第391話 未来のお話6
森の中層に、ヘッセリンク伯爵家家来衆の主だった男性メンバーが集結し、円を囲んでいる。
円の中心には僕ことレックス・ヘッセリンクと召喚獣ゴリ丸。
そしてもう一人、地面に膝をつき肩で荒く息をする男。
癖のあるくすんだ金髪を持つ男は最近特に精悍さを増した顔を上げ、こちらをまっすぐに睨みつけいる。
ふっ、生意気な。
「まったく、落ち着けよ兄貴。本当に大人気ねえ」
かっこいい雰囲気を演出しようとした矢先、メアリが呆れたような声で言う。
「大人気ない? 上等じゃないか。我が家の可愛い天使を連れ去ろうというんだ。どんな困難にも立ち向かう姿勢を見せてもらわないと安心できないというものだ」
我が家の可愛い天使とはもちろんユミカのことだ。
最近国都方面にもその可愛さが知れ渡ってしまい、有象無象から顔繋ぎを願う文が相次いで届き辟易していたが、そのユミカがある夜会で好きな男がいるとぶち上げたことで一応の収束をみた。
いや、収束したのは外部の話であり、内部では収束するどころかとんでもない騒動に発展していたのだが。
【騒動に発展させた犯人が他人事のように語るの怖い】
心当たりがないですねえ。
「連れ去るも何も。どちらかというとその天使がエリクスに迫っているのですが……」
子供も順調に育ち、イリナとの仲も相変わらずと色んな意味で絶好調のフィルミーが正論を投げてくる。
「あー、あー! 聞こえないぞ!」
ユミカからエリクスへの矢印なんて信じない。
信じないったら信じない!
「めんどくせぇー。おい、大丈夫かエリクス。茶番に付き合ってやるのもいいけど大怪我する前に降参しちまえよな」
茶番とはひどい。
まあ、本気でエリクスをどうこうしようとは思ってないけど、多少は男らしいところを見せてもらわないと。
我が家の天使の伴侶となる男は百回殺すと決めていた僕だが、その伴侶が可愛い家来衆だというなら話は別。
ディスカウントして十回くらいで手を打つことも吝かではない。
「降参……。そうですね、それがいい、それはわかっているんですが、まだ大丈夫です。せめて、一矢報いるくらいはしておかなければ男が廃るというものですから」
そして、散々逃げ回ってた割にはやると決めたらやり切る男エリクス。
この茶番と呼ばれたやりとりすらもきっちりやり切る覚悟のようで、いつのまにか指の間には護呪符が挟まれていた。
え、あれってバリューカに行ったときに持たされた、安全装置のついてない出力全振りのヤバいやつじゃない?
あの札のせいで大変なことに。
いや、思い出すのはやめておこう。
「ほう、言うじゃないか」
「色々流されてここまできた感は否めませんが、ヘッセリンクの天使に選ばれたからには筋を通さなければ。それが、ヘッセリンク紳士協定に署名した者としての責務です!」
その意気やよし!
ヘッセリンク紳士協定を規定した者として、お前の覚悟を受け止めてやろう!
「森に忍び込んで震えていた若者が成長したものですな。ここまでのものになるとは爺めも思いませんでした」
エリクスのギラつく瞳に成長を感じたのか、すっかり皺の増えた顔でジャンジャックが頷く。
皺の数と同様に、討伐した魔獣の数も既に数えきれないほど増えている現役の狩人だ。
本人曰く、死んだ時が引退の時だそうです。
「おら、娘のために命張ってる男になんとか言ってやれよオド兄」
円を囲むメンバーのなかには当然ユミカの義父オドルスキもいる。
一番複雑なのは彼だろう。
弟のように可愛がってきたエリクスを最愛の義娘ユミカが選んだ。
喜びと、それに反する男親としてのモヤモヤが胸中に渦巻いているだろう男が、意を決して口を開く。
さあ、何を語る?
「エリクス」
「なんでしょうか、お義父さん」
「お館様の次は私だ。覚悟しておけ」
男親としてのモヤモヤが勝ったらしく、複雑な表情から鬼の形相にスムーズすぎる早変わりを見せた。
ここでお義父さん呼びは悪手過ぎるぞエリクス。
「さいっあくだよ! あと、なんでお前も煽る方向なんだよ馬鹿じゃねえの!?」
「お義父さんと呼ばれる筋合いはない! と返してもらえるのを期待していたんですが、まさか地獄への誘いがくるとは。見積もりが甘かったようです」
そんな古典的なやり取りそうそうあるわけないだろ。
僕はサクリの旦那候補に絶対かましてやるつもりだけど。
「なんだかんだでまだ余裕そうだな。ジャンジャック殿の言葉じゃないが、癖っ毛の頼りない表情の青年と同一人物かと疑いたくなる」
フィルミーが呆れたように言えば、メアリがため息をつきながら肩をすくめる。
「修羅場潜ってんだよそいつも。まあ、今が人生最大の修羅場なのは間違いねえけど」
人生最大の修羅場か。
じゃあ、ここを乗り越えればきっとユミカを幸せにしてくれるな。
「ここまでは及第点だ。ここから少し強度を上げるが、ついてこれるかな? ヘッセリンクの頭脳殿?」
ヘッセリンクの頭脳。
ハメスロットが引退した後、我が家の文官筆頭として伯爵家の裏側をぶん回す辣腕振りが評判となり、まことしやかに語られるエリクスの二つ名だ。
「頭脳だけじゃないことを、天使の隣に立つ男として相応しいことを、伯爵様に証明してみせます。ユミカちゃんは、渡しません」
へー。
なに?
もうユミカを手に入れたつもりでいるわけ?
へー。
上等だ小僧!
「洒落臭い! いいだろう、気が変わった。罪人よ。その言葉、後悔するがいい!」
出ろ! ドラゾン、ミケ、マジュラス、ミドリ!!
「どこの魔王だあんた! いや、まじでいい加減にしねえとユミカに嫌われるぜ? 『エリクス兄様をいじめるお兄様なんか嫌い!』ってさ」
「……ミドリ、ミケ、ドラゾン。戻れ」
三体を引っ込めたのは別にメアリの言葉に日和ったわけではない。
流石にやり過ぎたと思って自重しただけだ。
「マジュラスを残すあたり、冷静になったフリをして殺意は衰えていないのが透けて見えるな」
「エリクス殿よ。大変な目に遭っているようじゃな。まあ、頑張って生き延びるのじゃ。では、ゴリ丸兄様。ともに天使の敵を墜とすとしようかのう」
マジュラスにとって擬似とは言えユミカは姉だ。
つまりエリクスはオドルスキという義父と、僕という兄と、マジュラスという弟に囲まれていることになる。
「マジュラス君もそっちなんですね。四方敵だらけ。いいでしょう。この身果てようともユミカちゃんは譲りません。伯爵様、お覚悟を!」
エリクスが不適な笑みを浮かべて魔力を練り上げる。
その動きに合わせて怪しい光を灯す護呪符。
「果ててどうすんだよ馬鹿学者。フィルミーの兄ちゃん。俺ユミカ呼んでくるわ。流石にやべえ」
「無駄だよメアリ。伯爵様が手を回して女性陣は地下温泉で男子禁制パーティーの真っ最中だ。助けは、来ない」
そういうことだから時間はたっぷりある。
さあ、お前がどれだけユミカを愛しているか聞かせてくれ。
ただし、肉体言語でな!
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