつけさせてもらうがな」
花が咲いたような満面の笑みを浮かべるクーデル。
そんな相棒の顔を見てメアリの頬が若干赤くなったのを僕は見逃していない。
あとでエイミーちゃんと共有しよう。
「ありがとうございます。実は二人には既に了解をもらっているんです。親友の子供に敬愛するヘッセリンク伯爵家とそこに脈々と受け継がれてきた愛の関係を教えることができるなんて。ふふっ、今から楽しみです」
これは早まった、か?
今からでも取り消そうかと思ったけど、メアリがひらひらと手を振っている。
「大丈夫だよ兄貴。俺がちゃんと見張っておく」
「私とメアリの子供は、誰が先生役をしてくれるのかしらね?」
メアリの肩に頭を乗せて甘えるクーデル。
僕の前なのに本当に遠慮しないわね貴女。
でもいいぞ、もっとやれ。
「なんで俺とお前の子供が生まれる前提なんだよ! まあ、もしそうなっても俺は自分で教えるからな? お嬢は今ですら次元竜なんてやべーもん召喚してやがる。周りをまともな人間で固めといたほうがいい」
「そして、そのまともな人間は家来衆の子供世代か」
これまでも家来衆同士の子供はいたはずなのに、そのままオーレナングに残ったなんて話は聞かない。
なにかあるのか、一応グランパとパパンに確認だけしておこう。
「エリクスが言ったとおり、外から引っ張ってこようと思ったらそれなりの変わり者しか集まらねえからさ」
「我が家に馴染む条件が変人なら、お前達の子供もそうだということになると思うが……」
「そのなかでどこまで世間の常識に寄せていけるかが勝負だわな。クーデルじゃないけど、そう考えると次世代を育てるってのはやり甲斐のありそうな仕事だよ」
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