第360話 未来のお話5 ※主人公視点外

「メアリ兄さん、クーデル姉さん。遠いところ申し訳ありません」


 ヘッセリンク伯爵家が国都に構える屋敷。

 ここには、お婆様であるマーシャ・ヘッセリンクと私マルディ・ヘッセリンクが家来衆とともに暮らしている。

 両親と敬愛する姉が本拠地オーレナングで魔獣との闘争を繰り広げるなか、私の役割はここ国都で知識を蓄え、交渉の技術を身につけることだ。

 この日、私は自らの将来のことを相談するため、幼い頃からお世話になっているヘッセリンクの家来衆、メアリ兄さんとクーデル姉さんを屋敷に招いた。

 家来衆に将来の相談というと他の家の人間は怪訝な顔をするだろうが、我が家ではそうおかしなことではない。

 餅は餅屋に、ヘッセリンクのことはヘッセリンクの人間に。

 特にメアリ兄さん、クーデル姉さんにエリクス先生を加えた三人は、未来に渡ってヘッセリンクを支える柱だ。

 残念ながらエリクス先生は諸般の都合でバタついているようなのでお二人にお越しいただいた。


「いいってことよ。お前は俺達の将来の雇い主様なんだ。胸張ってていいんだぜ?」


 男臭い笑顔で応じてくれるメアリ兄さん。

 相変わらず綺麗な顔だけど、服の上からでもわかる鍛えられた体も相まって、男っぽい表情が絵になる。

 そんなメアリ兄さんの隣にぴったりと寄り添うクーデル姉さんも作り物のような美しさだ。

 ユミカ姉さん曰く、結婚してからさらに磨きがかかったらしい。

 

「そうね。サクリはヘッセリンク伯爵になる気なんて小指の爪の先ほどもなさそうだし。次期伯爵様からの指示なら喜んで動くわよ。それに、国都は思い出の場所だもの。謝ることなんてないわ」


「そう言ってもらえると助かります。ただ、私はまだ姉上を護国卿にすることを諦めていませんから。史上唯一の竜種を従える召喚士。その一点だけ取っても姉上こそがヘッセリンク伯爵に相応しい」


 サクリ・ヘッセリンク。

 私の姉にして脅威度Sディメンション・ドラゴンを従える唯一無二にして至高の存在だ。

 そんな姉上こそ次期護国卿に相応しいと思っているのだけど、メアリ兄さんはゆっくりと首を振る。


「若くしてレプミア全土の裏街を支配下に置き、お袋さんや前ラスブラン侯に表と裏の外交を学び、自らも先代を彷彿とさせる槍使いで魔獣討伐を苦にしない。ほら、マル坊だってお嬢と遜色ねえだろ」


「むしろ貴族としては若様のほうが貴族っぽいわね。サクリが他家との交渉の席に付いてる絵なんて全く浮かばないもの」


 二人に褒めてもらえるのは素直に嬉しいが、私が様々な能力の修得に努めている理由は一つ。


「姉上の苦手分野は私が埋めたらいいんです。姉上の敵も私が排除します。だから姉上が当主になってもなんの心配もないんですよ」


 姉上がヘッセリンク伯爵の座についたとき、右腕としてお支えするためだ。

 姉上の覇道を邪魔するものは私が全て取り除く。

 そんな心意気で日々過ごしている。


「俺はそんなお前が心配だよ……」


 頭を抱えるメアリ兄さん。

 クーデル姉さんはニコニコしながらメアリ兄さんの腕に抱きついている。

 

