第357話 漆黒の嵐
『では、私は先行してメアリと合流します。奥様、伯爵様をよろしくお願いいたします』
そう言ってダッシュで森の奥に消えていくクーデル。
いや、僕の護衛はしてくれないの? と突っ込む間もないほどの速度だ。
まあエイミーちゃんも召喚獣のみんなもいるから護衛なんかいらないんだけど。
ぶれないクーデルに笑いが込み上げてくる。
「僕をよろしく、か。まるで子供扱いだな」
「ふふっ。いいではありませんか。クーデルのレックス様への忠誠は、メアリに勝るとも劣らない水準だと思います」
そうだね。
愛属性だなんだと謎の理論を振りかざして僕を崇めるのは困ってしまう点だけど、真面目な場面でもちゃんと僕を慕ってくれているのは伝わってくる。
「それは理解しているさ。なんだかんだとメアリにいい影響を与えてくれているし、家来衆のなかで調整役を担っているところもある。手放すことのできない人材さ」
イリナやエリクスとは歳の近い友人として、年上の家来衆には娘や妹のように、そしてユミカに対しては姉として。
器用で気が利くうえに対人関係も全方位に向けて良好と、人としてのオールラウンダーっぷりを発揮してくれている。
「仰るとおりです」
エイミーちゃんも出会った当初からクーデルとは仲良しで、いまや主従を超えて友人同士のような関係だ。
そんなクーデルを褒められてニッコニコのワイフ。
「もちろんエイミーも手放すことはできないぞ? 戦力としてだけではなく、愛する妻としてもだ」
「もう、レックス様ったら」
ポカポカと僕の腕を叩くそのアクション、とてもキュートです。
【レックス様。緊張感という言葉をご存知ですか?】
「主よ。緊張感という言葉を知っておるかのう?」
まさかの脳内とリアルからのダブルツッコミを受けました。
いけない、ふざけているわけじゃないことを説明しなきゃ。
「マジュラス。僕は小指の先ほども油断していない。毎日本気でエイミーを愛しているぞ?」
キリッとした顔でそう言うと、マジュラスががっかりと肩を落として首を振る。
「そういうことを言いたいのではないんじゃが。うん、やめじゃやめじゃ。奥方様が絡んだ時の主はメアリ殿に対するクーデル殿と大差ないんじゃった」
嘘だろ!?
いや愛の深さなら確かに負けるつもりはないけど僕はエイミーちゃんへの愛を語る時に早口にならないし目の光も消えてないはずだしなんならそこまで長尺で語ったりすることもそこまでないはずであってでも確かにエイミーちゃんのことは心から愛しているからクーデルの姿にシンパシーを感じないかと言えば嘘に。
【止まってください。止まってください。闇堕ち警報が出ております】
おっと、いけない。
落ち着こう。
「ふぅ。流石にその評価には物申したいところだが……。では、可愛いマジュラスにこれ以上呆れられないよう仕事をするとしようか。エイミー」
「はい。お気の召すままに」
エイミーちゃんが僕の呼びかけに余計なことを言わずに笑顔で頷いた。
何をするのかなんて聞こうともしないその態度は、愛か、狂信か。
「マジュラス。近くに家来衆の気配はあるか?」
「少なくとも声が届く範囲にはないのじゃ。一番遠いのは……中層手前。ジャンジャック殿とフィルミー殿じゃな。オドルスキ殿とメアリ殿はそれぞれ単独で散っておる様じゃ」
土魔法師弟コンビ足速すぎない?
いや、その速度で逃げることができる敵がいるってことか。
これは本当に油断できないな。
「敵はどうだ?」
「敵かどうかはわからぬが、我の知らぬ気配がこの先に固まっておる。上手く息を潜めておるのう。メアリ殿やフィルミー殿をやり過ごすとは、手練れとみた」
これは本当に気を引き締めないとな。
フィルミーやメアリといった人の動いた跡や気配に敏感な家来衆の探知を掻い潜ってる時点で危険度は急上昇だ。
そんな敵を相手に奇襲を受けて、領軍はよく持ち堪えてくれたよ。
一歩間違えていたら、ファーストコンタクトでもっと深い傷を負った兵士がいてもおかしくなかった。
「そうか。では、炙り出すとしよう。ヘッセリンクからは逃げられないと知れ」
マジュラスに追加で魔力を充填し、頭の中で実現したい光景を思い浮かべる。
次の瞬間。
可愛らしい男児から発生した漆黒の瘴気がつむじ風のように渦を巻いた。
それが一本、二本、三本。
数えるのも馬鹿らしい程にその数を増やした瘴気の渦巻きは、荒れ狂いながら周りの木々を薙ぎ倒し、地面を侵食し、鬱蒼とした森を粛々と平らげていく。
敵がかくれんぼを楽しんでいるのなら、隠れる場所をなくしてやればいい。
そんな思いで、マジュラスとは僕らの周囲を見晴らしのいい広場にするイメージを共有している。
「……まるで漆黒の嵐。美しいです、レックス様」
マジュラスの操る漆黒の暴風をうっとりと眺めるエイミーちゃん。
漆黒の嵐なんて詩的だね。
「自分でやっておきながらなんじゃが、美しさより先に凶々しさのほうが先に立つ類のものじゃと思うぞ」
マジュラスの言いたいことはわかるけど、この光景を美しいと言えるからこその愛妻だ。
多分、ほとんどの家来衆はこの漆黒を見て美しいというだろう。
ヘッセリンクってそういうものだから。
「さて、だいぶ見晴らしが良くなったな。では人の庭で勝手にかくれんぼを楽しんでいる痴れ者どもの顔を拝みに行くとしようか。ゴリ丸、ドラゾン、ミケ。暴れる準備をしなさい。手加減は無用だ」
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