第358話 土石牢

「主よ。侵入者が西に移動を始めたようじゃ」


 見晴らしの良くなった森の中。

 まだ敵の影を目視するには至っていないけど、マジュラスの言うことには森の奥に逃げているようだ。

 なぜ、より危険な方に向かうのだろう。

 魔獣と僕なら理性がある分絶対に僕に向かってきた方が安全なのに。

 移動速度を上げるために乗せてもらったゴリ丸の背中の上で、エイミーちゃんも頬に手を当てて不満顔だ。


「まあ、往生際が悪い。どこまで逃げても魔獣の棲む森だというのに。お優しいレックス様に捕縛された方が命の危険が低いことがなぜわからないのでしょうか」


 そうだよね?

 流石はエイミーちゃんだ。

 僕のことを理解してくれている愛妻の頭を撫でつつ、敵が逃走しているであろう方角に視線を向ける。

 

「絶対に捕まりたくない何かがあるのか。それとも、そもそも僕のことを知らないのか」


「まさか! レプミアにレックス・ヘッセリンクを知らない人間がいるはずがありませんし、ましてや、ヘッセリンクの二つ名である『狂人』の名を聞いたことがないなど、そんな馬鹿なことはございません」

 

 エイミーちゃんが目をさらに見開いて言う。

 そんなに開くと大きな瞳が溢れそうだよ?


「名誉なのか不名誉なのか判断に迷うところだが、侵入者はレプミアでは知らぬ者のいない『狂人』と呼ばれるヘッセリンクの領地にわざわざやってきたわけだ。しかも、国王陛下がいらっしゃる時を狙って」


 王様を狙った犯行なら、場所の選定が不適切過ぎる。

 どうしてもというなら王様がオーレナングに向かう道中で狙った方がまだ可能性はあったはずだ。

 それなのに、王様が領地に到着して落ち着いた段階で襲ってきた。


「領軍からの報告によれば、敵は西から現れたというじゃないか。確率が限りなく低いとしても、レプミアの人間ではない可能性を完全に排除すべきではない」


「では、北か南からわざわざ? 流石に東国ではないと思いますが……」


 北か南から侵入してきたとして、複数の貴族領を誰にも気付かれずに通り抜けてオーレナングに辿り着くことは不可能だ。

 仮に辿り着いたとしても、まとまった人数で森に入るのを、領軍や王様の護衛で付いてきた兵士達が揃って見落とすはずがない。

 エリクスの場合は一人で、かつ特殊な技術を使って侵入を果たした例外中の例外。

 今回の敵にもフィルミーやメアリの索敵を掻い潜る技術があるようだけど、それが二桁を超える人間に一斉に適用できるかと考えれば、常識的に考えて否定せざるを得ない。

 ブルヘージュ?

 あそこは友達の国なので敵対なんてしないし、仮に敵対したらお散歩に行くだけで仲直りができるから心配ない。


「東、北、南はない。となると、あとは西だな」


「……その可能性も完全に排除するべきではないと仰るのですか?」


 可愛い妻が眉間に皺を寄せる。

 こんな表情すら可愛いなんて、神に感謝を捧げたいくらいだ。


「全くないかと聞かれたら、頷く根拠を僕は持ち合わせていない。もしかしたら初代様あたりなら何か知っているかもしれないが」


 侵入者をしばいたらとりあえず初代様にアポをとるか。

 あまり真剣に考えてこなかったからね、森の向こうについては。


「森の向こうからの、侵入者……」


「可能性というだけだ。もちろん頭の中お花畑な夢想家なレプミア貴族の手の者という可能性が一番高いさ」


 それはそれで色々事後処理が複雑そうだな、なんて考えていると、マジュラスが穏やかな声で言う。


「主、見えたのじゃ」


 うん、僕の視界にもばっちり捉えてますよ。

 駆け足で森の奥に進む一団。

 人数にして五、六人か。

 

「ドラゾン、先行して足止めしろ」


 僕の指示に従い、ドラゾンがスピードを上げて低空を飛行し、敵に突っ込む直前に急上昇して突風を巻き起こした。

 背後から吹きつけた強烈な風に悲鳴をあげながら倒れ込む侵入者達。

 こんなものかと思いながら近づいていくと、一際大柄な男がいち早く立ち上がり、倒れ込む仲間を叱咤するよう声を張り上げた。

 

「皆起きろ! 走れ! ここは俺に任せて先に行け! 他の隊と合流するんだ!」


 倒れ込んだ侵入者達が次々と起き上がり、もつれる足で走り去っていく。

 ふむ、素晴らしい統率力だ。


「クソッタレが、なにが森の向こうには弱え魔獣しかいねえだよ老害どもが!!」


 男は憎々しげに吠えると、何もない空間に巨大な岩を作り出し、侵入者を追おうとしたドラゾンに向かって撃ち出した。

 あれは、ロックキャノンだったっけ?

