第365話 攻める者、守る者

 王様から西国でのヤンチャ許可証を頂いた翌朝、充実感に満ちたカナリア公御一行が複数の賊を引き連れて帰ってきた。

 例に漏れずカナリア公は上半身裸だったが、アルテミトス侯、オドルスキ、クーデルも含めて怪我はないようなので一安心。

 大貴族方が捕まえた賊は三下オンリーだったみたいだけど、念のためにグランパのところに連れて行くと言って二人して連行して行った。

 偉い割にはフットワーク軽いんだよなあ。


 その日の夕方。

 家来衆全員とメラニア、ステムのブルヘージュ組を執務室に招集し、通算何度目かの全体会議の開催を宣言する。


「知っているとは思うが、これから我がヘッセリンク伯爵家は西国を攻める。ついては、僕と共に森を越える者と、オーレナングに残り万が一の伏兵に備える者の配置を決めたい。誰か意見はあるか」


「伯爵様。よろしいでしょうか」

 

 僕のシンプル過ぎる問いかけに間髪入れず手を挙げたのは、意外にもクーデルだった。


「ああ、構わない。何でも言ってくれ」


「では、申し上げます。今回私は伯爵様に従い、森を越えたいと思います。ぜひお供させてください」


 私を連れて行けというシンプルかつストレートなメッセージだ。

 では、アピールタイムといこう。


「理由を聞こうか」


「愚かにもオーレナングに牙を剥いた身の程知らずの、その矮小な牙をこの手で叩き折りたい。以上です」


 これもまたシンプルゆえにクーデルの黒い怒りの強さが伝わるいい決意表明だった。

 他に理由が必要か? とでも言いたげなクーデルの視線に、思わず頬が緩む。


「いいだろう。供をすることを許す」


 はい、一枠決定。

 そのやりとりを見て、メアリが焦ったように手を挙げる。

 

「え、早い者勝ち? じゃあ俺も行く」


「ああ、クーデルと離れるのは寂しいだろうからな。お前も一緒に来い」


 国都デートが延期になっちゃうから仕方ないね。

 行き先は未知の隣国になっちゃうけど、これはこれで貴重な経験だと思うよ。

 

「真面目にやれよ。まあ、理由はクーデルと似たようなもんだ。舐めた真似してくれた落とし前はつけさせてもらうぜ。何が楽園だ。地獄の入り口に手え突っ込んだこと、わからせてやる」


 僕の本拠地を地獄の入り口扱いはやめてもらいたいが、メアリの参加も確定、と。

 すると、闇蛇コンビの参加表明を受けてフィルミーが口を開く。


「では、私はオーレナングに残りましょう。正直、深層より先に挑むのは荷が重い。オグ殿達領軍とともに守備を固めます。何人たりともここを抜かせはしません」


 冷静かつ適切な判断だ。

 フィルミーが遠くに行かないことを理解したのか、イリナがほっとしたようにため息をついた。

 気持ちはわかるよ。

 

「フィルミーが残ってくれるのならば心強い。では、僕が不在の間領軍をお前の下につけることにする。彼らと連携してオーレナングを守れ」


 フィルミーはうちの領軍の一糸乱れぬ連携を手放しで称賛しているし、領軍側は元アルテミトス侯爵領軍で斥候隊長を務めたフィルミーに一目置いている。

 お互いをリスペクトし合う両者だから、上手く足並みが揃うことだろう。

 守備の話が出た流れで、ブルヘージュ組に声を掛ける。


「メラニア、ステム。お前達は他国の人間だ。無理にこの作戦に参加する必要はないが、可能であればフィルミーとともにオーレナングを守ってくれないだろうか」


 メラニアはこの一年、愚直に剣を振り、魔獣との闘争と家来衆との模擬戦に明け暮れていた。

 オドルスキ曰く、『祖国との小競り合いの頃とは別人』級の成長を見せているらしい。

 ステムはステムでひたすら相棒の召喚獣、マッドマッドベアのボークンとともに魔獣の討伐に勤しんでいた。

 そんな二人がオーレナングの守備に加わってくれるなら、本当に心強いことだ。


「言われるまでもありません。本音では私も森の向こうにお供したいところですが、残念ながら足手纏いになるのが目に見えております。であれば、この一年の恩返しのため、全力をもってこの地を守らせていただく」


