第366話 道案内を頼もう

 攻守のメンバーが決まったところで、西国への道案内をしてくれる人員を確保するため賊が収容されている地下に向かう。

 道案内は誰でもいいわけじゃない。

 国への忠誠心があり過ぎてもいけないし、かといってなさ過ぎてもいけない。

 あと、同僚からの人望があればあるほどいい。

 そんな条件を満たす人間がいるかと言われれば、一人心当たりがある。

 地下に複数に分けられて押し込められている賊のなかで、目当ての顔を見つけたので笑顔で声を掛けてみた。


「やあ、元気にしているか?」


「てめえは! 元気なわけねえだろうが! くそがっ!!」


 僕の言葉に過剰な反応を返してくれたのは、俺を置いて先に行けという、誰もが声に出して言いたいあの台詞を吐いてくれた土魔法使いの彼だ。

 声を掛けられただけでそのリアクションなんて、さてはシャイガイかな?


「話を聞いてくれた老人からは何も聞かされていないか?」


「話を聞いてくれただと!? 加虐趣味のジジイに地面に転がされまくって痛めつけられだけだろうが!」


 確かに、連行した時より明らかに怪我が増えてるな。

 他の賊も一様にグッタリしているところをみると、グランパに相当絞られたらしい。


「残念ながらその加虐趣味のジジイは僕の祖父だ。被虐趣味の賊がもっと遊んでほしいと訴えていたと伝えておこう」


「くそったれがぐおっ!?」


 僕に掴みかかろうとした男が、突然横方向に吹き飛んだ。

 犯人はお供のクーデル。

 男が立ち上がった瞬間、脇腹に膝を叩き込んだらしい。

 

「やめないかクーデル。そんな指示は出していないぞ?」


 一応嗜めると、全く反省の色のこもっていない表情のまま頭を下げてくる。

 

「失礼いたしました。ねえ、貴方。立場はわかってるかしら? 貴方の命はこちらのヘッセリンク伯爵様が握っているの。貴方だけじゃなく、貴方のお仲間の命もそう」


 そう言いながら、痛みに悶える男の襟首を掴みその鼻先にナイフをつきつけた。


「伯爵様の慈悲のみで生かされていること、理解しているかしら? 理解していないようなら結構よ。一人くらい減っても、こちらとしては全く困らないのだから」


 冷たい瞳で射抜かれながらも、男は憎しみを湛えた目でクーデルをにらみつけた。


「やれるもんならや」


「減るのは、お前のお仲間だけどな」


 もう一人のお供、クーデルの相棒であるメアリが一人の男を引きずってやってきた。

 その喉元にもぴったりと刃物が突きつけられている。

 男が唾を飲み込んだだけでも刃先が肌に当たりそうな絶妙な距離感だ。


「おい、くそっ、やめろ!」


 その反応を見るに、あの時逃した部下の一人だったようだ。

 クーデルに抑え込まれたまま大声を上げる男に対して、メアリが死神モードとでも呼びたくなるような冷たい声で言い放つ。


「やめてほしければみっともなく赦しを乞えよ。でなきゃ、お前の部下を一人ずつ減らしていく。名誉どころか、名前すらないただの賊としてあの世に送ってやる」


 この脅し文句の何かがよっぽど男達の琴線に触れたのだろう。

 メアリに捕まっている男が悲鳴を上げ、クーデルに抑えられていた男は無理やり拘束から抜け出すと、メアリに向かって土下座の体勢をとった。


「頼む、やめてくれ! このとおりだ。俺が悪かった。態度を改める。だから」


「脅しすぎだ二人とも。すまないな、冗談だ」


 あまりシリアスな場面を作るのはやめてくれ。

 笑いそうになっちゃうから。

 

「冗談にするなよ。俺たちは本気だぜ? 別に道案内なんてこいつじゃなくてもいいだろ」


 不満げなメアリはそういうけど、僕のなかではこの男が第一候補なので脅かし過ぎて関係が悪くなるのは避けたい。

 

「いや、この男がいい。なんせ僕とエイミー、さらには召喚獣達を前にしても怯まず部下を逃がす選択をしてみせたんだ。口は悪いが嫌いじゃない」


 道案内の条件である同僚からの人望はクリア済みだ。

 さらに、国への忠誠心。

 恐らく命令を受けて森を抜けてきたんだろうけど、その割には指導者と推測される層を老害と吐き捨てていたのを覚えている。

 ばっちりじゃないか。

 

「男気溢れる、ってか?」


 うん、それもあるね。

 俺に構わず先に行け、は男気の塊な人間にしか使えない魔法の言葉だ。


「さっきのお前達の台詞ではないが、部下達を大事にしているみたいだからな。彼らも含めて今回侵攻してきた者達の安全を保障すれば、この男は裏切りはしない」


「兄貴が理解してるか知らねえけど、それ、一般的には人質って言うんだぜ?」


 人質なんて人聞きが悪いな兄弟。

 そんなつもりは一切ない。

 

「労働の対価としてお仲間の待遇を一段階上げようというだけのことだ。悪い話じゃないと思うがどうだろうか」


 働いてくれればそれに見合った扱いを約束するという、Win-Winの関係を提案しただけだ。

 男は、そんな僕達の軽いやりとりを怪訝そうな顔で見ていた。


「話が見えねえ。俺に何をさせてえんだ」


「なに、簡単なことだ。お前達の国に遊びに行くことになったから道案内を頼みたくてな。対価は今言ったとおりだ。もちろん強制はしないし、断ってくれても構わないが」


「断れば、どうなる」


 そんなに怖い顔をしなくてもいいさ。

 

「別にどうもしない。今の待遇が続くだけだ。加虐趣味の老人が飽きるまで遊んでいてもらうだけさ。ただ、お前が首を縦に振れば、その限りではない」


 押し黙る賊の男。

 拒否権がないのを理解しながら、祖国への裏切りにつながることや部下の安全が保障することなど様々な事情が渦巻いているのだろう。


「……少し考えさせてほしい。即答は、できない」


「いいだろう。一種の裏切り行為だからな。即答できないことは理解できる。明日の朝また来るからその時に返事をくれ。色良い返事を期待しているぞ」

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