第371話 召喚獣会議 ※主人公視点外
同胞と殴り合ったのは野生だった頃以来でしたが、こうもあっさりと勝つことができるとは拍子抜けというものです。
同胞との戦いを許してくださった主に感謝しつつ気合を入れたのですが、相対した瞬間に悟りました。
負ける目はない。
案の定、あっという間に物言わぬ骸になった同胞を見下ろし、なんとも言えぬ寂寥感に襲われたものです。
「ゴリ丸の兄貴。自分だけずりいじゃねえか。俺も暴れてえよ」
召喚を解除され、弟達の待つ主の魔力で形作られた空間に戻ると、下の弟が不満げに鼻を鳴らしました。
元々はこの世界から召喚されるのが理らしいですが、なんせ理外に生きる主です。
そんな圧倒的強者の眷属である私達が野生の同胞達とともにあることは様々支障があるのでしょう。
いつの頃からか、この不思議な、しかし安心感で満たされた魔力でできた空間に弟達と住まうことになっていました。
「ドラゾン君。愛しき弟よ。キミは先の賊の討伐で充分な働きをしてのけたじゃないですか。たまには、この兄に活躍の場を与えてくれてもいいでしょう?」
「次兄よ。それがしもゴリ丸兄の言うとおりだと思うぞ? むしろドラゾン兄は主の下で戦えたのだ。そちらのほうがずるい!」
宥めるような私の調子に合わせて、三男のミケ君がその短く愛らしい両手をぶんぶんと振り回します。
乱暴な口調のドラゾン君ですが、この小さな弟を殊の外可愛がっている彼はこの抗議を受けて仕方ないとばかりにため息をつきました。
「ちっ。そう言われちまうと弱えや。しっかし、ミケ。お前らはいいよな。主の祖父さん達と地下で遊べてよう」
そんな愚痴を受けて顔を顰めたのは、まさにその祖父殿達と激闘を繰り広げたマジュラス君。
「遊ぶとかの範疇を大きく逸脱しておったと思うのじゃ。あれは、身内同士での殺し合いじゃよ」
主風に言えば殴り合いということになるのでしょうが、殺し合いのほうが正しい表現であることに異論はありません。
「マジュラス君の言うとおりですね。主はもちろん、メアリ君やクーデル君もだいぶ追い込まれていましたから。ヘッセリンクとは、主の一族とは恐ろしいものです」
「野生のままあの祖父さん達に出くわしちまったら、流石の兄貴もやべえか?」
ドラゾン君の質問は、答え方が非常に難しいものでした。
相手は主の祖父である凶悪な炎使いと、父である人外の槍使い。
私単体であの方々と相対したらと考え、至った結論に思わず身体が震えます。
「野生のままならまず間違いなく討ち取られてしまうでしょう。そのくらい隔絶した力の持ち主です。いえ、召喚獣の今でも勝てるかどうか」
後ろ向きな私の回答に、ドラゾン君だけではなくミケ君も驚いた顔を向けてきました。
「おいおい、今なら流石に負けやしねえだろ?」
「どう思いますか? マジュラス君」
私達の中でもっとも人に近い思考を持つ末弟は、その可愛らしい顔を歪ませると、腕組みをしながら目を瞑りました。
そうして導き出された結論は、私のそれとほぼ変わらなかったようです。
「んー。負けるとは言わぬが、絶対勝てるかと言われると条件付きかのう」
「条件? それはなんだ末弟」
ミケ君が興味津々といった風に尻尾を振ってマジュラス君に迫っています。
小さい弟二人のそんな姿にいつも癒されているのは秘密です。
「主の魔力を限界まで充填してもらうことじゃよミケ兄様。主の純粋かつ膨大な量のそれを圧縮し、身体に巡らせて挑むことで勝利の目が見えてくるはずじゃ」
マジュラス君は私達のことを先輩、と呼んでいましたが、今では兄と呼んでくれています。
兄弟の中で最も強く、最も悪辣な魔獣である彼に兄と呼ばれることに若干の違和感はありましたが、今ではすっかり可愛い弟です。
「その状態で私達四人で挑めばさらに勝率は上がるのでしょうが……。いかんせん私とドラゾン君はあの空間で力を発揮するには小回りが利きませんからね」
「今回みてえに森のなかで喚んでもらえりゃ俺や兄貴の独壇場なんだがなあ」
地を駆けることができる私はともかく、広い空を主戦場とするドラゾン君にあの地下は狭く低過ぎます。
「空を征ける君は、この森で最高の存在ですからね」
嘆息する弟の背中を励ますように叩くと、返ってきたのは苦笑いでした。
彼は骨だけの存在なので、あくまでも苦笑いしているような雰囲気、ですが。
「兄貴に褒めてもらえるのは嬉しいが、あんたに捕まって地面に引き摺り下ろされたらそこで終わりだからな?」
「捕まえられれば、ですよ。その前提の困難さを思えば眩暈がしますね」
森を支配したディメンションドラゴンと呼ばれる竜種とドラゾン君との激闘は記憶に新しいところです。
一時は格上の相手を圧倒すらして見せた彼を捕らえて地上に堕とすのは、骨が折れるでしょう。
「今はジャンジャック殿がとんでもない笑顔で大暴れしておるし、我らが呼ばれるのは賊の言う森の守護者とやらと対峙した時かのう」
賊の国に住まうという、主の一族と似た役割を担う者達。
それが本当に主と対等な力を持つとすれば、これまで経験したことのない厳しい戦いになるでしょう。
「そうですね。マジュラス君は確実に喚ばれるでしょうから準備を怠らないようにしてください」
「承知したのじゃ」
普段どおり焦らず騒がず、落ち着いた表情で頷く末弟に心配はいらないようです。
ついで、次男と三男に声をかけます。
「ドラゾン君、ミケ君もいつ喚ばれてもいいように油断しないようにしましょう。喚ばれたら、遠慮は無用です」
「任せておけよ兄貴。敵の土地だ、遠慮はいらねえ。思い切り暴れてやるぜ」
「それがし、ドラゾン兄の背中に乗って飛んでみたいぞ!」
「乗ってもいいけど、振り落とされないようにしろよ、やんちゃ猫」
「もし戦場でふざけた真似をして足を引っ張るようなら、二人ともわかっていますね?」
そんなことにはならないとわかっていながら長兄の責任として引き締めるようにそう言うと、二人が揃って何度も頷きました。
頼りにしていますよ。
「流石はゴリ丸兄様なのじゃ。お二人の扱いが上手い」
「それはどうも。さて、最後に。キミの出番もきっとあります。と言いますか、わざわざここまでキミの存在を明かしていないところをみると、主が敢えてそうしていると見ていいでしょう。であれば、キミが喚ばれるのは敵味方関係なく最も注目が集まる瞬間の可能性が高い」
私達四兄弟に新たに加わった妹は、私の言葉に緊張を隠せないようです。
「安心してください。キミが喚ばれた時には必ず私達の誰かが一緒ですから。主の最も新しい眷属として、その力を全て発揮することだけを考えれば、きっと上手くいきますよ。みんなも、彼女への配慮を忘れないこと。いいですね?」
私の言葉に、弟妹達が一斉に頷きます。
よろしい。
では、敵を蹂躙するその時まで、しばし休息をとるとしましょうか。
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