第386話 ヘッセリンク色
「なんだ!? 何をした!?」
「素晴らしい反応をありがとうアラド殿。それでこそ、家来衆に先んじてミドリをお披露目した甲斐があるというものだ」
ナイスリアクションアラド君。
まあ、気持ちはわかるよ。
さっきまでポメラニアン風の愛らしいフォルムだったミドリが、体高二メートルくらいの立派な成犬、じゃなくて狼に変身したんだから。
可愛いからかっこいいへの移行は、召喚主の僕ですら心踊ってしまう。
「改めて、この子は冥翠狼のミドリ。見てのとおり、狼型の魔獣だな。どうだ、可愛いだろう?」
手招きすると、ゴリ丸の元から猛スピードで駆け寄ってきて身体を擦り付けてくる。
はっはっは、後ろ足で立ち上がって覆い被さろうとするのはやめなさい。
うん、甘えてるのはわかるんだけどフィジカル的にね? 支えてあげられないの。
「残念ながら、先ほどの小さい姿の方が可愛かったと言わざるを得ませんね。今の姿は、どうしても禍々しさの方が勝ってしまいます」
流石のアラド君も頬が引き攣ってるが、実際彼は大したものだ。
ゴリ丸を喚んだ時点でこの表情でもおかしくないのに、ドラゾン、ミドリと喚び出してようやく自らの不利を感じたということだから。
本気で魔力を充填していないとはいえ、ゴリ丸&ドラゾンを相手に怪我だけで済んでいることがアラド君が口だけじゃないことを示している。
『悪魔』は自称じゃないことを認めよう。
「おやおや。禍々しいだなんて酷いことを言う。この一切光を通さないとでも言いたげな黒を極めた体毛も、大きくなると三又に分かれる長くしなやかな尻尾も、触れたものを容赦なく切り刻むであろう鈍色の爪も、どれをとっても芸術品のようだろう?」
僕に褒められたのがわかったのか、三本の尻尾を嬉しそうにブンブンと振り回すミドリ。
尻尾が当たるたびに地面がガンガン抉れていっているのは見なかったことにする。
「特にこの瞳の色に注目してほしい。小さい時には薄緑だが、この姿になると濃緑色に変化するんだ。ああ、我が家を示す色が濃緑色なんだが、まさに僕の元に来るべくして来た子だと思わないか?」
ヘッセリンク色の餓狼。
それがミドリだ。
「楽しそうなところ申し訳ないですが、その狼を見て美しいだの可愛いだのと感じる余裕はない。三体目というだけでもあり得ないというのに、これまでの二体と遜色ないだと? なんなんだ貴方は!」
なんなんだと聞かれると返答に困っちゃうけど、王様からはこき使われ、父と祖父からは厳しくシゴかれ、任された領地は魔獣だらけという環境下にある僕を強いて言語化するなら、こうなるだろう。
「森の向こうの護りを任されている、苦労の絶えない一貴族さ」
渾身のキメ顔の僕に対して、アラド君の反応は淡白なものだった。
「貴方が一貴族でしかないとしたら、森の向こうには化け物が溢れ返っているのでしょうね。今ほど見積もりが甘すぎる中央の老害どもを縊り殺したいと思ったことはない」
顔を合わせてから今まで、支配者層にいい感情を持ってないことを隠そうとしない態度は一貫している。
心ある若者がこれだけ憎しみを表に出すくらいだから、相当ダメなんだろうな。
「支配者の認識の甘さで下が苦労するなどということはままあることだが、それが過ぎるのであれば物申すことくらい許されるのでは? 最悪、腕力に訴えればいい。それができる力はあるだろう」
ヘッセリンクで考えると、少なくともグランパは王城相手でも気に入らなければその旨を言葉と攻撃性で伝えてたらしいからね。
我が家と似た性質を持つピデルロも、やってやれないことはないんじゃない?
「爽やかな笑顔で暴論を吐くのはやめていただきたい。罷り間違って腕力に訴えたとしても、どこにでも狂信者というのはいるのですよ。俺は一対一ならこの国の誰にも負けないと自負しているが、中央には敵があまりにも多すぎる」
まいっちゃうね、爽やかな笑顔だってさ。
【大事なのはそこじゃありません】
慣れない褒め言葉だったのでつい。
つまりアラド君は、敵が多すぎるから無茶はできないって考えなわけだ。
じゃあ、解決策は一つしかない。
「よし、わかった。僕がその狂信者諸君の数を減らしてきて差し上げよう」
こんな時はシンプルな思考が一番。
一気に攻め込んで、狂信者の皆さんを支配者層の周りから引っ剥がす。
次のアクションはこれで決まりだ。
「申し出は大変ありがたいが、実情を知らないから簡単に言えるのです。貴方の召喚獣三体だけでも、中央の老害どもに届くかどうか」
三体ね。
これで実はあと二体いるんだよ? って伝えたらどんな顔をするだろうか。
興味はあるけど今はやめておこう。
「まあ、実情を知らないのはお互い様だから置いておくとして。元々僕らの目的はこの国への報復だからな。どちらにしてもその老害どもに会いにいくことに変わりはない」
「その老害どもから生きる糧を得ている俺が言うことではないが、もし本当に中央に勝つ目があるなら微力ながら加勢したいくらいですよ」
バリューカへの報復という僕の目的と、敵が減ったら嬉しいなというアラド君の希望が綺麗に合致した。
「僕はヘッセリンクだからな。必ず勝つさ」
友好の証にニコリと笑いかけた僕に対して、アラド君も笑顔を浮かべてファイティングポーズを取る。
え、なんで?
共闘が決まった場面じゃないの?
「では、それはそれとして俺はバリューカの護国卿としての責務を最後まで全うしましょう」
笑顔を消し、魔力を練り始めるアラド君。
これは、立場上勝敗だけははっきりさせておきたいってことか?
若いねえ。
「貴殿は愛すべき阿呆だな。が、嫌いじゃない。いいだろう。ゴリ丸、ドラゾン、ミドリ。悪魔殿はお疲れのようだ。ぐっすり眠ってもらえ」
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