「心配無用です。まあ、私がヘッセリンク伯爵に相応しくないと思う理由はちゃんとあるのですが」


 そう、私が明らかに姉上に劣っていて、ヘッセリンク伯爵を名乗るには致命的に足りていないもの。

 それは。


「父上や姉上に比べて、いや、メアリ兄さんやクーデル姉さんと比べても、愛が、足りない」


「……あ?」


「私には圧倒的に愛が足りないのです。クーデル姉さんの言葉で言えば、私に愛属性の素質はありません」


 ヘッセリンクと言えば愛の一族。

 そこまで広まっているわけではないし、むしろ世間一般では全く知られていないどころか信じられもしないその素質。

 それが私には十分備わっていない。


「おいクーデル。お前責任取れよ。昔の悪ふざけが未来の雇い主追い込んじまってるじゃねえか」


 メアリ兄さんがクーデル姉さんの頭を掴んで揺さぶっている。

 されるがままで、むしろ蕩けそうな笑顔のクーデル姉さん。

 そう、これこそ私が求めていたものだ。


「今日来ていただいたのも、我がヘッセリンク伯爵家でも有数の愛属性の使い手であるお二人に、愛とは何かをご教授いただきたかったからです」


 両親の間にも確固たる愛があるし、オーレナングに住む複数の夫婦も驚くほど仲がいい。

 しかし、敢えて最も愛が強い二人を選べと言われれば、全員が迷わずメアリ兄さんとクーデル姉さんを選ぶだろう。


「待て待てマル坊。誰が有数の愛属性の使い手だ。誰がそんなこと言っ」


「なるほど。その点を見込まれたなら嫌とは言えないわね。いい? 若様。愛というのは誰の心の中にもあるものなの。形や大きさ、強さは人それぞれ。でもね? それがどう育つかも人それぞれなの」


 大事そうなことなのでエリクス先生の教科書の自由記述欄に加筆しておく。


「いや、真剣にペンを走らせなくていいんだよマル坊。見りゃわかるだろ? 今のクーデルは悪い方のクーデルだぞ?」


 悪い方のクーデル姉さん。

 瞳孔が開いて口調が速くなり、止められるまでメアリ兄さんへの愛を語り続ける状態をそう言うのだが、個人的にはそれが悪いことだとは思っていない。

 それだけメアリ兄さんのことを愛している証だからむしろいいことだと感じている。


「私は幸い物心ついた時からメアリが側にいたから愛が目覚めたのが早かっただけ。そう、出会ってからまさにこの瞬間もメアリを愛しているわ」


 そう言いながらうっとりとした表情でメアリ兄さんの肩に頭を乗せる。

 ただただ絵になるな。

 気まずそうなメアリ兄さんとの対比が芸術的ですらある。


「だけど、メアリが私を愛してると自覚したのは遅かったのよ?」


「そうらしいですね。私が物心ついた時には、メアリ兄さんがクーデル姉さんを愛していることがわかる関係でしたから驚きました」


 こんなに綺麗な人が自分を愛していることを隠さずにいてくれたというのに逃げ回ってたというから驚いたのを覚えている。

 

「だから、愛がいつどう育つかは神しか知らないこと。育つ速さに優劣はないし、表に出さなくても秘めた愛もある」


 この説明はとても納得がいった。

 なぜなら、表に出さない愛を持つ人々を二人ほど知っているから。


「なるほど。プラティお祖父様やラスブランのお祖父様は、秘めた愛に分類される?」


 私の質問に満足そうに頷くクーデル姉さん。


「そうね。あの方々や昔のメアリは愛を表に出すことを良しとしない恥ずかしがり屋さん。でも、強くて大きな愛を内に秘めていたわ。今のメアリを見ればわかるでしょう?」


 確かにそうだけど。

 表に出すことだけが愛じゃない。

 内に秘めていても、愛があることに変わりはないんだ。

 だけど、私に内に秘めた愛があるのだろうか。


「いちいちひっつくな! なあマル坊。まじで話半分どころか三分の一くらいで聞いておけよ。ヘッセリンク伯爵になるのに愛属性なんか必要ねえから。というか、お前はジーカス・ヘッセリンクの孫でレックス・ヘッセリンクとエイミー・ヘッセリンクの子供だろうが」


 不安になる私の頭をガシガシと乱暴に撫で回しながらメアリ兄さんが唇の端を吊り上げる。

 

「そんなお前に愛がないわけねえだろ。心配すんな。生まれた時からお前を見てる俺が保証する。お前は兄貴そっくりだよ。だから、お前にはヘッセリンク特有の愛属性とかいうトンチキな特性がちゃんと備わってるさ。だから安心して護国卿を継ぎやがれ」


 


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