第355話 急襲

「ふむ、孫に嫌われるのは避けたいな。なにより祖父である私よりも父上に懐いたりしては目も当てられない」


 僕の指摘を受けて、パパンがピーちゃんを床に下ろすと一目散にサクリを抱くエイミーちゃん目掛けて走っていった。

 飛ぶことを忘れるくらい怖かったのかもしれない。

 

「私は子供には好かれますよ? その分大人には好かれませんがね」


 なぜか子供に好かれるという点においては絶対の自信を持っているらしいグランパ。

 それと同時に大人から嫌われていることにも自信があるようでニヤリと笑いながら胸を張っている。

 前者はともかく後者は誇れることじゃないと思います。


「反応しづらい発言は控えてください、お祖父様。せっかくサクリをオーレナングで育てる許可を得たのですから、定期的に連れて参りますよ」


 グランパもパパンもサクリを可愛がってくれそうだし、たまには地下に連れてくるのもいいだろう。

 僕の言葉に、珍しくパパンが笑顔で頷いた。


「そうしてくれ。ここにいると、歴代伯爵というクセのある親父達と矛を交えるくらいしか楽しみがないのでな」


 レクリエーション代わりに歴代当主で殴り合ってるとか、正気の沙汰じゃないんだけど。

 死なないのをいいことに、生前には絶対に行わなかったであろう激しめの手合わせが定期的に行われているらしい。


「レックスも参加してみますか? 皆さんそれぞれに特徴がありますからいい訓練になると思いますよ?」


 グランパからとんでもないお誘いを受けたが、もちろん拒否一択だ。

 僕には歴代ヘッセリンクほどの血の気の多さは備わっていない。

 

「僕の召喚獣は巨大ですからね。この地下空間ではとても充分な力を発揮できません。残念ですが辞退させていただきます」


 これも事実だ。

 ゴリ丸やドラゾンをこんな狭い空間で呼び出しても力を発揮させてあげれない。

 しかし、グランパからは簡単に逃げられないようで。


「ジーカス。初代様に空間を拡張できないか確認しておいてください。あの方なら、面白いことが起きるとでも言えばすぐに検討してくださるでしょう」


「余計なことはやめていただきい。身内同士で争うなんてどうかしていると思いませんか?」


 身内同士の闘争のために地下の形を変えようとするなんて、どれだけ戦闘民族なんだ。

 そう訴えた僕だったけど、グランパ、パパンともにキョトン顔。

 だめだ、全然伝わらない。


「ああ、そうですよね。ええ、聞いた僕が馬鹿でした」


 呆れと諦めの感情からため息をついたその時。

 扉が乱暴に開かれ、クーデルが走り込んできた。

 

「失礼いたします! 伯爵様、すぐに地上にお戻りください!! 敵襲です!!」


 

 てきしゅう。

 敵襲。

 敵襲!?


「まさか、このオーレナングに? 何処の手の者だ。陛下がいらっしゃることは周知が徹底されているはず。まさかレプミアの貴族ではないだろう?」


 王様が遊びにきてるのに襲撃とか、それはただの反乱だ。

 しかも、カナリア公やアルテミトス侯なんかの偉いさんも揃ってるんだぞ?

 

「現在ジャンジャックさんを筆頭にオドルスキさん、フィルミーさん、メアリ、さらにはカナリア公爵様、アルテミトス侯爵様のご両名が加わり対処中ですが、所属は不明です」


 脳筋貴族二人が前に出てるらしいことに頭痛がする。

 大人しくしておいてくれよ頼むから。


「陛下はご無事か?」


「近衛が守りを固めているので問題はありません。戦闘員以外全員屋敷に入っていることを確認しました」


 OK。

 とりあえず王様が無事なら大丈夫だ。

 

「所属不明の勢力の襲撃ですか。非常に不愉快ですねえ。レックス、その痴れ者どもに自分たちが何処を襲ったのか、しっかり教育してきなさい」


 グランパが明らかに不機嫌そうな顔で言う。

 現役で『炎狂い』と呼ばれていた頃のグランパは、きっと常にこんな顔をしていたんだろう。

 たくさんの貴族達が竦み上がったのが理解できる、まさに鬼の形相だ。

 余計なことを言うことが憚れる雰囲気に承知しましたとだけ回答すると、軽く頷いて少しだけ表情を緩める祖父。

 しかし、緩んだのは表情だけだった。


「ああ、首謀者は捕縛してここに連れてきなさい。地上は事後処理で忙しいでしょうから、尋問は私たちに任せてくれて結構ですよ?」


 襲撃者が誰か知らないけど、彼らの未来が暗いものになることが決定した。

 

「念の為にヘラとサクリはここにいたほうがいいだろう。落ち着いたら迎えに来るように」


 パパンがエイミーちゃんからサクリを受け取りながら言う。

 確かに二人を連れて行くのは危険だから、この世で一番安全な場所であるここで保護してもらえるのは助かる。


「感謝いたします。エイミー、リスチャード。急ぐぞ」


 戦力は多い方がいいので、当然リスチャードを巻き込んでおく。

 巻き込まれた親友も拒否はしないけど、流石に嫌そうな顔を隠さない。


「こちとら化け物相手の手合わせでくったくただっていうのに、一体どこの馬鹿が反乱起こしてくれてるのよ」


 本当にそのとおり。

 平和が一番だっていうのに何を考えているんだろうか。

 いや、わざわざレプミアで一番やばい場所であるオーレナングを狙ってきたんだ。

 よっぽど戦力に自信があると見た方がいい。

 油断はよろしくない。


「戦況は?」


「奇襲で騎士団の兵舎と屋敷の一部が損傷し、最初に接触した領兵数人が軽傷を負ったようです。しかし、敵の人数がそう多いわけではないようですし、こちらは戦闘員が一人も欠けずに待機していましたからそれ以上の被害はないかと」


 建物が壊れるくらいはいいけど、怪我人が出たか。

 自分の身内が傷つけられたと思うと、込み上げる怒りで自然と地上に向かう速度が上がる。

 フィジカル差のあるリスチャードやエイミーちゃんに振り切られそうになって焦っているわけでは決してない。


「自領を魔獣以外に荒らされるのは腹が立つものだな。お祖父様の言葉ではないが、手土産もなく土足で侵入してきた輩には、ヘッセリンクの恐怖を骨の髄まで叩き込んでやるとしよう」


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