「姫様の守りは任せてほしい。どれだけ敵が湧いても、私とボークンが姫様に毛筋ほどの傷すら付けさせない」


 うん、ステムはブレないね。

 守る対象はオーレナングではなく、あくまでもサクリ個人だという主張。

 今に始まったことじゃないし、サクリへの高い忠誠から絶対に裏切らないのも確定しているので、これはこれで良し。


「爺めはもちろん森を越えるつもりでおりますぞ?」


「大丈夫だ。お前を置いて行くわけがないだろう。せっかく陛下から多少のやんちゃを許されたのだ。若い頃に戻った気分で暴れて見せろ」


 我が家の最高戦力は当然参加に決まってるでしょう。

 万が一行きたくないって言われても強制的に連れて行くつもりだったよ。

 僕なりのリップサービスを投げかけると、ニヤリと悪い笑みを浮かべて言う。


「では、せっかくですので『鏖殺』の名を背負っていた証を若い世代に見せることにいたしましょうか」


 何を見せるつもりでしょうか。

 嫌な予感しかしないのでそんな証明はやめてほしいが、おそらくジャンジャックは止まらない。

 西国よ、震えて眠れ。

 そんな僕の複雑な胸中とは裏腹に、我が家の天使が大興奮でジャンジャックに駆け寄った。


「お爺様すごい! ユミカもおーさつのお爺様見たいなあ。でもユミカはまだ小さいからお留守番だよね……」


 しゅんとするユミカ。

 ふむ、お留守番かと言われればもちろんそうなんだけど、ユミカはヘッセリンク伯爵家のためにと必死で修行に励んでいる。

 それなのに、年齢を理由に自分だけ祭りに参加できないことで修行のモチベーションが下がったりしてもよろしくないな。

 いや、僕がユミカのパーフェクトヘッセリンク化に反対なのは今も変わらないけど、半端な気持ちで修行に臨んで怪我をされても困る。


「ユミカ。お前が頑張って修行を続けているのはなぜだ?」


 細い肩に手を置いて膝をつき、視線を合わせると、もはや定番となった決意表明が返ってくる。


「ユミカはヘッセリンク伯爵家の家来衆だから!」


「ならば、オドルスキの子ユミカにレックス・ヘッセリンクが命じる。僕達が戻るまで、フィルミーやオグ達とももにオーレナングを守れ。できるな?」


「え……、いいの? お兄様」


 戸惑ったように僕を見たあと、順に家来衆達に視線を走らせるユミカ。

 目が合った家来衆は頷いたり、頑張れと拳を握ったりして小さな家来衆を励ましている。

 そして、そんな義娘の姿を眩しそうに見つめていたオドルスキが、表情を引き締めて言う。


「ユミカ。お館様からの御命令だ。家来衆として、どうお答えするかは以前教えただろう?」


 義父の指摘を受けた天使は、ハッとしたような表情を浮かべたかと思うと、バタバタと片膝をついて頭を下げた。


「あ、はい! ええと、御意!」


 かーわいいー!

 御意だって!

 これは流行る。

 そんな場面じゃないのはわかってるけど、これで癒されないヘッセリンクの人間なんかいるはずもなく、全員が漏れなくニヤつく羽目になっている。

 

「よし。オドルスキ」


 話を切り替えようと天使の義父を呼ぶと、皆まで言うなとばかりに力強く頷いてくれた。


「承知しております。元々攻めよりも守りを得意とするのが聖騎士。私もオーレナングに残り、ユミカとともにお館様のご帰還を待つことにいたします」


 本当はオドルスキも連れて行きたいけど、万が一を考えればオーレナングに残っていてくれた方が僕も安心だ。

 今回は親子で領地を守ってくれ。

 あ、わかってると思うけど言葉通りにユミカを前に出すのはやめてね?


「頼りにしているぞ。次に、マハダビキア、ビーダー」


「なんだい若様。何でも言ってくれよ」


「説明したとおり、少し長めの散歩に出ることになった。帰りが遅くなると思うが、そうなると必然的にお前達の料理が恋しくなるだろう」


 なのでたくさん美味しいものを作って持たせてくださいな。

 大丈夫。

 コマンドのおかげで大量の料理も持ち運び可能だから。

 頼むぞ、コマンド。


【御意】


 え、もう流行ってるの?