 

「土魔法使いか。だが、その程度効くわけがないだろう? 叩き割れドラゾン!!」


 撃ち出された岩はジャンジャックが使うそれをサイズ、速度とも大きく下回っており、ドラゾンは尻尾を振り下ろして軽々と砕いてみせる。

 

「魔獣が人間の指示に従っただと? てめえ、あれか。召喚士とかいうやつか!?」


「挨拶もなしにてめえ呼ばわりとは礼儀のなっていないコソ泥だな。エイミー。ゴリ丸とミケを連れて逃げた賊を追え。一匹たりとも逃すな」


「承知いたしました。ゴリ丸ちゃん、乗せてくれるかしら?」


 エイミーちゃんのお願いに、いいよとばかりに背を低くして乗りやすいようにしてあげる紳士なゴリ丸。

 ちゃっかり同乗したミケが顔など洗っているのが癒されるね。


「くそっ、行かせるかあ!?」


 愛妻達を追いかけようとする男にウィンドアローを放つと、地面を転がりながら回避して見せた。

 いい反応だ。


「余所見をするな。お前とは僕が遊んでやる」


 素早く立ち上がった男が殺気で瞳をぎらつかせながら僕を睨む。

 一年前の僕なら足がすくんでいたかもしれない。

 だが、最近パパンやグランパの度を越してギラついた視線に晒され続けてきたのでこの程度ならノープロブレムだ。


「しかし、ここは俺に任せて先に行け、か。男気溢れる名台詞だな。感動で涙が出そうだが、だいたい負けが確定した勢力から出る言葉だから気をつけた方がいい」


 出来れば逃げて行った男達から『あなたを置いて行くなんて、自分にはできません!』という返しまであれば満点だったが、それは望み過ぎか。


「うるせえよ! 誰だか知らねえがこっちにゃ遊んでる暇なんてねえのよ!!」


 喉を痛めそうな発声で叫ぶ男が、両手を忙しなく動かして印を結ぶ。

 あれは大きな魔法を使う時の予備動作だな。


「主。止めるかの?」


 そう聞いてくるマジュラスの声に緊張感はない。

 そして、それは僕も同じだ。


「なかなかの魔力だな。静観だ。何が出るか見てみたい」


 最悪の事態に備えて風魔法で身の守りだけ固めていると、魔法の準備が整ったようで男が出会って初めての笑みを浮かべた。

 勝ち誇る、の語源と言われても納得してしまうほどの表情だ。

 

「あばよ!! 土魔法! 土石牢!!」


 空中に大量の土砂を呼び出し、それを対象に降り注がせることで足止めおよび拘束を行う大規模な土魔法。

 それが土石牢だ。

 懐かしいなあ。

 エイミーちゃんとの婚前旅行でアルテミトス領に行った時、付き添いのジャンジャックが余興がてらに見せてくれたっけ。

 

【おや、記憶が改竄されているようですね?】


 あの一件で僕はエイミーちゃんと結婚できたし、アルテミトス家はバカ殿だったガストン君が綺麗な心を手に入れるきっかけになったというWin-Winな出来事だったでしょ?

 まあ、なにが言いたいかというと、このくらいじゃ僕は止められないよ、と。

 大量に降り注いだ土砂に埋まり身動きが取れなくなるなか、有り余る魔力を一点に凝縮させ、外に向かって一気に解き放つ。

 そうするとどうなるか。

 大量の土砂が内側から吹き飛び、中から薄笑いを浮かべたレックス・ヘッセリンクが登場するわけだ。

 

「なかなかとは言ったがこの程度で足止めできると思われるのは甚だ心外だ。ヘッセリンクという生き物を、あまり舐めてくれるなよ?」


 さあ、地獄で鬼が待っているぞ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る