おまけ グランパとグランマ
恒例のジャルティク遠征を終えてオーレナングに戻ると、なぜか国都に常駐しているはずの妻エリーナがやってきました。
まあ、愛妻の顔を見ることができるのならどんな用事でも大歓迎なのですが、馬車から降りるなり、早朝にも関わらず大きな声で私を詰問する構えです。
「プラティ殿! 今日という今日ははっきり答えていただく! 王城からの呼び出しを無視して、一体どこに行っていたのか!」
ああ。
流石にエリーナに連絡が行きましたか。
まさかジャルティク行きの日程で呼び出しを受けるとは本当に運が悪い。
まあ、もちろん先約優先ということでジャルティク遠征を強行しましたが。
「まあまあ、落ち着いてくださいエリーナ。綺麗な顔が台無しですよ? さ、まずは朝食にしましょう。今日はとっておきの料理ですからね」
ちょうど今回の遠征で教えてもらったジャルティク料理を作ってもらっているところだったので朝食に誘うと、エリーナが目を吊り上げて掴みかかってきました。
「悠長に朝食など! た、確かに私はお世辞にも女らしいとは言えないが、それでもプラティ殿に嫌われないよう化粧をしてみたり、色々と努力をしてるというのに」
「私が君を嫌う訳ないでしょう? おかしなことを言う子ですね」
化粧などしなくてもその肌は十分に美しく、背の高いエリーナには男装もよく似合っています。
むしろ彼女がドレスなど着てごらんなさい。
そのあまりの愛らしさに有象無象が群がる光景が目に浮かびます。
その意味でも彼女の男装を止めることはありません。
「ではなぜ私にも秘密で定期的に姿を消すのだ! 他所に、お、女を作って浮気しているのだろう!?」
「浮気!?」
涙目で訴える愛妻に、柄にもなく動揺してしまいました。
よりによって浮気を疑われるとは。
声が上擦るのを感じながら、努めて冷静に確認します。
「まさか。可愛いエリーナがいるというのにそんなことをするわけがないでしょう。一体誰がそんなことを?」
純粋なエリーナがこんな結論に達するなんて誰かに入れ知恵されたに違いないと思い尋ねると、躊躇いながらも犯人を教えてくれました。
「……プラティ殿が親しくされているカナリア公爵家のロニー殿やラスブラン侯爵家の」
「わかりました。皆まで言わなくて結構。あの二人は近日中に丸焼きにしてオーレナングの森に捨てておきます」
可愛い後輩たちですが、残念です。
殺しましょう。
頭の中でカナリアとラスブランへの最も効率のいい侵攻予定を組み立てつつ、エリーナの手を取ります。
「とにかく来なさい。君には黙っておくつもりでしたが、浮気を疑われては敵わない。食事をしながら話をしましょう」
そう言うと、口を不満げにへの字に歪めながらも大人しく手を引かれるエリーナ。
食堂にはジャルティク料理には必須だという南国独特の香辛料の匂いが漂っています。
エリーナと向かい合って座ると、スープが運ばれてきました。
「む……、美味しい。なぜだろう。とても懐かしい味がする」
その味にエリーナが目を丸くしたのを見て、私もいただくことにします。
うん、これですこれです。
「お見事。ジャルティクで食べた味そっくりそのまま再現されています。むしろ温かい分こちらのほうが美味い。賞与は期待してください」
料理を担当する家来衆にそう伝えて二口、三口と食べ進めていくと、エリーナの手が止まっているのに気づきました。
目が合うと、訝しげに問いかけてきます。
「ジャルティク? そうか、どうりで懐かしいはずだ。子供の頃に食べたことがあるのだから。これは、どういうことだプラティ殿」
ここまできたら誤魔化しきれませんが、せっかくです。
可愛いエリーナの反応が見たくてもう少しはぐらかしてみることにしました。
「いや、ジャルティクに寄る用事があったのですが、私としたことがうっかり食料を持ち込むのを忘れまして。腹を空かせて途方に暮れていたのですが、偶然通りがかった心ある貴族が食事を恵んでくれましてね? そのあまりの美味さに材料と作り方を教えてもらったんですよ」
正確には、帰る途中でエリーナの実家に寄り、土産になるものを寄越せと強請ったのですけどね。
いやあ、伯爵の私室に忍び込むのは骨が折れました。
「ジャルティクに寄る用事なんかあるわけないだろう? あったとしてもプラティ殿を派遣するほどレプミアの首脳陣は耄碌してはいない!」
「はっはっは! これは酷い言われようですね」
正しい評価過ぎて笑ってしまいました。
確かに。
陛下が私を正式に国外に派遣することがあれば、それはもう暴れてこいという合図ですから。
「誤魔化さず教えてくれ。この数年、決まってこの時期になると貴方の姿が見えなくなる。まあプラティ殿は縛られるのが嫌いな方だからそんなこともあるかと思っていたが、昨年は十貴院の招集を蹴り、今年は王城からの呼び出しを無視した。それらよりも大事な用事とはなんだ」
その二つよりも大事なことなんてたくさんあるのですが、少なくとも浮気ではないことだけは伝えなければ。
「いくら私が自由だからと言っても、王城からの呼び出しを蹴って浮気したりしませんよ? まあ、何をしていたのかと聞かれれば、復讐を少し」
「復讐だと?」
「ジャルティクの貴族共が、過去に私の最愛の妻に行った仕打ちへの落とし前をつけている。簡単に言えばそんなところです」
そこまで言ってまた食事に戻ろうとする私でしたが、エリーナは許してくれません。
必死の形相で訴えかけてきます。
「簡単にではなく詳しく教えてくれ! まさか、危険なことをしているんじゃないだろうな」
危険なこと?
危険なこと。
ふむ。
「ロソネラから素行の良くない人間の船に乗ってジャルティクに渡り、事前に目をつけた貴族の屋敷に火を放ち、その家の当主が泣いて謝るまで殴ったうえで全裸に剥いて往来に転がす。さて、危険があるように聞こえましたか?」
私の問いかけにしばし黙り込んだエリーナ。
やがて苦い表情を浮かべながら、導き出した答えを口にしました。
「素行の良くない人間の船に乗ることは、危険?」
「確かにそうですね。だけど大丈夫です。素行の良くない一般人と素行の良くない貴族なら後者に分がありますから。まあ、そんなわけでエリーナを家族から引き離す原因を作った癖にのうのうと権力争いに興じている阿呆共に、夫の権利として仕置きをして回ってるわけです」
ふむ、この香辛料はいいですね。
次にお邪魔するときには多めにいただくことにしましょう。
「そんなこと! 私のために、プラティ殿に危ない真似はしてほしくない……」
ジャルティクの貴族共が弱過ぎて危険など一つもないのですが、既に捨てたとはいえ彼女の祖国です。
あまり悪し様にはは伝えられませんね。
「君のためではなく、これは私のためです。心配いりません。何も国ごと燃やそうというわけではないのですから。あと数年で終わります」
「それならそうと言ってくれればいいではないか。浮気を疑って悶々としていた私が馬鹿みたいだ」
怒りではなく羞恥で顔を赤くするエリーナ。
この顔が見れるのなら、たまには浮気を疑われるのもありかと思ったのは秘密です。
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