第376話 丈夫

 狭いなあ、とでも言いたげに周りの壁を突き破って自ら舞台を整えるゴリ丸。

 素敵な個室が、匠の手で広間に早変わりだ。


「人の屋敷で魔獣を放つとは、非常識過ぎませんかヘッセリンク伯爵殿!?」


 言葉だけは焦っているが表情も態度も落ち着きが戻っている。

 これまで遊んだ相手は、ゴリ丸の登場に驚いて取り乱してくれてたんだけど、アラド君には通用しなかったらしい。

 職業柄魔獣との触れ合いに慣れてるんだろうな。


「国という単位で奇襲を仕掛けてくるほうがよほど悪辣ではないかな? 我々ヘッセリンクでなければもっと被害が出ていただろう。僕達レプミアのバリューカへの評価は、賊以外の何物でもない」


「ぐうの音も出ないとはこのことです、ね!!」


 言葉の端々から、アラド君は今回の侵攻に乗り気じゃなかったことが窺える。

 それでも敵対を選んだということは、国の在り方に疑問はあるけど忠誠心を捨てきれてないタイプということだ。

 面倒くさいな。

 人質でも取られてるのか?

 我が家との類似点があると考えたら、身内が支配者のお膝元に置かれてるとかかな。

 

 とりあえず今の彼は敵だ。

 さっさと片付けてしまえという僕の意思に呼応した大魔猿の振り下ろしの右が、アラド君を襲う。

 人間にあの攻撃を受け止めるのは不可能。

 跳んで避けたところを追撃のぶちかましでノックアウトだ!

 と、簡単に考えていた僕の見積もりは相当甘かったらしい。

 アラド君はゴリ丸の剛腕を避けるどころか、その場に踏みとどまって受け止めて見せた。

 歯を食いしばりながら両足を床にめり込ませながらも、怪我をしている様子はない。


「これは、信じられないものを見たな。控えめに言っても化け物じゃないか」


 すっごいな。

 これができるって、ジャンジャックやオドルスキレベルだろ。

 伊達に森の端を守らされてないってか?

 

「化け物? いえいえ。気軽に悪魔とお呼びください」


 僕のそんな感想に、ゴリ丸との力比べを続行しながらも、敢えて軽めのテンションで返答してくるのもイカれてる。

 気に入った。


「では悪魔祓いといこうか。遠慮はいらん、叩き潰せゴリ丸!!」


 魔力を徐々に込めていくと、アラド君がさらに床に沈んでいく。

 さあ、どこまで耐えられるかな?

 アラド君も、このお宅の床も。


「ぬううおおお!!」


 アラド君はおそらくパパン系の身体強化に優れたタイプなんだろう。

 魔力の動きに鈍感な僕にも感じられるほどの魔力が彼の周囲で渦巻くと、なんとゴリ丸の右腕を一気に押し返して見せた。

 すっげえ!

 けど、ゴリ丸の腕は四本あるわけなので。

 全力を振り絞って無防備になった彼の脇腹に左からのショートボディが突き刺さり、派手に吹っ飛んでいった。

 しかし、これで決まった! と思うのはフラグだろう。

 案の定、とんでもない吹っ飛び方をしたアラド君が、顔を顰めながらも立ち上がってくる。


「あれで人としての原型を保ててるどころか、平然と立ち上がってくるのはもう人ではないだろう」


 呆れて物が言えない。

 我が家の家来衆を相手にする敵は、こんな気分なのかもしれないな。

 いい加減にしろよ、と。


「だから悪魔だと言っているでしょう? 愛するクリスティンの加勢に行かねばなりませんので、遊んでいる暇はないのですよ!」


 妻への愛を胸にボロボロの床を蹴って踊りかかってくるアラド君。

 ここは通さんとばかりに立ちはだかるゴリ丸と、そのまま激しい殴り合いに移行する。


「そう冷たいことを言うな。せっかく出会えたのだ。たっぷりと時間をかけて親睦を深めようじゃないか」


 この場で呑気なのは、魔力を注ぐのがお仕事の僕だけだ。

 そんな僕に苛立ったようにアラド君が一旦大きく距離を取る。

 

「くそっ、とんでもない強度の召喚獣ですね。我が国の召喚士とは比べものになりません。貴方を倒すには、今のままじゃ無理なようです」


「おやおや。奥の手でもあるような言い振りだな。いいだろう、悪いことは言わない。ちゃんと動けるうちに切り札を切ってしまいなさい。でないと、後悔することになるぞ?」


 むしろ切り札があるなら早く切ってくださいお願いします。

 僕は、何が出てきても対応できる器用なタイプじゃない。

 まだドラゾン以下こちらの手札が残っている段階でアラド君が手札を全部切ってくれた方が助かるんですよ。


「狂人と自称した割には発言がまともと言いますか、狂気じみたところはないのですね」


「そうだろう? 案外まともなのさ」


「つまり、まだ俺にはそう言った面を見せる必要がない程余裕というわけですか」


 勘違いしないでくれ、心臓はずっとバックバクだよ。

 ただ、そんなことを伝えるわけにもいかないので表情はあくまでも笑顔だ。


「そんなつもりはないが、僕は愛妻の加勢に行く必要を感じていないし、連れてきた家来衆もそれぞれ普通ではない。だから貴殿だけに集中できる」


 うちの家来衆は君のとこより強いから、ということを言外に匂わせると、アラド君もニヤリと笑う。


「我が家の家来衆達も悪魔の眷属と呼ばれる程度には普通ではありませんがね」


 カッコ良過ぎない?

 狂人の眷属、かあ。

 だめだ勝てない。


「いちいち響きがかっこいいのは羨ましい限りだ。腹が立つから手加減はやめるか。出ろ、ドラゾン」


 室内にゴリ丸とドラゾンの揃い踏み。

 事前にゴリ丸が壁を破っておいてくれたおかげで窮屈さは感じない。

 さて、アラド君はどう対応してくれるだろうか。

 

「余裕の理由はそれですか。なるほど、我が国の召喚士どもとは格が違う。複数の魔獣を召喚できるなんて、戦神様が語ったと言われる伝説の狂人のようですねヘッセリンク伯爵殿は」


「ほう、この国にはそんな伝説が残っているのか。それは興味深い。飽きるまでバリューカを歩いたら必ず戻ってくるので、ぜひ語ってもらいたいものだ」


 伝説が事実なら、隔世遺伝で複数の魔獣を喚べる召喚士がいるかもしれないな。

 これは遊んでる場合じゃないか。

 

「もう勝ったつもりですか? それは気が早いというものです。要はこの二体を倒せばいいのでしょう?」


「ただの人間である貴殿にそれが出来るとでも?」


「できますとも。伊達にこんなクソッタレな土地を守らされていないんですよ。魔獣狩りは、得意分野です」

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