第385話 五体目

「ゴリ丸! 叩き潰してしまえ!」


「バリューカの悪魔を、舐めるなよ!!」


 バリューカの悪魔とはよく言ったもので。

 人にせよ魔獣にせよ、ゴリ丸を相手にここまで善戦した生き物を僕は知らない。

 極太の四腕に捕まらないようにステップを踏み、ほんの僅かな、熟練者にしか見つけられないような隙を見つけては懐にするすると入り込んでいく。

 召喚獣としての理性と魔獣としての野生を併せ持つゴリ丸だからいまだに致命傷を負わずに済んでいるだけだ。

 これはアラド君のことを見縊っていたことを素直に認めないといけないな。


「すごいな、本当に立派な化け物じゃないか。ゴリ丸と一対一で屈しないどころかピデルロ伯爵殿が優勢にすら見えるとは」


 リップサービス込みではあるけど、現状ゴリ丸と互角なのは間違いない。

 そんな僕の賞賛にぴくりとも笑みを見せず、逆に油断なく身構えるアラド君。


「これでも国最強と呼ばれている。そんな俺が簡単に負けるわけにはいかないのですよ!」


 咆哮とともに地面を蹴り、複雑なステップでゴリ丸の背後に回り込む。

 速い。

 戦いの最中に筋肉を盛ったキャラは速さのステータスが落ちるというのが定石なはずなのに、彼は増強したその筋肉をもって減少したステータス分を無理矢理補っているかのような動きを見せている。

 つまり、無茶をしているんだろう。

 しかし、そんな無茶知ったことかとばかりに双頭を巡らせてアラド君の動きをしっかりと捕捉し対応して見せるゴリ丸。

 流石は知的大魔猿だ。

 

「ドラゾン」


 死角に入ることに失敗して再び距離を取ろうと試みるアラド君にドラゾンを嗾ける。

 硬質な白い輝きを放つ尻尾の一撃は惜しくも回避されたが、彼とゴリ丸の距離をさらに開かせることに成功した。

 

「ちっ! 一体だけならもう勝負はついているのに二体目が厄介だ。せめてトーレがいてくれれば違ったものを」


「トーレ? ああ、執事殿か。しかし彼の相手はジャンジャックだからな。駆けつけてくれるなんて期待しないほうがいい。うちの爺やは、手加減が苦手だ」


 十中八九、もう勝負はついてる。

 なんでわかるかって、土魔法を使った気配がないから。

 手加減もしないけど、それ以上に誰を相手にしても油断しないのがジャンジャックだ。

 仮に、万が一、あり得ないけど向こうの爺やがうちの爺やより格上だった場合は、遠くない場所で土魔法が連打されているはず。

 それがないということは、その必要がない相手だと判断したということに他ならない。


「ふっ、それはこちらの爺やを知らないから言えることです。トーレは私の師。早々に終わらせてこちらに来ることでしょう」


 ジャンジャックという生き物を知らないアラド君が不敵に笑う。


「爺や殿を信頼してるのだな」


「ああ。俺はトーレに育てられたと言っても過言ではないですから」


 素敵な関係のようだ。

 この一点だけでもピデルロさんちとは仲良くする価値はありそうなんだけど、お互い拳を振り上げた状態だからな。

 さえ、落とし所はどこだろうか。


「まあ、万が一執事殿が駆けつけて来ようと、その時には勝負がついているから問題ないだろう。貴殿が強いことは充分に理解した。なので、少し本気を出すぞ」


 とりあえず、振り上げた拳を振り下ろすことにしました。


「本気? 笑えない強がりですね。貴方はすでに奥の手である二体目の召喚獣を喚び出している。伝説の狂人でもあるまいし、これ以上何ができると言うのか」


 召喚士は召喚獣一体を使役する者の総称。

 そんな東側の常識は、森を隔てた西側でも変わらないらしい。

 でも残念だったなアラド君。

 伝説ではないけど、僕の家の二つ名はそれなんだ。


「知りたいか? 僕とピデルロ伯爵殿……、いや、この際アラド殿と呼ぼうか。僕のこともレックスで構わない。僕とアラド殿との仲だからな。異国の友と、まだ家来衆にも教えていない秘密を共有するのも悪くない」


 今回のバリューカ遠征の最中、召喚士としてのレベルが上がったらしく、召喚できる魔獣が一体追加された。

 久しぶりすぎてそんな仕組みだったこと自体忘れてたよ。

 一応一度だけこっそり一人で喚んで名前は付けてある。

 本格的なお披露目はオーレナングに戻って家来衆みんなの前でと思ってたんだけど、デビュー戦にはいい機会だ。


「ただの強がりだと思いたいがなぜかな。嫌な予感しかしないのだが」


「素晴らしい。いまのやりとりで嫌な予感がするなんて、感度は良好ということだな。ちなみに、アラド殿はそれが本当に本当の切り札かな? 出し惜しみしているのであれば全てを振り絞ることをお勧めする」


 さらに筋肉盛れるなら盛っておけよ? と暗に伝えてみると、面白くなさそうに首を振るアラド君。


「お気遣い感謝するが、それは貴方が何を見せてくださるかでこちらが決めることでは?」


「違いない。では、ご覧入れよう。最近手に入れた僕の新しい力。そして、最も新しい家族だ。おいで、ミドリ」


【鋭い爪牙で獲物を引き裂く地獄の餓狼を統べる者。脅威度A、冥翠狼めいすいろう


「三体目だと!?」


 ゴリ丸達同様空から降ってくる餓狼。

 その姿は、禍々しいほどの漆黒の体毛と、美しい翡翠の瞳を持つ、子犬だった。

 何度見てもかーわいいー。

 僕を認識すると少し首を傾げ、アン! と可愛い鳴き声を上げて足元に駆け寄ってくる。

 そして、ひとしきり僕の足元の匂いを嗅ぐと、こてんと横になってお腹を見せてきた。


「よーしよしよし。いい子だいい子だ。相変わらず丸っこくてふさふさだなお前は。わかったわかった。よし、ゴリ丸のとこに行きなさい」


 心ゆくまで柔らかな毛を撫でまわしたところでそう言うと、この子も僕の言葉を理解しているようで軽い足取りでゴリ丸の元に駆けて行った。


「ふう、お待たせしたな。ついついミドリの愛らしさに負けてしまった。どうかな? アラド殿。あの子が僕の新しい力だ」


「随分、前二体と比べて趣が違うのですね、とだけ」


 僕の渾身のドヤ顔も、アラド君には響かなかったらしい。

 どう見ても呆れているようにしか見えないからね。


「そうかな? どの子も等しく可愛いと思うが。まあ、確かにあの子だけ小さくはあるな。では、早速真の姿をご覧いただこうか。ミドリ、仕事の時間だ」


 

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