第363話 獲物 ※主人公視点外

「いやはや。なかなかどうして。ただの賊かと思いきや、できるではないですか」


 ジャンジャック殿が剣を鞘に納めながら満足そうに笑う。

 地面には、複数の男達が転がっている。

 今回オーレナングを襲った賊のなかで、最も不幸だったのはこの集団で間違いないだろう。

 森に逃げ込んだ先で、よりによって鏖殺将軍ジャンジャックに遭遇してしまったのだから。

 賊は八人、こちらは私と師匠の二人。

 しかも、急な襲撃に対応したことでジャンジャック殿は執事服のまま。

 いや、屋敷前の戦闘でもこの格好のまま嬉々として賊を討ち取っていたのだが、乱戦だったことを考えれば見た目で油断した賊を責めるのはあまりにも酷というものだ。

 

「くそっ! 楽園への入り口に門番がいるなんて聞いていないうえに、それがこんな化け物とは……! いや、諦めるな。神が私を見てくださっているはずだ!」


 残った賊はあと一人。

 倒れた男達もそうだったが、楽園という言葉を何度も口にしていた。

 それがレプミアを指しているのか、それとも他の何かなのかはわからないが、少なくともこの賊が目的を持って森の西にある国からやってきたことは間違いないようだ。


「これはいけない。この森の神はとても気まぐれです。そのように都合よく名を呼んでは臍を曲げてしまいますよ?」


 ジャンジャック殿が唇の端を吊り上げて挑発するように笑う。

 

「黙れ! そのニヤけた面、すぐに泣きっ面に変えてやる!」


 それを見て即座に激昂する賊。

 わかる。

 あの顔は何度見ても胸がザワザワするというか、平静ではいられなくなる。


「はっはっは! それは楽しみですな。さ、かかっていらっしゃい。一体どこにちょっかいを出したのかを教えてあげましょう」


 両手を広げて挑発行為を続行する師匠。

 剣は鞘に納めたままだ。

 賊の装備から見て魔法使いであると踏み、だったら撃ってこいと促しているんだろう。

 

「余裕ぶりおって! 火魔法、炎連弾!!」


「土魔法、岩壁」


 駆け出し魔法使いの私でもわかるくらい、見事な速度で魔力を練り形にして見せる賊。

 しかし、奥様も得意とする炎の散弾は、師匠の生み出したぶ厚い岩の壁に当たって掻き消えた。


「まだだ! 火魔法、爆炎花!!」


 きっと、腕のいい魔法使いなのだろう。

 相手に傷を負わせることができなかったことを悔やむでもなく、すぐに次の魔法を放つ。

 炎の散弾の次は、幾筋にも地面を走る爆炎が師匠を襲う。

 

「土魔法、岩壁」


 先ほどよりも横に長く展開された岩壁は、複数の地を這う爆炎を全て受け止めたあと役目を終えたように音もなく崩れ去った。

 ジャンジャック殿は涼しい顔だ。

 まるで、それで終わりか? とでも言っているような小憎らしい笑みを浮かべている。

 思わず、立場を忘れて賊を応援してしまいそうになったのは秘密だ。


「火魔法! 豪炎波!!」


 この魔法は、賊の切り札だったのかもしれない。

 放たれた炎の帯がジャンジャック殿を包み込むように展開し、竜巻のように上空に向かって燃え上がる。

 高温の炎に包まれた人間はたまったものじゃないはずだ。

 普通なら。


「土魔法、岩壁」


 残念ながら、本当に残念ながら私の師匠は普通ではなく、どちらかというとはっきりした化け物だ。

 炎と自らの間に三度岩壁を出現させ、それを強引に押し広げることで簡単に消火してみせる。

 微笑を浮かべながらかかってこいとばかりに手招きして見せる師匠に、手札を出し切ったであろう賊が絶望の表情を見せる。

 

「ジャンジャック殿、遊ぶのはおやめください。賊とはいえ年若い者を嬲るのは趣味がいいとは言えませんよ?」


「嬲るとは人聞の悪い。実力を測っていると言ってもらいたいものです」


 私の指摘に肩をすくめるジャンジャック殿。

 実力を測るがてらに楽しんでいたんですよね、わかっています。


「まったく、物は言いようですね。それで、お嬢さんの実力はいかがですか? 魔法に明るくない私には、相当な使い手と映ったのですが」


 賊は、髪を短く切り揃えた勝ち気そうな顔立ちの少女だった。

 今や自慢の魔法を尽く無にされたことで絶望に染まっているが、生来は活発な子なのではないかと推測される。


「その見立てで間違いないですよ。賊でなければぜひヘッセリンクに招いて鍛えてみたいと思う程度には上手に魔力を運用できていますね。いや、森の西からやってきた賊の一団が、これほど楽しめそうだとは嬉しい誤算です」


 楽しんでいることを隠すのをやめたらしい。

 それでこそ鏖殺将軍様だと妙に感心してしまうのは私が毒された結果だろうか。


「残念ながら私はこの状況を楽しむ境地には至っておりません。お付きらしいそこの騎士も相応の腕でした。同じ水準の力を持つ人間が複数いるなら、とても油断できる相手では」


「私など足元に及ばない強者が、国にはごまんと控えている! 例え私達が全滅しようと、我が国は楽園を手に入れるために戦うことをやめない!」


 暗い表情のまま、しかし力強く宣言する少女。

 いけない、それは悪手中の悪手だ。

 君の目の前の老人は、生粋の戦闘狂だぞ?


「ほうほう。それは良いことを聞きました。お嬢さんより強い方々がたくさんいらっしゃるのですね?」


 案の定、目を輝かせるジャンジャック殿。

 止めなければこのまま西に走っていってしまいかねない。


「ワクワクする場面では無いでしょう。君も迂闊なことを言わない方がいい。その方は見た目こそ紳士然としているが、中身は魔獣とそう変わらないのだから」


「そんなに褒めても何も出ませんよ?」


 何が怖いと言って、ほんとに誉められていると思っているところだ。

 そう長い付き合いではないが、短くも濃い時間を過ごしている私にはわかる。


「ほらね? その発言は君の国を著しい危機に陥れた可能性がある。反省しなさい」


「まあ、残念ながら今の発言がなくても既に貴女の国は未曾有の危機に直面することが決まっています。先程、私達のことを楽園の入り口の門番と仰いましたが、それは間違いです」


 あくまでも穏やかで明るい表情のまま、再び唇を吊り上げる師匠。

 あまりにもよろしくない雰囲気に、少女が思わず後ずさる。


「私達ヘッセリンク伯爵家の人間は、守るよりも圧倒的に攻めるほうが得意なので、楽園を守る門番ではなく、楽園を狙う愚か者共を仕留める狩人と言った方がより適切です。そして、近々での我々の獲物は、貴女の住まう国となるでしょう」


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