第383話 世界一 ※主人公視点外

 敵地に辿り着き、伯爵様がこの地を治める貴族との会談に臨んでいる間、私とメアリは控えの間で待機を命じられた。

 監視として、目つきの悪い大柄な男性と、ニコニコと笑みを絶やさない眼鏡をかけた優しげな女性が同じ部屋にいたのだけど、一切無言で重苦しい雰囲気が漂っていたわ。

 そんな手持ち無沙汰な時間も、遠くから聞こえた、まるで扉を蹴破ったような破砕音で終わった。

 目つきの悪い男性が何事かと部屋の外に出ると、目の前の廊下を老人二人が取っ組み合いしながら駆け抜けて行くのが見える。

 ジャンジャックさんね、見間違えようがないわ。

 

「始まったみてえだな。よっし、やるか」


 軽い調子でそんなことを呟きながら立ち上がるメアリ。

 監視の男性はそんなメアリから何かを感じ取ったのか、油断なく身構えた。

 合図もなく始まる男同士の拳の交わし合い。

 最近カナリア公やアルテミトス侯に感化されて筋肉をつけ始めたメアリだけど、元々の身軽さを損なわないようにと先々代様から厳しい指導を受けているわ。

 目の前で躍動する愛しい人は確実に昔の彼とは違う。

 速さと軽さで翻弄する元々の型に力強さが加わって、その男臭さに鼻血が出ないよう必死で我慢してる。

 目つきの悪い男性も悪くはないけど、メアリを圧倒するほどの気配はないわね。

 いえ、まだ様子見といったところかしら。

 

「ちょこまかと、鬱陶しいガキだ!! その綺麗な顔、ぶっ潰してやるからこっちこいやあ!!」


 室内だからか腰に提げた剣は納めたまま素手でメアリに対応しつつ大声を上げる男性。

 野蛮で暑苦しいわ。

 熱血とでもいうのかしら。

 今のヘッセリンクにはいない人種ね。

 

「それはダメよ。メアリのお顔はこの世の宝。そして、私の宝。それを傷つけようなんて……、殺すわよ?」


「おめえもなんなんだいちいち嫌な拍子で突っ込んできやがって!!」


 今のところ女性の方に動きはないので私も男同士の戦いに積極的に参加はしてないのだけど、嫌がらせ程度はしておかないとメアリに叱られちゃうもの。

 メアリったら、意外と亭主関白なところがあるから。

 

「落ち着きなさいラーサ。頭に血が上っていては勝てる勝負も落としますよ?」


 私の嫌がらせ的参戦に吠えた男性に対して、女性がこの場にそぐわないほど穏やかに声をかけた。

 その声で一瞬気まずそうな表情を浮かべ、落ち着くべく距離をとる男性。

 ラーサというのね、覚えたわ。

 だけどね?

 冷静さを奪うことにかけてヘッセリンクは世界有数の技術を有しているの。

 

「はっ! 叱られてやがる。そこの姉ちゃんの言うとおりだぞラーサ。とりあえず落ち着けよ、な?」


 ヘラヘラと笑いながら気安く声をかけるメアリ。

 私からしたら可愛い一択のその顔も、敵対していれば腹立たしく映るらしく、単純っぽいラーサが案の定怒声を上げる。


「姉貴に言われるならともかくなんでてめえに諭されなきゃいけねえんだクソがあっ!!」


 せっかく開けた距離を自ら潰して拳を振るうラーサ。

 速さ、重さとも申し分なしと言ったところね。

 これが彼の本気かしら。

 

