第382話 化け物はどっち? ※主人公視点外
大恩ある伯爵様ご夫妻や、友人であるメアリさんクーデルさんの無事を祈りながら護呪符の研究を進めていたある晩のこと。
外から人が争うような声が聞こえました。
国王陛下や貴族様方もお帰りになり、限られた人間しかいないはずのオーレナングでそんな声が響くことなどあり得ない。
そう思って外に出てみると、そこに立っていたのは我が家の常識を一手に担う頼れる斥候、フィルミー騎士爵殿でした。
「フィルミーさん。こんな夜更けにどうされたんですか? って、うわあ……、大丈夫ですか?」
「ん? なんだエリクス、まさかまた寝ずに研究していたのか? まあ、大丈夫かと言われれば大丈夫だ。なかなかの腕前だったが、ジャンジャック殿には遠く及ばない」
自分の問いかけに笑顔で応えてくれたフィルミーさんですが、自分が心配したのは貴方ではありません。
「あ、いえ。大丈夫か聞いたのはフィルミーさんではなく、そこに倒れている方のことです」
フィルミーさんの足元には、見知らぬ男性が大の字で倒れていました。
胸が上下しているので息はあるようですが、ひどい怪我を負っているようでした。
「ああ、そっちだったか。なあに、魔法も使っていないし、強めに殴っただけだから命に別状はないさ」
あくまでも爽やかな笑顔のフィルミーさん。
しかし、爽やかさで誤魔化せるような状況ではありません。
「フィルミーさんが強めに殴ったら大丈夫ではない可能性も出てきますよ! ああ、泡吹いてるじゃないですか! いや、そもそもオーレナングを襲った敵なのか。でも放っておけば不味いことになりそうだし」
最近、騎士爵様は特にジャンジャックさんに似てきたという噂があります。
いえ、優しいし紳士的だし爽やかなのは一切変わっていませんが、戦闘行為に限っては箍が外れ気味というかなんというか。
今足元に転がっている男性も箍が外れた結果なんでしょう。
「やり過ぎたかな? では、イリナに頼んで手当てをしてもらおうか」
ジャンジャックさんにしごかれて傷だらけになったフィルミーさんを介抱し続けた結果、イリナさんは怪我に対する応急処置の技術がグングン上がっていると聞いたことがあります。
が、今回そこを頼るのは悪手でしょう。
「いくらイリナさんが手当て上手だと言っても、愛する旦那様を襲った相手を介抱してくれるでしょうか」
奥様やクーデルさんの陰に隠れていますが、イリナさんのフィルミーさんに対する想いも流石ヘッセリンクだと感じる水準ですから。
自分の意見を聞いて一理あるとばかりに頷くフィルミーさん。
「……アデルさんを起こそう」
ヘッセリンクの優しいおばさまアデルさん。
普通なら全く問題のない選択肢ですが、今回に限っては最悪の選択です。
「アデルさんは、元闇蛇衆ですよ? 伯爵様への忠誠心の塊のようなアデルさんにオーレナングの敵を引き渡すなんて、鬼の所業です」
何が起きるかわかりませんが、いい予感はしないのでそこを頼るのもなしです。
「となると?」
「……やむを得ません。自分の部屋に運びます。最低限の薬や包帯はありますから」
フィルミーさんと二人で気絶した男性を部屋に運び込み、しないよりはマシ程度の手当てを施します。
「それで、なにがあったんですか? フィルミーさん」
「屋敷の周りを警邏していたらコソコソと屋敷を窺っている影を見つけたんだ。声をかけてみたら案の定賊の一人だったから交戦のうえで取り押さえた」
「地下に収容されていた賊ですよね?」
「ああ。一人だけとても無口な捕虜がいると聞いていたから恐らくその子だろう。つつけば意外と多弁だったけどね」
「となると、先々代様達の目を盗んで外に出てきたことになりますが……」
まさかそんな、という思いは一切ありません。
むしろ、わかっていて逃したんだろうという確信すらあります。
「私達の警備態勢がちゃんとしているか確認するためだとかなんとかで、わざと見逃した可能性は否定できないな」
フィルミーさんと意見が一致してほっとした時でした。
「っ! ここは」
気絶していた男性が目を覚ましたようです。
「ああ、気が付いたかい? 酷く痛むはずだ。寝ていた方がいい」
「酷く痛むほど張り倒したのはフィルミーさんでしょう」
優しく語りかけるフィルミーさんにそう突っ込まざるをえませんでしたが、そこは歴戦の猛者である騎士爵殿。
慌てずさ騒がず爽やかな微笑みが返ってきました。
「それは敵同士として遭遇したのだから仕方ないさ。君も、そのくらい覚悟のうえで地下を抜け出してきたんだろう?」
フィルミーさんのそんな声かけに、痛みからか悔しさからか、顔を歪める男性。
「……最悪だ。炎ジジイから主力が抜けて守りが手薄だと聞いたのに」
偽情報まで流して彼を動かしたのですね先々代様。
お戯れが過ぎます。
「手薄と言えば手薄ではあるんだが。なんせ戦闘員は普段の半分以下だからね」
「あんたみたいな化け物が残ってるとわかっていれば僕も大人しくしていたさ」
化け物?
