第367話 忘れ物はないですか?

「では、西国へのピクニックに出発する。皆、忘れ物はないかな?」


 屋敷前の広場で、今回の遠征メンバーに声を掛ける。

 なんと言っても森の向こうにある未知の国への訪問だ。

 長丁場になることは確定なので、物資の確認を怠ることはできない。

 

「ええ、ええ。問題ございませんとも。メアリさん、クーデルさん?」


 西国行きのメンバーに選出されてからずっとニコニコが止まらないジャンジャックが高めのテンションで若手二人に問うと、こちらも笑顔のクーデルが答える。


「大丈夫です。メアリの準備も私が全部してあげましたから。忘れ物はありせん」


「まあ! メアリさんは甘えん坊ね。旅の準備をクーデルに任せてしまうなんて」


 エイミーちゃんが、『もう、仕方ないわね!』とでも言いたげにメアリを見ると、クーデルがゆっくりと振った。


「いいんです。私が好きでしていることですから。メアリのためなら喜んで旅の準備くらいしてあげます」


 姉さん女房の愛を感じるね。

 結婚してないけど。

 しかし、メアリは心外だと言わんばかりにこの台詞に噛みついた。


「俺をふんじばっておいて勝手に用意を進めやがった奴の台詞とは思えねえな!」


 どうやら僕達の知らないところで色々あったらしいが、触れてもいいことはなさそうなのでスルーだ。

 エイミーちゃんとジャンジャックも僕に倣ってリアクションを差し控えているのでさっさと話題を変えよう。

 

「よし。西国までは森の深層やあの灰色を抜けることになるだろう。魔獣から手厚い歓迎を受けるだろうが、一気に抜けるからそのつもりでいてくれ」


 全員が一斉に頷く。

 基本的には大型でも出ない限り、深層に辿り着くまでエイミーちゃんとメアクーに前に出てもらい、それ以降は僕とジャンジャックが引き受けるという段取りだ。

 

「それと、今回は西国出身の者に道案内をお願いし、快く引き受けてもらった。彼はベラム。口は悪いが、部下思いの優しい男だ。仲良くするように」


 男気さんことベラムは、道案内を依頼した翌日に同行を申し出てくれた。

 相当悩んだみたいだけど、それでも部下の待遇改善を選んだあたり、国の指導者層をよろしく思っていないことが透けて見える。


「……ベラムだ。ヘッセリンク伯爵からの依頼で、あんたらを案内する。案内するにあたって一つだけいいだろうか」


「僕達はともに西を目指す仲間だからな。遠慮はいらない」


 ピクニック仲間同士、無用な壁はここで取り払おうじゃないか。


「西国ってのは俺達の国のことなんだろうが、違和感がすげえ。国の名は、バリューカだ。そう呼んでくれ」


 そう言えば聞いてなかったな。

 国だから当然名前があるか。

 バリューカ、バリューカね。

 みんなも口に出して響きを確認し、頷いた。


「ふむ、承知した。では改めて。僕達は一路バリューカを目指す。何をするかは無事現地に着いてから考えるとして、それまでは森でピクニックくらいのつもりでいいだろう」


 灰色までは見知った道だ。

 そこから先は未知の世界だけど幸いそこを越えてきたであろうベラムがいる。

 

「楽しみですね! マハダビキアさんとビーダーがたくさん美味しいものを作ってくれたようですし、お食事の時間が待ちきれません」


 完全なピクニック気分のエイミーちゃん。 

 愛妻のこの言葉を聞いて、このあと隣国にカチこむつもりだと誰が信じるだろうか。

 ちなみに、マハダビキアとビーダーはこの日まで不眠不休の勢いで料理をこさえてくれた。

 今頃深い眠りについていることだろう。


「爺めはやはり灰色の向こうが気になりますな。一体どんな未知の魔獣が住んでいるのか。年甲斐もなくワクワクしております」


 そう言って笑うジャンジャックの顔は、まるで旅行に出かける前の期待に満ちた少年のようだった。

 最近、若返っていってるように見えるのは、あながち気のせいじゃないのかもしれない。

 そんな風にキャッキャと盛り上がる僕達を呆れたような目で見ているのはバリューカの男気さん、ベラムだ。

 まあ、気持ちはわかる。

 敵地に乗り込むというのに緊張感のカケラもないからね。

 そんなベラムに、今回のメンバーでは僕と並ぶ常識人であるメアリが声を掛ける。


「そんな顔したって無駄だぜベラムさんよ。我が家は当主からしてズレてるが、そこに集まってる人間もズレてねえわけねえんだから。諦めな」


 兄弟よ、よその人間に対してその説明は果たして適切だろうか。

 

「お前もその一味だろうに。まるで他人事みたいじゃねえか」


 真っ当なベラムの指摘。

 そうだそうだ、言ってやれ!

 しかし、メアリは皮肉げに唇を歪めて肩をすくめた。


「他の兄さん方に比べりゃあ、まだズレ方が足りねえんだわ。ま、俺はまだ若いからな。今後の伸びに期待ってやつさ」


 大丈夫だよお前も充分ズレてるから。

 それ以上となると、ジャンジャックやオドルスキと同じコースに入りそうなので踏みとどまる勇気をもってほしい。

 メアリに皮肉が通用しないことを悟ったベラムは一つ舌打ちすると、眉間に皺を寄せた。


「まあいい。部下共の待遇のためとはいえ一度引き受けちまったもんは完遂してやる。ただ、途中で死んでも文句言うんじゃねえぞ?」


「はっ! いらねえ心配してるとこみると、まだヘッセリンクへの見積もりが甘えみてえだな。ま、いいや。あんたらが何に喧嘩売ったかは、森の中でたっぷり確認してくれ」





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