「貴女も大変ね。暴れん坊な弟をもって」


 姉貴と呼んだからには姉弟なんだろうと思ったけど、そう言えばメアリも伯爵様を兄貴って呼んでるわね。

 いい響き。

 幸い、この二人は実の姉弟らしくその点は否定されなかった。


「ふふっ。あれで可愛いところもあるんですよ? 顔は怖いですけど甘いものが大好きだし、お酒は一口で顔が真っ赤になるんです」


「やだ、可愛い」


 見た目は怖くて中身も粗暴だけど、甘党で下戸なんてその差が可愛さを引き立てるわね。


「あの子は貴女の弟さんなんですか? 二人ともすごく綺麗」


 お姉さんからの問いかけに首を振って応える私。


「貴女も綺麗よ。特にその青い目。吸い込まれそう。ちなみに、よく間違われるけどメアリは私の弟じゃなくて夫よ」


 殴り合いながらも違えよ! と否定する声が聞こえたけど、あの響きは照れ隠しね。

 私にははっきりわかるわ。


「まあ! 若そうに見えるのにもう結婚してるんですね。森の向こうは進んでいるわ」


 頬に手を当てて微笑むお姉さん。

 綺麗な青い目を細める姿はとても魅力的だけど、その目の奥は一切笑っていないように見える。

 油断できないのはこっちの方ね。

 

「和んでる場合かよ姉貴! こいつらがここまで来てるってことは、ジョアンのやつがやられたってことだぜ!?」


「それはまだわからないでしょう? とは言うものの、捕虜になったとしてもあの子は無口だから。酷い目に遭ってなければいいんですけど」


 同僚が森を抜ける部隊に参加していたのかしら。

 護呪符もどきが機能してなければ可哀想なことになっているし、オーレナングで捕まってたとしても地下で酷い目に遭っているでしょうね。

 

「人の庭先で好き勝手に暴れておいて捕まったら酷い目に遭わなければいいとか、随分身勝手な言い分だなおい」


 メアリが呆れたようにいうと、笑みを浮かべたままお姉さんが肩をすくめる。


「あら、怒りましたか? 気に障ったらごめんなさい。でも、こちらが全面的に悪いとしても身内のことは心配になるでしょう?」


「調子の狂う姉ちゃんだな。まだラーサの方がわかりすくてとっつき易いわ」


「気安く呼ぶなよクソガキ。ラーサさん、だろうが!!」


「うるせえよ賊が。素っ首落として森に飾るぞ」


「情緒どうなってんだよ!」


 一連の流れに美しさすら感じるわね。

 まあ、情緒云々は別にして、元々メアリはこの国のやり方にとても腹を立てている。

 さっきからヘラヘラしていたのはラーサの実力を測っていたからであって、表情を消したということはつまり、この瞬間にその必要がなくなったということ。


「あらあら。そちらが本当のお顔なんですか? 怖いわね。顔が綺麗な分、恐怖を掻き立てます」


「情緒不安定なメアリも可愛いわ。まあ、メアリも我慢できないみたいだしおふざけはここまでにしましょうか」


 お姉さんの力はわからないけど、メアリがやる気なら私も相応の動きをしておかないと。

 正面から相対すると、笑顔を消し、無言で抜剣して見せるお姉さん。


「姉貴!!」


「どこ見てんだ目え逸らすな死ぬぞ?」


「ちっ、めんどくせぇ!」


 ここからは一対一。

 未知の敵との戦いにワクワクする趣味は私にはない。

 決して楽しまない。

 決して悲観しない。

 淡々とこなすだけ。

 そんな仕事前のお祈りを済ませた時、遠くから、一般的には凶悪としか表現できない咆哮が響いた。

 

「あら? ゴリ丸の声かしら。聞こえたでしょう? あの声は怒っているわね。伯爵様方もお楽しみみたい」


「あっちは楽しんでてくれていいんだよ。どう転んだって負けはねえんだから」


 私達の楽観的な物言いに、初めてお姉さんが若干イラついたような表情を見せた。

 あら、そちらの顔も素敵よ。


「アラド様をあまり舐めないことです。あの方はバリューカ一の武人。貴方の雇い主様がどれだけのものか知りませんが、もっと心配した方がよろしいのでは?」


「心配いらないわ。貴女達の雇い主はバリューカ一。でもね? 私達の雇い主はこの世界で一番の男なの。国で一番と世界で一番。どちらが上か、考えるまでもないでしょう?」

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