これは珍しいことです。
ヘッセリンクでは数少ない常識人として語られることの多いフィルミーさんが化け物と呼ばれる瞬間を目の当たりにできるなんて。
「おめでとうございますフィルミーさん。化け物だそうですよ?」
ついつい拍手を送ってしまいました。
「笑うんじゃない。いいかい君」
「……ジョアンだ」
地下では一切口を割らなかったらしい男性が躊躇いがちに名乗ります。
フィルミーさんとの実力差を思い知らされて態度が軟化したようです。
「ジョアンだな。いいかい? 私はごく一般的な斥候兵であって、化け物なんて呼ばれるほど上等なものじゃない」
一般的な斥候兵は土魔法で星を降らせませんし、貴族出身で年下のメイドさんを娶るために自ら貴族位に上り詰めませんし、警邏中に遭遇した賊を気絶するまで殴り飛ばさないと思いますが、言わないでおきましょう。
「化け物っていうのは、自分のことを化け物だと認識していないことが多い。僕の雇い主や上司もそうだ」
その意見には両手を挙げて賛成します。
ヘッセリンクの皆さんはだいたいそうですから。
「ほう、君の雇い主は私よりも強いのかな?」
「あんたにボコボコにされた身で言うことじゃないと思うけど、同じ化け物でも格が違う」
フィルミーさんの問いかけに、躊躇いことなく答えたジョアンさん。
しかし化け物同士の格付とは。
自分がそこに参入する機会がないことを神に感謝したい気分です。
「なるほど。それは大変だ」
そう言って顔を歪めるフィルミーさんを見て、ジョアンさんがどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべました。
「仮に無事森を抜けたとしても、その先に待っているのは『悪魔』の二つ名を持つ僕の雇い主とその眷属である上司達だ。あの方々は本物だ」
どうやらジョアンさんは、フィルミーさんの『大変だ』を、伯爵様達の危機を指したものだと判断したようです。
「ジョアンさん、勘違いをしてはいけません。今フィルミーさんが仰った大変は、そちらの皆さんを慮っての言葉です。貴方の雇い主と自分達の雇い主がぶつかり合えば、そちら側に甚大な被害が出るだろうと」
自分の説明に、ジョアンさんの顔に浮かんだのは苦笑。
「あの人達を知らないから言えるのさ。あの人達は、本物の悪魔だ」
悪魔ですか。
それは恐ろしい。
ですが、我らが伯爵様も負けてはいません。
「知らないから言える、というのはこちらの台詞です。いいですか? 今、西に向かっているのは我が国史上最高の狂人と、その右腕を務める戦闘狂です」
あと、狂人様を愛する奥様と、狂信者と呼んで差し支えない方が二人ほど。
自分が敵だとしたら目眩がする布陣です。
「なあ、ジョアン。先ほど私を化け物と評してくれたね? 残念ながら、私はこのヘッセリンク伯爵家の格付において最下位なんだ」
「……嘘だろう?」
「本当さ。君は私程度を化け物と呼んだ。その時点で、君の雇い主が私の雇い主を上回ることはあり得ない。もうすぐ、君の故郷は本物の化け物を知ることになるだろう」
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