第369話 同種
身体に幾筋もの切り傷を負ったことで本能に従い角を折って進化しようとするレッドオーガ。
しかし、そのモーションでできたわずかな隙を逃さず、円を描くように高速で背後に回ったメアリが、人でいう心臓の辺りを躊躇いなく貫いた。
怒号とも悲鳴ともとれる凶悪な咆哮を上げながら振り返る鬼だったが、その時にはもうメアリは間合いの外だ。
流石に胸への一撃は致命傷だったらしく、鬼は音を立てて地面に倒れ伏した。
「メアリ、やるじゃないか」
元々の速さに加えて、最近はパワーも感じられるようになった。
一年前は深層でも危うかったのに、この短期間で灰色に棲む鬼の皮膚を貫けるようになったんだから大したものだ。
メアリ自身も手応えを感じてるようで、綺麗な笑みを浮かべている。
「まあな。やっぱ最近筋肉つけて体重増やした成果が出てる気がする」
森での通常業務以外に、グランパに相当扱かれてるみたいだからね。
その少し前から筋肉増量を目指してた気配はあったけど、グランパの指導で本格的にウエイトを増やすことに着手したらしい。
グランパは殴り合いも厭わない系魔法使いなのでそのあたりの指導もお手のものだ。
「ふふっ。細身の可憐なメアリも素敵だけど、筋肉の鎧に覆われた男らしいメアリもそれはそれで……。あ、待って。想像しただけでドキドキする」
クーデルはそこがこの世の地獄だろうが平常運転だ。
この姿で安心感を得てしまう僕は、相当毒されているのかもしれない。
「危険地帯で妄想とは、余裕だな」
「伯爵様とジャンジャックさんがいらっしゃれば、危険地帯も安全地帯になり下がりますから」
二人がいれば危険なんかないでしょう? と信頼を口にされてしまえばそれ以上何も言えないんだけど、立場上、じゃあ妄想してていいよとは言えないんだよなあ。
「だからって人の身体妄想してニヤニヤしてんじゃねえよ。頼むから油断しすぎて怪我とかしないでくれよな」
「心配してくれてるのね。嬉しい」
「皮肉が伝わらねえ!」
二人の会話の安定感がすごい。
まあ、皮肉とは言いつつ本当に心配してるんだろうけど、皮肉八割心配二割のところから心配のみを抽出してはにかむクーデルには毎度のことながら頭が下がる思いです。
「仲がいいのは素晴らしいことだ。が、メアリの言うとおり少し引き締めるとしよう。次のお客さまがお出ましだ」
灰色の奥から現れたのは、初めましてだけど初めましてじゃない魔獣だった。
「うおっ!? 初めて見たわ、野生の大魔猿」
そう、僕の可愛い召喚獣ゴリ丸と同種の魔獣、大魔猿だ。
ギラついた眼でこちらを眺めながら、涎を垂らしつつその四腕で地面を叩いてこちらを威嚇してくる。
んー、可愛さに欠けるな。
「ああ、僕もそうだ。こんな奥地に棲息しているのか。ん? しかし、大魔猿に脅威度が付いていることを考えれば、歴代当主のうちの誰かが相対したことがあるということか。つまり、その先達はここまで到達していた?」
だったら記録ぐらい残っててもいいと思うけど、ダメだ。
なんか、初代様とかそのあたりの当主陣は大したことじゃないとかいって記録してない可能性がある。
「まあいいか。ジャンジャック、交代だ。せっかくだからゴリ丸を当てる」
灰色に入ってからは主戦として暴れていたジャンジャックに下がるよう伝えると、優雅に一礼してみせる。
その顔は満足感に満ち溢れていた。
「承知いたしました。しかし、こう見ると同じ大魔猿とは思えませんな」
「確かに。ゴリ丸のほうがシュッとしているし、眼に知性を感じるからな。あと、あんなに涎を垂らすような下品な真似はしない。ゴリ丸は、総じて美しい」
呼び出したゴリ丸と比較すると同じ魔獣とは思えないほどの差がある。
なんだろう、強いて言えば品格だろうか。
ゴリ丸って、見た目は怖いけど案外理性的というか、落ち着きがあるんだよなあ。
「ゴリ丸ちゃんは、高貴な大魔猿という感じでしょうか。毛並みも全然違うのですね」
エイミーちゃんも同じことを考えていたらしい。
これが以心伝心ですよ。
「よし、見た目も含めて格が違うところを見せてやれ! 襲え! ゴリ丸!!」
魔力を受け渡した瞬間、ゴリ丸が大地を蹴る音が灰色の世界に響き、間髪入れずに激しい殴打音が轟いた。
弾け飛ぶ野生の大魔猿。
そのままマウントポジションにつくと、そこからはもう一方的な展開だった。
「こりゃひでぇや」
1ラウンド30秒でゴリ丸のノックアウト勝ち。
それ以外に伝えられることはない。
圧勝とはこのことだ。
「強いわゴリ丸ちゃん! すごい、かっこいい!」
エイミーちゃんが褒めると、ゴリ丸が四腕を振り上げて万歳して見せている。
「負けるとは思っていませんでしたが、ここまで一方的な戦いになるなんて。ゴリ丸が召喚獣だからなのかしら」
確かに召喚獣と野生のそれは違うものだってコマンドが言ってた気がするけど、同種対決を見るとここまで違うのかと驚きを隠せない。
「召喚獣だからっていうか、兄貴の召喚獣、だからじゃねえの? 俺にはわからねえけど、プラティの爺さんが言うには兄貴の魔力って普通じゃねえらしいからな」
メアリの言葉に、肯定するようにジャンジャックが深く頷いた。
「レックス様の魔力は質、量ともに他の追随を許しませんからな。特に量においては、凄腕と呼ばれた魔法使いのなかでも最高峰と言ってよいでしょう」
そんな風に褒められると照れちゃうね。
もしかしたら、歴史書にはスタミナ自慢の伯爵様として記述されるのかもしれない。
「魔力切れの心配なしで召喚獣をぶん回せるとかひでえ話だよな。ベラムさんよ。口開きっぱなしだぜ? おーい、大丈夫か?」
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