第387話 決着
結論から言うと、アラド君は非常に強かった。
我が家でいえば、ジャンジャックとオドルスキには勝てないかもしれないけどメアリやクーデルよりは確実に上。
なにがやばいって、案の定切り札を残していたことだろう。
ただでさえ上着が強制パージされるくらいガチムチ系に進化してたのに、ゴリ丸、ドラゾン、ミドリを前にして、そこからもう一段階筋肉を盛って見せた。
ボディだけ見ると確かに悪魔感が凄いことになっている。
「この姿になるのは、俺も初めてです。まさか、異国の貴族を相手に使うことになるとは思いませんでした」
そんなことを言いながら不敵に笑うアラド君に言葉を失う僕。
言葉が出ないのは恐怖が原因じゃない。
心配なことはただ一つだけ。
「それは元に戻れるのか? やり過ぎて元に戻れないなんてことになったら、着るものにだいぶ困ることになるぞ?」
そのままのフォルムでこれからの長い人生を生きていくのはしんどいと思うよ?
「……驚きました。この姿を見てもなお危機感などはないのですね」
「驚いたのはこちらだ。まさかさらに筋肉を大きくして見せるとは思わなかった。魔力による身体強化にしても限度があるだろうに」
それ以上無理したら筋肉が弾け飛んでもおかしくないレベルでパンパンに膨らんでいる。
針で刺したら萎んだりしないだろうか。
【煽りにしかなりませんので絶対言わないでくださいね?】
「その限度の向こう側に到達したからこそ、俺達ピデルロ伯爵家は悪魔の異名を冠しているんです。まあ、貴方の力を見せられたらその異名も差し出さなければならない気がしていますが」
針で刺したら萎むかもなんて思われていると知らないアラド君が、真剣な顔でそんなことを言う。
この言葉一つ取っても僕に勝てるとは思っていないことがわかる。
それなら諦めて降参してくれればいいのに、それは森の護りを任されたプライドが許さないらしい。
「狂人に加えて悪魔、か? そんな輩に森を護らせてはいけないだろうな。狂った悪魔なんて、どちらかといえば討伐対象だ」
「貴方は今でもそうでしょう?」
首を捻りながら不思議そうな表情を浮かべるアラド君。
失礼な。
誰が狂った悪魔で討伐対象だ。
これはしっかり伝えておかなければいけないな。
「僕は、善良かつ常識的な、駆け出しの狂人だ」
僕の感情の昂りに真っ先に反応したのはこれがデビュー戦のミドリ。
濃緑色の瞳をギラつかせながら、逞しい四本の脚で地面を蹴立ててマッスルアラドに突撃していく。
ミドリの力を測ろうとしているのか、素早く腰を落とし、両腕を身体の前に揃えてブロックの姿勢をとるアラド君。
速さと重さがパワーだと聞いたことがあるけど、生き物同士がぶつかったとは思えない衝突音が森の中に響く。
そして、弾き飛ばされたのはミドリの方だった。
「ゴリ丸!」
予想以上にアラド君のディフェンスが堅かったのか、弾き飛ばされたミドリの巨体が宙に舞う。
その身体が地面に落ちる前に、僕の声に即応して跳んだゴリ丸がお姫様抱っこの要領でキャッチすることに成功した。
ナイスプレー、ゴリ丸。
地面に下ろしてもらうと怒りを露わにするようにぶるぶると頭を振り、後ろ脚で地面を蹴り付けるミドリ。
ダメージはないみたいだ。
魔力を充填したミドリの体当たりを跳ね返すなんて、流石にゴリ丸とドラゾン相手に人間の原型を留めているだけあるな。
「今度はこちらからいくぞ!!」
そう叫びながらミドリに肉薄するアラド君。
今の衝突で勝機があると踏んだのか、まずは可愛い狼に狙いを絞ったらしい。
しかしそうは問屋が卸さない。
ゴリ丸がミドリの前に立ち、空からはドラゾンが急襲する。
「どうも決定打に欠けるな」
【出し惜しみをするからでは?】
それはミケとマジュラスを温存してることなのか、それとも魔力のことを言っているのかどっちだい?
【両方です】
コマンドに指摘されちゃ仕方ないね。
アラド君が強くてついつい付き合っちゃったけど、そろそろ終わらせておかないとこの後のスケジュールも詰まっているんだった。
それでは、魔力の出し惜しみはなしにしよう。
「ゴリ丸! ドラゾン! 襲え!!」
魔力を追加充填すると、二体が森中に響き渡るような咆哮を上げた。
怒りではなく喜びの咆哮らしい。
追加の魔力ありがとうございまーす、みたいなウキウキが伝わってきた。
「くそっ! なんなんだ!? さっきまでと、明らかに強度が違うだろう!!」
それまでだってギリギリで均衡を保っていたに過ぎないところに魔力を充填したんだ。
もう、そのバランスは崩れている。
地上と空地からの連携に徐々に追い込まれるアラド君。
それでもなお足掻こうとする姿に貴族家当主の矜持を見た。
が、遊びはここまでだ。
【思考が魔王のそれですが大丈夫ですか?】
言ってみたかっただけですごめんなさい。
「ミドリ、お前が決めてこい。目標、バリューカの悪魔。弾き飛ばせ!!」
魔力を込めると同時に遠吠えが響く。
伝わって来た感情は。わーい! だろうか。
もしかしたらこの子は子犬モードのほうが本来の姿なのかもしれないな、なんて考えている僕の目の前で、ミドリに突撃されたアラド君が大きく撥ね飛ばされ、地面に叩きつけられた。
立ち上がる気配がないことを確認して、勝鬨代わりの咆哮と遠吠えを繰り返す三体。
いやあ、強敵だった。
さ、エイミーちゃんの応援にでも向かうとしようか。
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