「そんなこと言われちゃあ、あっしも気合い入れなきゃいけませんやねえ。料理長、すぐに厨房に行きましょう。時間が惜しくていけねえや」


 ビーダーが鼻息荒く席を立つと、マハダビキアも満面の笑みでそれに続く。


「そうだなおっちゃん。料理人には料理人の戦い方があるってね。若様がちゃんとここに帰ってきたくなるように美味いもんを大量に用意しておくよ」


「メアリの好物の臓物の煮込みは多めに頼むぞ」


 ちなみに僕の好物でもあるので、あればあるほどいい。

 ご飯のお供にも酒のお供にも最高だからね。


「ははっ。了解了解」


 料理人コンビが部屋を出て行ったのを見送り、会議開始からずっと押し黙っている人物に視線を移す。

 視線の先にいるのは愛妻エイミーちゃん。

 僕が口を開く前に身を乗り出し、強い口調で捲し立てるように言う。


「私は一緒に参ります! もちろんヘッセリンク伯爵の妻として私がオーレナングに留まることが正しい判断だとは理解しておりますが、ここは絶対に譲れません。絶対に、です!」


「いや、エイミーも元々置いて行くつもりはなかったのだが……」


 そう。

 今回、エイミーちゃんを外すつもりはなかった。

 理由は純粋な戦力として、魔法使いが多い方がいいだろうという判断だ。

 さらに、エイミーちゃんは魔力が切れてもストライカーとして殴り合いでの活躍が期待できる万能型。

 何が起きるかわからない敵地ではきっとその能力が役立つはずだ。


「……本当ですか?」


「ああ、本当だとも。サクリのことはアデルとハメスロット、それにステムに任せるつもりだ」


 アデルが優しく微笑み、ステムはうっすらと頬を染めながらブンブンと首を縦に振る。

 なぜ頬を染めたのか問い詰めたかったが時間もないので後回しだ。

 

「今回エイミーにはヘッセリンク伯爵夫人としてではなく、ヘッセリンク伯爵家家来衆の一人、さらには武人の一人としてその力を振るってもらいたい」


「承知いたしました! ああ、こんなに嬉しいことはありません! 一人の武人としてレックス様に求めていただけるなんて!」


 よほど嬉しかったのか、皆が見てる前で僕の腕にしがみついてくるエイミーちゃん。

 今日も愛妻が可愛いことを、神に感謝。


「では、伯爵様とともに西に向かうのが、奥様、ジャンジャックさん、メアリさん、クーデルさん。残られるのが、オドルスキさんにフィルミーさんですね?」


 エリクスが話をまとめにかかると、可愛い天使が頬を膨らませながら不備を指摘する。


「エリクス兄様! ユミカもだよ!」


 これにはエリクスも頭をかきながら即座に発言の訂正を行う。

 

「ああ、そうだね。残るのはオドルスキさん、フィルミーさんに、ユミカちゃん。では、伯爵様。護呪符は土属性と火属性を準備いたしますがよろしいでしょうか」

 

 暴れてくるならもちろん持って行きますよね? とでも言いたげなエリクス。

 彼なりにオーレナングが襲われたことに腹を立てているらしく、珍しく厳しい表情だ。

 今回の遠征に参加する魔法使いはエイミーちゃんとジャンジャックだからその二属性で構わないだろう。

 そう思ったが、もう一人魔法使いがいるのを思い出した。

 僕だ。


「ああ、念のために僕用の風属性の札も一枚用意しておいてくれるかな? お守り代わりに持っておきたい」


 エリクスもその点には思い至っていなかったようで、なるほどと呟くと眼鏡を押し上げながら頷いた。


「承知いたしました。速やかに準備いたします」


「では今決まった振り分けで動くぞ。敵は森の向こうにあるという国、仮称西国。愚かにも彼奴等はこのオーレナングに土足で踏み込み、僕達の仲間を傷つけた。正直に言って僕は怒っている。陛下には西国で多少暴れることへの許可をいただいたが、精一杯拡大解釈した結果、大いに暴れることに決めた」


 僕の決意表明に、家来衆が膝をつき、頭を下げる。

 そして、ジャンジャックが頭を上げ、ギラついた目で僕を見ながら代表して口を開く。


「レックス様。ご命令を」


「攻める者も、守る者も、ヘッセリンク伯爵家の人間として死力を尽くし、西国にヘッセリンクの恐怖を刻み込め。各々の奮戦に期待する」

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