第388話 近づく決着

 気絶したアラド君の運搬をドラゾンに任せ、僕はゴリ丸の背中に乗って移動する。

 目的地はピデルロ家の屋敷。

 さっき屋敷の壁をぶち抜いて外に飛び出した時にはエイミーちゃんとアラド君の奥さんが庭で戦っていたからまだ決着がついていないようなら加勢するつもりでいた。

 しかし、なんということでしょう。

 現場に到着すると、先ほどまで美しく手入れされていた庭が焼け野原になっているではありませんか。


「これはまた、派手にやったものだなエイミー」


 ところどころ、というか大半が焼け焦げた大地に佇んでいたエイミーちゃんが僕に気づいて笑顔で駆け寄ってきた。


「レックス様! お疲れ様です。お仕事は終られましたか?」


 服は土と砂で汚れ、唇には血が滲んでいる。

 どうやら楽勝というわけにはいかなかったみたいだ。


「ああ、無事には。そちらも終わったと思っていいのかな? どうやら奥方は眠っていらっしゃるようだが」


 正確には気を失ってるんだろうけど、アラド君の奥さんであるクリスティン嬢が地面に仰向けに寝かされていた。

 このクリスティン嬢。

 あとで聞いたら、見た目が幼いだけでアラド君やエイミーちゃんより年上で、むしろ僕と歳が近いんだとか。

 人は見かけによらないとはこのことだ。


「ふふっ。オーレナング同様あまりお客様がいらっしゃらない場所なうえに、初めての国外からの来客で、はしゃぎすぎてしまったようです」


 どちらかというとはしゃいだのはエイミーちゃんの方なんじゃないかと思う。

 焼け焦げているのは地面だけじゃない。

 特に屋敷の玄関部分が焼け落ちているのは、我が家の玄関を焼かれたことに対する明確な報復行為だろう。

 これから中央に辿り着くまで全ての貴族の屋敷の玄関を焦がすつもりだろうか。

 そんな不安があるものの、基本的にはエイミーちゃん肯定勢の僕だ。

 

「そうか。なら仕方ないな」


 当然ここも余計なことは言わず頷くのみ。

 そんな僕の肯定に笑みを深めるエイミーちゃん。


「ええ、仕方のないことなのです。ところでレックス様。その小さな子は一体どこの子でしょうか」


「ん? ああ、新しい召喚獣のミドリだ。本当はオーレナングに帰ってからお披露目しようと思っていたんだが、アラド殿が思いの外強くてな。ほら、ミドリ。僕の愛妻エイミーだ」


 そう言って地面に下ろすと、じっとエイミーちゃんを見つめたうえで足元に駆け寄り、お得意のヘソ天ポーズを披露するミドリ。

 これは可愛い。

 あざといと表現しても差し支えないそのアクションに、


「可愛い……。この子可愛いですレックス様! ミドリちゃんっていうのね! 丸くて柔らかくて丸いわ! すーはー、すーはー」


 ミドリの柔らかな腹をもふもふとなで繰り回すと、顔を埋めて思い切り吸い始めた。

 わーお。

 

「すごい勢いだな。まあ、ミドリが可愛いという点については同意するしかないのだが。ん? どうしたゴリ丸、ドラゾン」


 僕達がミドリを褒めていると、ゴリ丸とドラゾンが悲しそうな目でこちらを見ていた。

 あれ、ミドリばかり構ってたから寂しくなっちゃったのかな?

 やだ、なに可愛いんですけど。


「もちろんお前達も可愛いに決まってるじゃないか。うん、大丈夫だ。大丈夫だから甘噛みはやめなさい、痛いから」

 

「まあ! 二人ともヤキモチを妬いているのかしら。もちろん二人もとっても可愛いわよ!」


 甘噛みに耐え切れず離脱する僕とは対照的に、二体のすりすりを真正面から受け止めてゴリ丸の硬めの体毛とドラゾンの美白すぎる骨を撫で撫でしてあげるフィジカルエリート様。

 流石エイミーちゃん。

 格が違うぜ。


「召喚獣を新しく喚べるようになるたびに思うが、エイミーは好かれるタチなんだろうな。もしかしたら、召喚士の才能があったりするんじゃないか?」


「ふふっ。そうだったらとても素敵ですが残念ながらそれはないでしょう。でも、レックス様の召喚獣のみんなとこうして戯れることができるだけで十分幸せです」


 ゴリ丸、ドラゾン、ミドリを侍らせて頬を緩ませるエイミーちゃん。

 うん、僕もこの光景を見るだけで幸せです。


「おやおや。遅くなってしまいましたかな?」


「ジャンジャックか。ご苦労だったな。首尾は……聞くまでもないか」


 夫婦水入らずの空間にやってきたのは我らが最高戦力ジャンジャック。

 首尾を聞くまでもないのは、彼の肩に担がれてぴくりとも動かない老紳士の存在があるからだ。

 え、生きてるよね?

 執事さんの身体を丁寧にクリスティン嬢の横に寝かせると、晴々とした顔で言う。


「なかなか歯応えのある相手でございました。人の身でここまで楽しめたのはいつぶりだったでしょうか」


「それほどのものだったか」


 ジャンジャックが魔獣以外を相手に楽しめたなんて言うのは珍しいな。

 それだけでも執事さんのレベルがわかるというものだ。


「ええ、ええ。今回の人員で言えば、メアリさんでは相性が悪かったでしょうな」


「それはすごい。成長著しいメアリをしのぐか」


「どうやら彼らと同業のようです」


 あー、つまり暗殺者さんってこと?

 熟練の暗殺者を雇い入れて執事にしてるとか、なかなかいいセンスしてるじゃない。

 我が家も歴戦の将軍様に執事を任せてたし、やっぱりどこか似てるよ。


「レプミアでは僕が潰したが、この国の支配者層の腐り具合から推測すると、まだそういう組織が残っていてもおかしくないか」


「彼自身は足を洗って久しいようでしたが、レックス様の仰るとおりこの国ではいまだ重宝されていてもなんら驚きはありませんな」


 僕達が逆侵攻をかけてることがバレたら狙われるかもなあ。

 ついでだし、潰して回るか。

 ヘッセリンクの悪夢、国外編も悪くない。


「国単位で仲良くできる気が全くしないな。エイミー、ジャンジャック。メアリ達と合流次第この国の中央に発とうと思うが、疲れはないか?」


 僕の問いかけに笑顔で頷く愛妻と爺や。


「ございません。今すぐにでも出発可能です」


「爺めも問題ございません。むしろ昂っておりますので、先行して暴れたい気分でございます」


 それは嫌な予感しかしないので却下です。

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