第364話 暴れてこい

 俺を置いて先に行け、という素敵なセリフを吐いてくれた土魔法使いは実際かなりの使い手で、豊富な魔力とバラエティに富んだ魔法を駆使して僕の足止めを図ってきた。

 普通なら苦戦は免れなかっただろう実力者だったが、ドラゾン&マジュラスというアンデッドコンビに人間がたった一人で太刀打ちできるわけもなく。

 ドラゾンのぶちかましで撥ね飛ばしたところをマジュラスの瘴気で拘束し、生きたまま捕縛することに成功した。

 その後、それぞれ賊を捕らえたエイミーちゃん、メアリ、ジャンジャック、フィルミーと合流。

 そのまま西に向かおうと主張する鼻息の荒いジャンジャックをなんとか宥めて屋敷に戻る。

 捕まえた賊の事情聴取をお願いするために地下に降りると、なぜかグランパとパパンから怪訝そうな顔をされた。

 どうやら、鉄砲玉よろしく僕が着の身着のままで西に攻め込むと思っていたらしい。

 いやいや。

 賊を捕まえて戻ってこいって言ったのはグランパだし、いくら僕でも何の準備もなく知らない土地に遊びに行ったりしません。

 領主の義務として王様への報告だってしないといけない。

 そう主張すると、二人から感心したように拍手を贈られた。

 こちとら三十路の妻子持ちなので、いつまでもヤンチャじゃないことを理解していただきたい。


 賊を引き渡したところで、屋敷で待つ王様へのご報告タイムだ。

 

「森の向こうからの使者、か。さてさて。どうしたものか」


 王様に報告したのは、賊が西からやってきたこと、西には未知の国があること、『楽園』を手に入れるために襲ってきたことの三つ。


「捕らえた賊から聴取した情報から判断するに、西に未知の国があることは確定かと。また、賊共の言う『楽園』が何を指すのか不明ですが、レプミアを狙っての襲撃であることは間違いございません」


 そんな報告に、これでもかと深い深いため息をつく王様。

 しばらくの沈黙の後、首を振りながら苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「自分で言うのもなんだが、余は平和を好む。可能であれば何の成果もなく、ただただ平和な世を治めた王という評価がお似合いだというのに、なぜ東からも西からも攻められなければいけないのだろうな」


 確かに。

 もう忘れかけてたけど、少し前に東にあるブルヘージュとも一戦交えたんだったな。

 平和を愛しているにも関わらず、東西両方と矛を交えた史上初の王様として歴史に名を残すことになるのは皮肉が効いている。

 このままいけば、僕も東西両方の国と戦闘行為に及んだ初めてのヘッセリンクになるのか。

 名誉でも何でもないな。

 

「愚痴はやめておこう。それで? どうするつもりだ」


「カナリア公とアルテミトス侯がお戻りになられたら、準備を整えて私自ら西に向かう所存です」


 森で合流できなかった二人のもとにはクーデルを走らせてあるから、直に戻ってくるとは思う。


「愚問であったな。しかし、カナリア公とアルテミトス侯は仕方のないことだ。嬉々として飛び出しおったわ。いい歳なのだからもう少し落ち着けばいいものを」


「オドルスキがついているようですので滅多なことにはならないと思いますが……あの方々は言っても聞かないでしょうな」


 マジュラスに確認してもらったところ、オドルスキと大貴族二人というトリオだった。

 多分、オドルスキが気を使って二人についてくれたのだろう。

 あとで労わなきゃ。


「まあいい。ヘッセリンク伯爵、レックス・ヘッセリンクよ」


 王様の呼び掛けに、緩みかけた雰囲気が引き締まる。

 支配者の顔だ。

 先日二日酔いで顔を合わせたリオーネ君のお父さんの顔とのギャップがすごい。

 即座に膝をつき、言葉を待つ。


「森の西にあると思われる国……、仮に西国としようか。西国に向けて発ち、可及的速やかにその実態を探れ」


「御意」


 命令は、現地に足を運んでの実態調査か。

 誰を連れていくか、誰に留守番を頼むか。 

 あとは、捕まえた賊のなかから一人くらいは道案内としてメンバーに入れる方がいいのか。

 考えなきゃいけないことは山積みだな。


「楽園などというありもしない幻想をいだいて他人の領地を荒らした蛮族の住む国だ。レプミア国王の名において、多少暴れてくることを許す」


 獰猛な笑みを浮かべながらヤンチャする許可を出す王様。

 まあ、そうだよね。

 王様からしたら、死んだと思ってた友人に会いにきていい気分のところに、いきなりやってきた知らない人間にわけもわからず殴られたようなものだ。

 怒ってるに決まっている。

 僕としても敬愛する国王陛下のために暴れてくるのはやぶさかではないが、気になることが一点。


「多少、でございますか」


 果たしてどこまで許されるのだろうか。

 そんな疑問に、王様はニヤリと笑いながら答えをくれる。


「ああ、多少だ。まあ、人それぞれで基準というものは違うが、そうだな。ヘッセリンク伯の常識の範囲で暴れることを許す、としておこう」


 多少=ヘッセリンクの常識の範囲。

 つまり、世間一般における常識の範囲外で暴れてこい、と。

 理解しました。


「これは拡大解釈の余地が多分にある御命令ですな。委細承知いたしました。このレックス・ヘッセリンク。陛下の御名に恥じぬよう、西国においてレプミア貴族らしい振る舞いを披露して参ります」

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