第384話 愛の戦士 ※主人公視点外
「悪魔の眷属を舐めないことです」
ジャンジャックさんが愛用しているものとよく似た細身の剣を器用に取り回しながら斬り掛かってくるお姉さん。
メアリからプレゼントしてもらった愛用のナイフでその剣先を逸らしつつ反撃の隙を窺うけど、攻めが途切れた瞬間色気を見せずにしっかり防御に回るあたり、戦い慣れていることが見て取れる。
「かっこいいわね、悪魔の眷属。じゃあ、ピデルロ伯爵様が悪魔なのね?」
「ええ。普段は天使のように優しい方ですが、ひとたび敵と相対すればその身に宿る悪魔を解放し、滅びを与えます」
うちの伯爵様と似た雰囲気の方なのかしら。
伯爵様も普段は優しくて鷹揚で、家来衆全員を家族と呼んでくれる素敵な方。
一方で、敵対者には厳しい態度で臨まれるわ。
「悪魔を解放するなんて、詩的ね」
「語れば自然と詩的にならざるを得ないほど素敵な雇い主だということです」
表情を消したまま、口の端だけで笑って見せるお姉さん。
敬愛を隠しきれないのね。
「あんたも同意見かい? ラーサさんよ」
私達の会話が聞こえていたのか、足を止めて殴り合いを演じているメアリがラーサに問いかける。
あの距離でお互いに拳を振るってるのに、当たらないものかしら。
「ああ、そうだな! 兄貴……、伯爵様は最高の男だ。あの人が悪魔になるのは、敵を屠る時だけよ!」
人とは思えない咆哮とともに顔面目掛けて放たれた拳を、すんでのところで回避してみせるメアリ。
まさに紙一重というやつね。
「っとお! 危ねえ危ねえ。そのがたいで速いとか、カラクリがあれば教えてくれよ、なあ!」
「俺に勝てたら教えてやるよ! まあ、そんなことはありえねえがなあ!」
お返しとばかりに手数で撃ち返していくメアリに対して、避けようともせず受け止め、あるいは弾き返していくラーサ。
決して軽いわけじゃないメアリの拳や蹴りをものともしないんだから、大したものね。
「メアリったら仕方ない子ね。楽しみすぎだわ」
わざわざ相手に合わせて足を止めるなんて、よっぽど楽しいのね。
闇蛇は決して楽しまない、が鉄則なのに。
あとでお説教よ。
もちろん二人っきりで。
「貴女も、見た目とは違うのね。そんなに優しげな風貌しておいて、無駄なく命を奪いにきてる」
メアリに意識が向いた私の隙を見逃さず、胸を狙って剣先を突き込んでくるお姉さん。
そう簡単に当たってはあげられないけど、明確な殺意が込められていたのは間違いない。
「命のやり取りを楽しむ趣味はありませんから」
人を獲物としか見ていない冷血な蛇の顔。
昔の私もこんな顔をしてたのかしら。
死神と呼ばれていた頃の私が今の私を見たらきっと驚くわね。
「こんな出会い方じゃなければ仲良くなれたかもしれないのに。残念だわ」
「まるで勝つことが決まっているような物言いですね」
混じりっけなしの本音だったのだけど、違う意味で伝わってしまったみたい。
言葉って難しいわ。
「気に触ったならごめんなさいね。でも、負けられないじゃない?」
私はメアリと違って、楽しむために相手の得意分野に相乗りしたりしない。
確実にお姉さんを上回っているのは速さ。
鼻と鼻がくっつく距離まで急接近し、容易く間合いに入られたことに目を見開く彼女を無視して、その鼻面に頭突きを叩き込む。
「姉貴!?」
後ろに吹き飛ぶお姉さんに駆け寄ろうとするラーサだったけど、残念。
それはダメじゃないかしら。
「おいおい、余所見するなよ。ヤキモチ妬いちゃう、ぜえ!?」
ほら、私の可愛い死神が嫉妬してるわよ?
焦りで防御が崩れたラーサの脇腹にメアリの爪先がめり込む
「ぐおっ!? があ、くそ鬱陶しい! 邪魔すんじゃねえ!」
「大丈夫よラーサ。貴方は自分の敵に集中していなさい。わかっていると思うけど、この子達は相当な手練よ?」
ラーサの怒声を受けて、お姉さんが立ち上がる。
鼻くらい折るつもりで強めにぶつけたのだけど、鼻血が出ているだけで痛みがある風には見えない。
「案外丈夫なのね」
「元々身体は強いほうなんです。あと、水魔法がとっても得意なんです。こんな風に」
そう言って青い靄のようなものを纏った右手を顔に翳した瞬間、鼻血が止まっていた。
「あら。癒しの使い手さんなのね。珍しいわ。その力があればこんな辺境じゃなくても重宝されるんじゃないかしら。引く手数多でしょう?」
水魔法使いのなかでも特に稀少な癒しの能力を持っているなんて、国軍なんか喉から手が出るほど欲しいはずよね。
「そんなことありませんよ。私のこれはあまり知られてませんからね。普段はメイドが主な仕事ですし。そもそもここを離れることが稀です」
普段はメイドさんなんて私との共通点ね。
やっぱり友達になれるんじゃないかしら。
「薄々気づいていたけど、ヘッセリンクとそっくりなのね、ここは。もちろん細かいところは違うけど」
「貴女の言葉じゃないですが、私も貴女のこと嫌いじゃありませんよ? 仲良くなれるならそうしたいですが、事情がそれを許しません。残念ですけど、死んでいただきます」
「出来ると思う?」
挑発のために笑って見せると、お姉さんもニッコリ微笑みながら剣先を私の心臓に向けてくる。
「どれだけ傷を負おうと、即死でなければ私が癒しますから。倒れることがないのだから負けはないでしょう?」
「はっ、姉貴がいりゃあ無敵ってわけだ! 覚悟はいいかクソガキ共!」
ラーサうるさい。
「厄介だねえどうも。要はどんだけ殴ろうと復活してくるってことだろ? どうする?」
作戦会議とばかりに私の横に戻ってくるメアリ。
お帰りなさい。
ちゃんと私の意見も聞いてくれるところが優しいわ。
まあ、この場合やることは一つなのだけど。
「どうするもこうするもないわ。魔力が尽きて癒しが使えなくなるまで殴り続ける。それだけよ」
そう言ってナイフを握り込む私を横から眺めていたメアリが、ニコリと微笑んだ。
やだなに可愛い。
「お前のそういうとこ本当大好きだわ。いいぜ、乗った」
オマエノソウイウトコ、ホントウダイスキダワ。
エ、ナニ、ヤダ。
エ、ケッコン?
「おい、なに顔赤くして目え逸らしてんの!? え、お前の方が普段好き好き言ってくるのにこれでそんなに照れるのおかしくない!?」
メアリが焦ったように私の顔を覗き込んでくるけど、今そんな場合じゃないから。
仕事中だから。
ふざけるのは良くないわ。
「早くあの甘党の下戸を倒して来て。いいから早く」
メアリの顔を見ずに背中を押して遠ざける。
やだ、なにこれ恥ずかしい。
なんでこんなに顔が熱いのかしら。
「茶番は終わりましたか?」
「ごめんなさい」
呆れたように言うお姉さんに謝罪すると、肩をすくめてみせた。
「いいんですよ。これが最後の会話になるかもしれないんですから」
ああ、勘違いしているみたいね。
「そうじゃなくて、手加減できなくなりそうなことについての謝罪。今、とても気分がいいの。一刻も早くゆっくりこの余韻に浸りたいから、本気でいくわよ?」
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