第390話 スカウト候補

 なかなか戻ってこないメアリとクーデルを探して屋敷のなかを散策していると、一つの部屋から騒音と男の怒鳴り声が聞こえてきた。

 ドアを開けると、壁に穴が開き、家具がボロボロに壊された部屋のなかでメアリと人相の悪い男が肩で息をしながら対峙している。

 メアリのポニーテールが解け、ところどころ服が破れているところを見ると相当激しくやりあったんだな。

 

「よう兄貴。あれ、もう終わった感じ? こっちはもう少しかかりそうなんだけど」


 僕に気付いたメアリが口の端から滲む血を拭いながら軽い調子で言う。

 おいおい、メアリの顔なんか傷つけたらクーデルにアレな目に遭わされるぞあの男。

 

「楽しんでいるところ悪いが時間切れだ。少し休んだら先に進もう」


「これが楽しんでるように見えるなら医者に診てもらったほうがいいわ。国都にいい医者がいるぜ? フリーマって言うんだけど」


 フリーマね。

 いや、確かにエイミーちゃんの出産の際にはとてもお世話になったし、その腕は十分信頼に値するものだ。

 

「フリーマ女史は腕はいいがやや歪んでる部分があるからなあ」


 生粋のおじさま好き。

 しかもよろしくない目でおじさまを見ている節がある。

 まあ、そもそも医者にかかるつもりも必要もないから不毛な会話だけど。

 

「おい、アラド様はどうした!?」


 空気を読まない僕達の会話に人相の悪い男が割り込んでくる。

 

「落ち着けよラーサ。うちの大将がこんな軽い感じで覗きにきたんだ。聞かなくてもわかるだろ?」


「ラーサと言うのか。なかなかいい面構えをしているな。アラド殿は強かったぞ。悪魔と呼ばれるだけのことはある」


 まさに筋肉悪魔。

 いや、悪魔のような筋肉か。

 ゴリ丸とタイマン張って優勢だったんだから化け物だったよ君の雇い主は。

 気を失ったあと、元のサイズに戻っていくのを見てホッとしました。

 

「嘘だろ? バリューカの悪魔が、負けた? おい、アラド様は、アラド様はご無事なのか!?」


「おーい。俺達ゃ報復のためにわざわざ森を越えてきたんだぜ? そんな情けない取り乱し方するなよ」


「クソがあっ!!」


 メアリの誤解を生む発言にまんまと乗せられたラーサが僕に向けて斬り掛かってくる。

 剣も怖いけど顔も怖いな。

 

「直接大将首なんか取らせるわけねえだろうがよっ!!」


 僕達の間に割って入ったメアリがナイフでラーサの斬り下ろしを受け止め、睨み合ったまま力比べに移行しようとする。

 いや、そんな必要ないよ?


「やめておけメアリ。意地の悪い煽り方をするんじゃない。悪魔の眷属ラーサよ。アラド殿、クリスティン嬢、それに執事のトーレだったかな? 皆無事だ」


「……本当か?」


 無事だよね?

 

【命に別状はないかと】


「ああ。もちろん無傷でとはいかないが、死ぬようなことはないだろう」


「トーレの爺さんまでやられたって言うのかよ。お前ら五人で来たんじゃなかったのか?」


 ん? 間違いなく五人で来たよ。

 まあ、ベラムを入れたら六人だけど。


「だから人数合ってるだろ。兄貴がそっちの大将、俺とクーデルがラーサと姉ちゃん、クリスティンとトーレ? その二人は知らねえが、うちの奥様と執事の爺さん。ほら、五対五じゃねえか」


 タイマン×五組。

 今の段階でこちらの勝ち越しが決まっている。


「一騎打ちでやられたってのか? 嘘だろ? 死神トーレだぞ? バリューカの悪魔アラド・ピデルロだぞ!?」


 死神とか悪魔とか二つ名が悪者のそれなんだよなあ。


【狂人と鏖殺も変わらないと思います】


 うちには聖騎士がいるからセーフ。


「嘘だと思うなら一階の奥の部屋に行ってみればいい。ベッドやソファが置いてあったからそこに寝かせてある。できればアラド殿とトーレにはちゃんとした手当てをしてやった方がいい」


 無傷じゃないからって軽傷なわけでもない。

 それはそうだろう。

 アラド君はゴリ丸、ドラゾン、ミドリと、トーレはあのジャンジャックと戦ったんだから軽傷な方がおかしい。

 できればお医者さんに診せたほうがほうがいい。


「姉ちゃん探してきたほうがいいんじゃね?」


「くそっ! 馬鹿姉貴どこだ!」


 ラーサが青い顔で部屋を飛び出して行った。

 医者に心当たりでもあるのかな?


「ところでクーデルはどうした」


「ん? 今飛び出して行ったラーサの姉貴とどっかで殴り合ってるはずだけど」


 友達と遊びに行ったとでも言うような軽さだけど、文脈には違和感ありありだ。

 クーデルのところはまだ決着がついていないのか。


「そうか。やけに落ち着いているな。加勢に行かなくてもいいのか?」


「クーデルが負ける相手じゃねえよ。あと、なんか本能的にあの二人に近づきたくねえってのもある」


 本能的に?

 メアリの表情から詳しく聞いてはいけない種類のものだということは理解した。


「よくわからないが、なんとなく後者の理由が強そうだな」


 メアリは僕の言葉に深く頷くと、なんとも言えない表情で肩をすくめて見せる。


「為人を度外視すれば凄腕っぽいぜ? 水魔法使った癒しが得意みてえだし。許されるならヘッセリンクで雇ってもらいてえ人材だよ」


 へえ、癒しって水魔法使い全員が使えるわけじゃないレアな技術だったよね?

 流石はバリューカの護国卿。

 そんな家来衆がいるなんて人材豊富だ。


「近づきたくないんじゃなかったのか?」


「それとこれとは別。敵国からの引き抜きができるかわかんねえけど、うちに水魔法使いはいねえからな。獲れるなら獲ったほうがいいってだけさ。人間性については、近づかなきゃいいんだから」


 んー、敵国からの引き抜きって意味ではオドルスキがそれに近いし、ステムが帰らず居座ったらそう言われても仕方ない状況だよな。


「わかった。一応頭に入れておこうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る