第368話 正気か?

 僕、エイミーちゃん、ジャンジャック、メアリ、クーデルにバリューカのベラム。

 六人で行う森のピクニックは、大きなアクシデントもなく順調に行程を消化していく。

 時たま現れる魔獣がどれもこれも討伐したことのある種ばかりだったことも大きかった。

 ジャンジャックは不満そうだったが、そこはこの先に期待ということで。


「ここまでは予定通り、か」


「ええ、ええ。この場所までなら爺め一人でも足を運べますので。今日の布陣なら余裕の行軍でした」


 僕の感想に、既に灰色の向こうに意識が向いているジャンジャックが笑顔で頷く。

 

「メアリ、クーデル。疲れはないか?」


「ああ。ちゃんと寝たし、なんたってまともな飯が食えるのがでかい。こんな危険地帯で優雅におっさんの飯食えるとか、贅沢すぎるだろ」


 魔獣が蔓延る森の中で味もボリュームも過不足ない、どころか明らかにクオリティの高すぎる食事をする人間御一行。

 魔獣が人間の言葉を話せたなら、『正気の沙汰じゃない』と呆れられるだろう。


「とはいえ食べる量が制限されますから。奥様、お腹が空いているのでは?」


 クーデルが心配そうにエイミーちゃんを見つめているが、大丈夫。

 そこに抜かりはない。


「心配ない。可愛いエイミーが腹を空かせないよう、相当な量の食事を持ってきたからな」


 三度の食事のほか、エイミーちゃん用に大量のサンドイッチなど軽食も持ち込んでいる。

 それをお腹を空かせる前に休憩の都度食べてもらっているから今のところガス欠の心配はないはずだ。


「それなら安心です。さっさと森を抜けてバリューカで美味しいものをいただきましょう」


「ベラムさんよ。バリューカの名物料理ったら何があるんだ?」


 そんなメアリの緩すぎる問いかけに、呆れたというかはっきり怒りをあらわにするベラム。


「こんな危険地帯で飯の話とか頭おかしいのかてめえらは! もっと緊張感持てよ、バリューカに着く前にくたばっちまうぞ!?」


 おいおい、落ち着けよマイフレンド。

 まだ知り合って日が浅いし、相互理解が及んでいないのは仕方ない。


「頭がおかしいかと言われると肯定したくないが、周りからは少し変わってるとは言われるな。そういう属性の家系なんだ、諦めてくれ。で? バリューカはなにが美味い?」


 畳み掛ける僕に対して顔を真っ赤にするベラム。

 僕の名誉のために言うが、特段煽っているわけではない。

 他国に向かうのだから特産品や名物くらい知っておきたいだけだ。


「イラつくだけ無駄だぜ? というか、そんなにカリカリすんなって。兄貴と爺さんに任せときゃなんとかなる」


 メアリが宥めるようにポンと肩に手を置くと、それを乱暴に払い除けて眉間に皺を寄せながら睨みつけてくる。

 

「甘え。そりゃあここから先を知らねえから言えることだ。この灰色で、こっちはかなりの数が脱落してんだよ」


 そう言いながら悔しそうにギリギリと歯を鳴らすベラム。

 きっと、脱落した仲間を思い出しているのだろう。


「ああ、それも聞きたかったんだ。よくこの森の一番深い場所を通り抜けてきたものだな。どんな手段を使ったんだ。まさか、馬鹿正直に被害が出ることを覚悟で突っ込んだわけじゃあるまい?」


 脱落した人間がいるにしても、相当な数の人間がオーレナングに辿り着くことに成功している。

 無策で森に乗り込んだとは到底思えない。

 

「国の老害に渡された札の効果だよ。姿を隠す効果があるっつってな」


 姿を消す、札?

 

「兄貴。それ、どっかで聞いたことない?」


 メアリが嫌な顔で問いかけてくるが、やっぱりそう?

 奇遇なんだけど、僕も心当たりがあるよ。

 うん、前に一度森に無断で侵入した若者がいてさ。

 その彼が似たような技術を持ってたから。


「ベラム、現物は持っているか?」


 そう聞くと、隠しても無駄だと思っているのかあっさりと懐から一枚の札を取り出してみせた。

 

「ああ。行きと帰り一枚ずつ支給されたからな。ただ、効果が発現しねえ不良品がとんでもねえ数混ざってやがったんだ。くそったれの老害どもが材料けちったのか、頭でっかちの研究者が失敗しやがったのか知らねえがよ」


 うん、護呪符だな。

 札のサイズは護呪符よりも一回り大きく、質感はよりざらついていて色もくすんでいるけど、ほぼ間違いなく同じものだと思う。

 

「似ているな。ただ、エリクスの護呪符のほうが格段に美しい」


「あの人数に往復分持たせたんなら、質より量だったんだろ」


 大量生産で不良品が出たけど使うまでは不良かどうかわからないって?

 生き死にに関わるものなのに、雑すぎるだろう。


「こっちからも聞かせてくれ。あんたらは、こっからどんな策があるんだ。迂回路でもあるのか、それとも魔獣どもから身を隠す手立てがあるのか」


 そういえば説明してなかったな。

 ヘッセリンクの突破策は一つしかない。


「決まっているだろう。馬鹿正直に突っ込むのさ。ああ、その札は使わないでおいてくれ。身を隠されては守りづらくなるからな」


「無策とか、正気か?」


 無策という策だ、って言うのは誤魔化しかな?

 まあ、見いてくれ。

 我が家のパワープレイは、そんじょそこらのパワープレイとは一味違うから。


「よく聞かれるが、残念ながら正気だ。そんなに暗い顔をするな。大丈夫だ。無事にバリューカまで送ってやる」

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