第359話 煽れメアリ ※主人公視点外
国王のおっさんが国都に帰る日が近づいて、もう少しで長い休みだなあなんて若干浮かれてた日の昼下がり。
屋敷の外が騒がしくなったと思ったら、玄関の方から爆発音が聞こえた。
なにがあったと部屋から飛び出すと、いつも森の入り口で番をしてくれてる領軍の兄さんが、焦りを隠そうともせずバタバタと屋敷に駆け込んできたところだった。
なんでも、どっかの馬鹿がよりによってオーレナングに奇襲をかけてきたらしい。
嘘だろ?
東側は近衛を含む国王の配下がガッチガチに固めてるはずだ。
その警備を抜けて奇襲なんて現実にあり得ねえ。
だけど、もっとあり得ねえ情報がでてきた。
敵は、西から襲ってきただとさ。
意味がわからねえが、怪我人も出てるらしい。
初めに俺が飛び出し、続いてオド兄とフィルミーの兄ちゃんも武器を手に出てくる。
なぜかカナリアの爺さんとアルテミトスのおっさんも抜剣して出てきたんだけどそれは誰か止めろよ。
俺達が戦列に加わると、徐々にこっちに天秤が傾き始めた。
爺さんやオド兄が加わって圧倒できないとこを見ると、弱くはねえ。
弱くはねえが、こちとら伊達にヘッセリンクの家来衆なんかやってねえわけ。
賊は一人、また一人と倒れていき、それが二桁に到達しようかというところで、倒れた仲間を見捨てて逃走することを選んだ。
兄貴不在の緊急事態には全権を任されている爺さんは、一瞬も悩みもせず賊を追うことを決める。
なんなら、『仕留めますよ』と一言だけ残して真っ先に森の中に消えていきやがった。
オド兄とフィルミーの兄ちゃんも遅れてなるものかと爺さんを追う。
俺はクーデルに兄貴への言伝を頼み、領軍の兄さん達と倒れた賊をふんじばったうえで最後方から追うことにした。
賊の一団に追いついたのは浅層の真ん中くらい。
おっさん五人が木陰に隠れてるのを見つけたんだけど、ユミカのほうが上手く隠れるんじゃねえかと思うくらいヘッタクソなんだよなあ。
息を潜めてもいなけりゃ、揃いも揃ってでけえから身体も隠し切れてねえ。
「おいおい。せっかく遊びに来たんだ。そんなに急いで帰ることねえじゃねえか冷てえなあ」
せっかくだから奇襲返しでもしてやろうかと思ったけど、とりあえず正面から近づいて声をかけてみた。
驚きを顔に貼り付けて一斉に立ち上がる賊。
本気で気づいてなかったのか?
強えのか弱えのかはっきりしろよ。
そんな俺の心中が伝わったのか、剣の柄に手をかけながら無言で睨みつけてくる五人のおっさん。
「返事なし? 揃って恥ずかしがりさんかい? まあ俺もそんなに話し上手なほうじゃねえから人のことは言えねえが……とりあえず、あんたらどこの誰だい?」
これも無視。
そりゃそうだよな。
「いや、レプミアのお貴族さんならバカな真似やめとけよって話で終わるんだけどさ。聞いてみりゃ、あんたら森から湧いて出たらしいじゃねえの」
「お前は、東国の者か?」
お、反応あり?
しかし東国。
東国ね。
ブルヘージュの人間か? なんて聞かれるわけねえから、このおっさん達の所属から見ると、レプミアが東にあるわけだ。
「うちの国が東に見えるってことは、あんたらは西に住んでるってことだな」
そう尋ねると、指揮官の目配せで一斉に抜剣する賊。
「やる気かい? おっさん五人で若造一人を囲むなんて、賊は大人げないねえ」
「殺しはしない。捕らえて色々聞かせてもらうだけだ。同胞との交換にも使えるだろう」
賊呼ばわりには反応なし。
一応、見捨てた仲間のことは忘れてないわけね。
「殺される危険がないなら安心だ。優しいこった。まあ、捕まってるあんたらの仲間は今頃地獄体験の真っ最中だと思うけどな」
クーデルが呼びに行った兄貴が今頃地上に戻ってきてるはずだ。
領軍の兄さん方が何人か怪我してることを知ったら、下手したら賊の何人かはこの世にいねえ可能性すらある。
オーレナングっつうのは、身内以外にはこの世の地獄だぜ?
