第457話 レックスさんからお手紙ついた ※主人公視点外

 俺がその手紙を読んで人知れず震えていると、長年の部下であり、この王立学院では最古参の教員であるムスタが学長室に駆け込んできた。


「学長! 至急お耳に入れたい緊急の用件がございます! 入りますぞ!!」


 普段は何事にも動じず、生徒のどんな事情も勘案せず試験の結果のみで評価を下す鬼教師として恐れられているムスタがこれほど取り乱すのも珍しい。

 正直取り乱しているのはこちらも同じだが、それを部下に悟られないよう努めて落ち着いたフリをしながら対応する。

 

「おう、入れ。こっちもお前に話したいことがあったところだ。これ、この手紙」


 とりあえずこちらの用件を伝えて驚きと恐怖を共有したい。

 そう思い、先ほどまで読んでいた手紙をムスタに突き出す。


「失礼します。……積み上げられた金塊の紋章!? これは、ヘッセリンク伯爵家ではないですか!!」


「ああ。レックス・ヘッセリンク伯爵殿から、我が王立学院の生徒について調査書が届いた」


 そう、ヘッセリンク伯爵家。

 レプミアの西の果て、魔獣の森を領有する国一番の狩人から、何を間違ったか調査書が届いたのだ。

 それも、当代伯爵はあのレックス・ヘッセリンク。

 学院の長い歴史の中で、生徒の派閥形成はよく見られるものだが、かのレックス・ヘッセリンクが在学中に組織した『狂人派』と呼ばれる派閥は、属する生徒の数においても質においても過去最大かつ最高を誇ると言ってもいいだろう。

 ちなみに先代ジーカス・ヘッセリンクは派閥に与しない一匹狼だった。

 また、先々代プラティ・ヘッセリンクもそれに近い存在だったが、現カナリア公およびラスブラン侯ら後輩生徒の組織した複数の派閥が実質プラティ・ヘッセリンクの支配下にあるという複雑な体制だったと聞いている。


「明日は雪か嵐でしょうか」


「雪も嵐も耐えれば過ぎるが、ヘッセリンクは永遠にそこにある。どちらが怖いかは考えるまでもない。とりあえず読んでみろ」


 貴族からの手紙とは思えないほど簡潔でほぼ用件しか書いていない。

 正直助かるが、その素っ気なさがまた正体不明の恐怖を煽る。


「……なにか、特殊な暗号でしょうか。そのあたりに明るい先生を連れてまいりましょうか?」


 言いたいことはわかる。

 ヘッセリンク伯爵家が求めてきたのが、腕力に長けた生徒ではなく、文官としての能力を有する生徒の斡旋だったのだから。


「すでに確認させた。暗号やら何やらの法則性は認められないそうだ。それでもなお疑うなら王城に属する専門家に見せるしかないとさ」


 まあ、暗号など仕込んでるわけないことは重々承知しているのだが、それを疑わせるのがヘッセリンクという家の迫力だ。


「では、本当にヘッセリンク伯爵家が文官を求めていると? それはそれは。時代が変わったということでしょうか」


「レックス・ヘッセリンク伯爵様ご本人から俺個人宛だぞ? 元教え子とはいえ、口から心の臓が飛び出るかと思ったわ。それで? お前のほうは」


 あの鉄面皮先生ことムスタが廊下を全力疾走するほどだ。

 ヘッセリンクからの手紙ほどではないにせよ、よほどのことがあったのだろう。


「学長は、我が弟子エリクスを覚えておいででしょうか」


 エリクス?

 懐かしい名前だな。


「忘れるものか。過去に類を見ない成績優秀者だ。座学だけなら狂人派の頭脳と呼ばれたロンフレンド男爵家のブレイブすら上回る成績を残したくせに、護呪符なんていうほぼ禁術スレスレの学問に傾倒した挙句仕官し損ねた変わり者。それこそ、今はヘッセリンク伯爵家に雇われてるんじゃなかったか?」


 首席卒業で、なおかつ平民出身だ。

 しがらみがねえから王城はもちろん上級貴族からも引く手数多だったってのに、まあ頑固で条件を譲らねえ。

 結局どの家とも折り合わずある時姿を消しちまったんだが、ヘッセリンクに拾われたって聞いてたまげたもんだ。


「その禁術スレスレの学問も私の専門分野の一つなのであまり悪く言うのはやめていただきたいところですが。まあ、そのエリクスから文が届きました。中身はヘッセリンク伯爵様からのそれと同様、文官を求めているので生徒の中からこれはという人材を推薦してほしい、と」


「上級貴族からの引き合いは学院にとって歓迎すべきものなはずなのだがな。ヘッセリンクからの人材斡旋の求めは、いつ以来だと思う?」


 俺の問いかけに、ムスタがすっかり髪の薄くなった頭に手をやり目を瞑る。

 

「少なくとも先代、先々代では行われていなかったのでは? 百年単位でそれが行われていなくても驚きませんが」


 学院の生き字引きらしくいいとこを突いてはいるが、残念。

 不正解だ。


「一度も行われたことがねえんだこれが。おめでとうムスタ。我々は王立学院の歴史において誰も体験したことのない難事に立ち向かうことが決まった」


 ただでさえ上級貴族連中なんてワガママで仕方ねえのに、今回のお客様は狂人ヘッセリンクときたもんだ。

 救いがあるとすれば、レックス・ヘッセリンクが俺達の教え子だってことか。


「その難事に立ち向かうにあたり、我が弟子エリクスから一つの手がかりが示されました。これをご覧ください」


 手掛かりだと?

 具体的に欲しい人材像でも書いてきてくれたか?

 どれどれ。


「変わり者であることが望ましい、だと? くそっ! 手掛かりどころか余計わからなくなった! まったく真意が読めん! ムスタ、ヘッセリンクから人を出してもらうよう弟子に文を送ってくれ。変わり者なんか掃いて捨てるほどいるが、この文だけでは判断しかねる」


「では、エリクスを呼び出しましょう。久しぶりに弟子に会ってみたくもありますのでね」

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