第372話 休憩のお供に焼き鳥を
灰色のエリアは思ったよりも広く、その奥に進めば進むほど、現れる魔獣はその凶悪さを徐々に増していった。
「はっはあ! これはなかなか! 素晴らしい場所ですね!! これだから、闘争は、やめられない!!」
そして、還暦を超えてなお我が家の最高戦力であり続ける男の凶悪さは徐々にどころか一足飛びに増していくという不思議な状況が生まれている。
初めて見る毒々しい色彩の蛙の腹を斬り裂いたかと思えば、森に擬態して奇襲してきた鋭い鎌を持つ巨大なカマキリの首を軽々と刎ね飛ばす。
平均脅威度がAと見られる魔獣達を相手に、怯むことも恐れることもなく、獰猛な笑顔を浮かべながら剣を掲げて踊りかかる姿は、まさに悪鬼。
「魔獣が可哀想」
クーデルが思わず呟いた言葉に、僕を含むヘッセリンク関係者がついつい頷いてしまう。
脅威度Aなんて、普通の人間が一人で立ち向かえるレベルじゃないんじゃなかったっけ?
うちの爺や、一人でも危なげなく対応できてるんだけど。
ジャンジャックは普通じゃないからノーカウントなんだろうか。
そんなことを考えている間にも、空から襲ってきた恐竜? と疑いたくなる巨大な鳥の翼を尖った岩で貫き、地面に引き摺り下ろして見せる。
爺や無双は、まだ終わる気配がない。
「最近、ジャンジャックさんの若返りが顕著だと思いませんか?」
「まあ、言いたいことはわかる」
もちろん本当に若返ったりはしてないけど、表情は若々しく、キレッキレの動きはとても爺やと呼んでいいような人間のそれではない。
我が家の事情で執事業に専念していた数年は、ジャンジャックとしても不本意なものだったのかもしれないな。
「お待たせいたしました。いや、空飛ぶ魔獣は中層から深層にかけても様々存在しますが、この鳥は一つ上の存在と見ていいでしょう」
「流石は灰色に棲む生き物だけのことはある、か? その割には余裕を持っての完勝だったように見えるが」
その一つ上の存在を苦もなく空から叩き落とし、鼻歌混じりに首を刎ねて見せた男が何を言っているのだろうか。
常に飄々とした態度を崩さず魔獣を討伐する我らが爺やだけど、それをこの灰色でも変わらず保てているのは普通の神経じゃない証拠だ。
しかし、僕の言葉を受けたジャンジャックは、苦笑いを浮かべながらそれは違うとばかりに首を横に振る。
「まさかまさか。初見の魔獣相手ですので爺めも必死でございます。ただ、もし余裕に見えているとすれば、ご夫婦や若い二人の前で情けない姿を見せたくない、出来ることなら格好つけていたいという思いの表れでしょうな」
周りの評価なんて関係ないと言わんばかりに暴れ回る無慈悲な魔獣キリングマシーンだと思ってたのに、僕達の前ではカッコよくありたいなんて考えてるんだってさ。
なにそれ可愛い。
「初見の魔獣とやり合ってる最中にいいとこ見せてえとか考えてる時点で余裕なんじゃねえかと思うんだけど」
メアリのツッコミには肩をすくめただけで明確な回答を避けるジャンジャック。
なんにしてもこの老戦士が味方だったことを神に感謝したい。
敵に回られてたらと思うとゾッとする。
「さて、ベラム。お前の生まれ故郷はまだ遠いのかな? それならここらで休憩を取りたいと思うが」
「……ああ。まだかかる」
討伐されたばかりの鳥を呆然と眺めている道案内役のバリューカ人に声をかけると、一瞬の間があった後、掠れた声で肯定が返ってきた。
「そうか。よし、食事にしようか。ジャンジャックは特にしっかり腹ごしらえをしておいてくれ」
腹が減っては戦はできぬってね。
あの鳥が食べれるなら焼いてみてもいいなあ。
あ、メアリが解体してくれるの?
じゃあエイミーちゃんに焼いてもらって。
討伐したばかりの新鮮な巨鳥で焼き鳥を試みる僕達を、ベラムが眉間に皺を寄せながら見つめていた。
「どうしたベラム。そんな難しい顔をして。何か気になることでもあるか? それなら遠慮せずに言え。どんな小さなことでも構わない。えてしてそういう違和感だったりするものが重大な事故につながる原因だったりするからな」
そう言うと、彼は躊躇いがちに僕達の方を指差した。
「なんでこんな危険地帯で休憩しようなんて考えになるのか、理解できねえ。しかもそんなに楽しそうに」
違和感の正体は僕達のテンションだったらしい。
「そんなこと考えたって無駄だから。俺達家来衆だって兄貴のことを丸々理解できちゃいねえ。あんたからしたら違和感の塊だろうが仕方ねえさ。この旅の間は、そんなもんだってことで諦めた方が身のためだぜ?」
メアリがドンマイとばかりにベラムに微笑みかける。
その優しさを少しでもいいから僕にも向けてくれませんかね?
【ドンマイ】
コマンド、それじゃない。
「えらい言われようだが、ベラムの感じている違和感の原因にはお前も含まれているからな? 初見の魔獣を食材にすべく嬉々として解体しているお前も」
「だって美味そうだろ?」
「否定はしない」
そんなやりとりを聞いてベラムは頭を抱えてしまった。
バリューカを攻めると聞いてもっとシリアスな行軍を想像していたのにこれじゃないとでも言いたげだが、そんなことは知ったことではない。
それに、どうか安心してほしい。
我々ヘッセリンク伯爵家がバリューカで暴れることは決定事項だ。
隣国に到着次第、嫌でも真面目なヘッセリンク家を目の当たりにすることになるんだ。
頭を抱えて震えるのは、それからでも遅くない。
「兄貴! この鳥めっちゃ美味い!」
「待て待て。僕を差し置いて味見するやつがあるか! どう考えても僕が初めに食べるべきじゃないか!?」
【緩過ぎやしませんか?】
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