「小僧!!」
イキリたったおっさんの一人が大上段から斬り掛かってくる。
基本に忠実で、お手本のように速くて綺麗な袈裟斬り。
まあ、フィルミーの兄ちゃん以上メラニアの姉ちゃん以下の斬り下ろしに当たってやる義理もねえ。
斬り下ろしに合わせて必要最低限だけ退がり、次の動きに移らせない間でナイフを突き出そうとすると、視界の端で横合いからもう一人が飛び込んでくるのが見えたので、今度は大きく後ろに跳ぶ。
「やるじゃないの。伊達に森の中通ってきてないってか?……なあ、あんたら。ここに辿り着くまでに何人減った? おいおい。そんに怒るなよ。こっちが招いたわけじゃねえのに勝手にそっちが乗り込んできて勝手に犬死にしただけだろうがよ」
我ながら安っぽい煽りだとは思うが、こんなもんでも引っかかる奴はいる。
目の前の賊は、なんと五人中四人が顔を真っ赤にしながらミシミシと音を立てて柄を握りしめていた。
そんなに顔に出しちゃダメだぜ?
俺みたいな悪者につけ込まれるだけだから。
「一流が一人と、あとの四人は三流以下か。なあ、なんで一流っぽいあんたじゃなくてそっちの三流以下のおっさんが偉そうなの? あ、上に相当嫌われてる感じ?」
反応が薄かった一人に笑いかけると、頭に血を上らせたっぽい四人が地面を蹴った。
四対一の場面。
紙一重で避けるなんて洒落た真似は御法度だ。
『炎狂い』に叩き込まれたとおり、大きく大胆にひたすら逃げ回る。
きっと長い年月をかけて完成させた連携なんだろうな。
余裕持って距離取ってるはずなのに気い抜くと距離詰められてるから心臓バクバクだ。
強えなこいつら。
連携を加味すれば一流半から二流くらいにはなるんじゃねえかな。
「おっ、おっ、おっと。連携はなかなか、どころかこれはかなり、やるじゃねえか! 三下かと思ってたけど見直したぜ」
賊の動きは、強いて言えばカナリアの爺さんとこのおっさん達の連携に似てるな。
一人が突っ込んで残りが支援って役割を順繰りに回して隙ができたところで仕留める。
厄介な動きだけど、まあどうしてもあの筋肉親父どもに比べればこの賊達のそれは一枚か二枚劣るか。
「口の減らぬガキが!! その憎たらしいほど綺麗な顔、ズタズタにしてくれるわ!!
何が気に入らなかったのか歯を剥き出して怒鳴り声を上げる指揮官風のおっさん。
怒らせたのは俺の口調か、表情か。
はたまた両方か。
まあ、どっちにしてもヘッセリンク流にもう一押ししとくか。
「殺す気ないとか言ってなかったかい? 自分の感情だけで掌返すとか、そんなんだから仲間を無駄死にさせるんだよ」
この煽りは効いたらしく、完全に頭に血が上りきった指揮官風が、魔獣と遜色ない迫力をもって突出してきた。
だけど、感情を優先したせいでご自慢の連携に綻びが出てるぜ?
綻びは僅かに隙を生む。
今の俺なら、ナイフ一本差し込む隙があれば充分。
「なあ、名前も知らない隣国の人よ。俺はメアリ。レックス・ヘッセリンク子飼いの死神だ。次の人生では、幸せな生を送れるよう願ってるぜ」
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