第389話 似たもの ※主人公視点外

 屋内での戦闘には慣れてるし、むしろ得意分野の俺とクーデルだけど、厄介なことに敵さんも口だけじゃねえとこを見せてくれていて簡単に決着がつきそうにない。

 ラーサっつう悪人面の兄ちゃんは、見た目と違って脳みそまで筋肉な男じゃなかった。

 会話してる感じでは単細胞っぽかったのに、剣を抜いた途端にしっかり守るとこ守って攻め時を決して逃さない、ちゃんと真面目に鍛えてる感じの動きがやり辛え。

 あと、どんだけ綺麗に当てて畳み掛けても姉ちゃんの水魔法で傷が治るってんだからほぼ反則だろ。

 水魔法での癒しだっけ?

 使える人間がとんでもなく少ないらしいけどあれは相当便利だな。

 オーレナングに帰ったら、兄貴に癒しが使える水魔法使いを雇うよう頼んでみるか。


 こっちの戦いは決め手に欠けて一進一退。

 じゃあ同じ部屋の中で戦ってるもう一組はどうか。

 クーデルとラーサの姉ちゃんのほうも簡単に決着がつきそうにはないみたいだ。

 姉ちゃんの戦法は、被弾覚悟で積極的に前に出て反撃されたら魔法で怪我を治すっつうムッキムキのやり方だった。

 脳みそまで筋肉はこっちだったっぽい。

 癒しが使えるうえにクーデルとまともに殴り合える人間とか、よくこんな人材見つけたもんだ。

 

「綺麗な顔して、意外と凶暴なんですね。驚きました」


 息を整えるためか、距離を取った姉ちゃんがクーデルに声を掛ける。

 

「それはこっちも同じよ。穏やかそうな雰囲気なのに中身は獣なのね。人は見かけによらないわ」


 中身がケダモノのクーデルが言うんだから間違いねえ。

 見た目は穏やかで中身は獣か。

 うちの奥様も大体そんな感じだな。

 

「獣だなんて初めて言われました。でも、悪い気はしませんね。魔獣討伐がお仕事ですから弱そうな雰囲気よりよっぽどマシでしょう」


「貴女に討伐された魔獣は漏れなく『話が違う!』と内心で嘆いているんじゃない? それくらい見た目との差があるもの」


「褒め言葉だと受け取りますよ?」


「それでいいわ。実際褒めてるから」


 そんな不毛なやりとりが途切れたかと思うと、じっと見つめ合ったあとどちらからともなくふふふ、あははと笑い出すやべえ女二人。

 え、こっわ。

 

「貴女、クーデルさんだったわよね? 素敵な人ね。もっと貴女のことが知りたくなりました」


 なんでかわからないけど、このセリフに『友達になりたい』以外の感情が込められてるように思えてならなかった。

 理由は、クーデルが綺麗と評した青い瞳。

 その青がうっすら濁ったように見えたからだ。

 あの濁り方、身近で見たことあるんだよなあ。


「あら、情熱的なのね。でもごめんなさい。私には夫がいるから貴女の想いには応えられないの」


 瞳が濁ることにかけては一家言あるクーデルもそれに気づいたのか、ゆっくりと首を振る。

 発言の内容には触れねえよ、面倒だから。


「大丈夫。きっと振り向かせてみせますから、ね? 水槍!!」


 ここが屋内だからか、それまで肉弾戦だけを仕掛けていた姉ちゃんが瞳を濁らせたままおもむろに攻撃性の魔法をぶっ放した。

 クーデルの身体の真横を通り抜けて壁をぶち破る水の槍。

 あれ、わざと外したな。

 クーデルもそれがわかっているかのように表情を変えず軽く肩を竦める。


「強引なのは嫌いじゃないのだけど、初対面では控えたほうがいいと思わない? 相手によっては、手痛い目に遭うかもしれないから。こんな風に」


 言葉が終わるか終わらないか。

 その瞬間にナイフを抜き放ち、しなやかな動きで斬りかかるクーデル。

 刃物同士がぶつかる嫌な音が室内に鳴り響き、女二人が二本の刃物を挟んで至近距離で力比べを展開する。

 その表情はお互い歯を食いしばり必死の形相、なんてことはなく、どっちも涼しい顔で、なんだったらうっすら笑ってやがる。

 え、こっわ、なにあれこっわ。

 

「あら怖い。でも、あまりつれない態度というのも相手を不快にさせてしまう可能性がありますからどうぞ気をつけて」


 舌なめずりと微笑がこんなに怖えと思ったのは初めてだよ。


「それは逆恨みというのよ。思ったよりも粘着質なのかしら。意外性の塊ね、お姉さんったら」


「ユリよ。お姉さんじゃなくて名前で呼んでほしいわ? クーデル」


 その言葉から感じたのは、確かな湿り気だった。

 物心ついた時からクーデルと過ごしてきた俺にはわかる。

 あの姉ちゃん、色んな意味でクーデルと同類だ。


「なあ、ラーサさんよ。あっちから流れてくる雰囲気が得体が知れなくてこえーんだけど。あんたの姉さん、大丈夫かよ」


 言語化できない雰囲気に思わず殴り合う手を止めた俺を咎めることもなく、一旦距離を取ったラーサが頭を振る。


「生まれてこの方姉貴はずっとあんな感じだよ。見た目は悪くねえし人もいいんだが……ま、つまりそういうことよ」


 前向きに表現すりゃあ、気に入ったら一直線なわけね。

 後ろ向きな表現は口にするのも憚られるわ。

 

「てめえの連れ合いも人のこと言えねえだろ。特にてめえを見る目がやべえ。完全に姉貴の御同類だと見たね」


「当たりだよ。花丸満点ってやつだ。見た目も人間性も全く問題ねえが、とにかくアレだからなクーデルは」


 アレの具体的な内容は伏せておく。

 兄貴が言うには、言霊ってやつがあるらしいからなこの世には。


「そんな女と結婚してんだからてめえもアレな口なんだろうが」


「俺がアレな口なことは否定する材料がねえから甘んじて受け入れるけど、結婚なんかしちゃいねえ。それだけははっきり言っておくぜ」


 この世にあるらしい言霊のせいでマジでそうなりそうなのが怖えんだよ最近。

 兄貴達は外堀り埋めようとしてるみてえだし、気づいた時には逃げ場ねえんじゃねえかな。

 

「それも妄想かよ。マジで姉貴と同じ世界の住人じゃねえか」


「まあ、あれで仕事はきっちりこなすから、それで気分が上がるんだったら最近はある程度構わねえかなって思ってるけどさ」


 そんな俺に、敵であるはずのラーサが真剣に心配するような顔で言う。


「小僧。てめえは敵だが、一つだけ助言してやる。いいか、生まれた時から姉貴の弟やってる俺の見立てじゃあ、あの手合いは許されたと思った瞬間えげつない勢いで距離を詰めていきやがる。だから、受け入れる覚悟があるならそれでいいが、そうじゃねえなら隙を見せるな。絶対にだ」


「本当の助言じゃねえか。ありがとうとしか言えねえよ」

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