第353話 大変な化け物に

 リスチャードと内緒話をしているらしいグランパが悪そうな表情を浮かべ、それを受けた親友の顔が心なしか青くなったように見えたがきっと気のせいだろう。

 孫の旦那候補と話を済ませて満足げなグランパはこちらに歩み寄ってきて、ヘラとの再会にデレデレしているパパンの背中を叩く。


「ジーカス。無駄な抵抗はやめてリスチャード君を認めておあげなさい。それ以上は、娘に嫌われてしまいますよ? ねえ、ヘラ」


 優しく名前を呼ばれたヘラが微笑みながら頷く。

 明言はされなかったが、『しつこいパパ嫌い』ということだ。

 リスチャードの攻撃を受け続けても一切疲労を見せなかったパパンの膝が突然震え始めた。

 ちなみにヘラの視線がこっちにも向けられたので僕の膝も震えている。

 

 娘に嫌わることに怯えるパパンだったが、なんとか言葉を絞り出した。


「お言葉ですが、別に認めないとは言っていません。むしろ認めない理由がないでしょう」

 

「ではなぜあれほど厳しくリスチャードに当たったのでしょうか」


 認めてるならもう少し軽い手合わせで済ませてもよかったのではないだろうか。 

 正直、ヘラがあのタイミングで来なかったらリスチャードが大怪我をしていてもおかしくないくらい追い込んでましたよ?


「ヘラを娶るため、ヘッセリンクを相手にあれだけ勇敢に立ち向かってきたのだ。真剣に相手をしなければ彼に失礼だろう?」


 震えながらもキリッとした表情のパパン。

 なるほど、本気には本気を、ということか。

 若干行き過ぎた感はあるけど男と男の真剣勝負だから仕方のない面はある。

 そう納得しかけた僕だったけど、グランパは胡散臭いものを見るような顔。


「ジーカス。聞きたいのは本音の方です」


「想像以上にイキが良かったので楽しくなってしまったことは否定しません」


 ダメな親父だった。

 人生でも最も緊張するイベントの一つである『娘さんを僕にください』をこなしにきた男を相手にやめていただけますかね?


「そんなところでしょうね。まったく仕方のない。レックス、お前もです。いい加減妹離れしてもいいでしょう」


 ため息をつくグランパの矛先がこちらに向いたので、パパンと僕は違うということを証明するために胸を張って応える。


「謹んでお断りいたします」


 僕は妹離れなどしない。

 こちらからは以上です。


「ジーカス、どんな教育をしたらこんな偏屈に育つのですか」


 グランパから今日一番の顰めっ面を引き出すことに成功した。

 しかし、偏屈なんて失礼な。

 家族への愛が他人よりほんの少し強いだけさ。

 

「気づいたらこのとおりです。父上がほしいままにしていた『最もヘッセリンクらしいヘッセリンク』という輝かしい称号も、いまやレックスのものらしいですよ?」


 いつの間にか、一切いい予感のしない称号を手に入れていたらしい。

 

「いりませんよそんな手垢のついた称号。歴史上、そう呼ばれたヘッセリンクが何人いることか。要は頭のネジの緩み具合の大小でしょう」


「より正確には、どれだけネジが足りないか、らしいです」


「それを最初に言い出した馬鹿者を連れてきなさい。丁寧にこんがり焼いてあげます」


 悲惨な事故が起きることのないよう、その馬鹿者が無事に逃げ切ることを神に祈ろう。

 

「娘の前で物騒な話はやめてください。エイミー、サクリの耳を塞いでおいてくれ。教育に悪い」


 グランパとパパンの会話を聞いているだけでサクリのヘッセリンク強度が上がってしまう可能性がある。

 それは『普通の貴族』を目指す次代のヘッセリンクであるサクリにとってマイナスの影響しかない。

 しかし、カニルーニャ出身なのになぜか出会った頃から高いヘッセリンク強度を誇るエイミーちゃんの考えは違うようで、僕の指示に驚きの声を上げた。


「まあ! ヘッセリンク伯爵家長女への教育としてこれ以上の教師陣はいないのでは?」


 嘘だと言ってくれ愛する妻よ。

 サクリの教師役がプラティ・ヘッセリンクとジーカス・ヘッセリンクだって?

 

「お祖父様と父上の教育など受けたら大変な化け物が生まれかねないぞ!? 頼むから出来るだけサクリを地下に連れてくるのはやめてくれ」


 そう懇願する僕に、パパンは不思議そうな顔だ。

 え、何言ってんの? とでも言いたげにこちらを見てくる。


「せっかくオーレナングで育てる許可が得られたのだろう? ならば、大変な化け物に育てればいいではないか」


 娘の教育方針について、父親との間に埋めることのできない大きな溝があることが判明した。


「可愛い初孫を大変な化け物に育てようなど、正気の沙汰とは思えないのですが。エイミー、君はどう思う?」


「化け物にと言われると困ってしまいますが、この子が強い女性に育ってくれたらと願っています」


 サクリを抱っこしたままふんわり優しい笑顔のエイミーちゃん。

 殺伐とした地下が一気に癒しの空間に変わったような錯覚に陥った。

 しかし、続くグランパの言葉で即現実に引き戻されることになる。


「ならばやむを得ませんね。やはり私とジーカスが可愛いサクリの素質を開花させるべく手を貸しましょう。サクリも将来はじいじと同じ魔法使いかな?」


「じいじ!?」


 パパンが目を剥いて大声で叫ぶ。

 よかった、どうやら僕の聞き間違いじゃなかったようだ。

 

「お祖父様、体調でも悪くされましたか? 今日はもう休まれてうおっ!?」


 心から気遣った僕の顔の真横を、高温の塊が高速で通過していった。

 これ、髪の毛燃えてない?

 子供に優しいのは聞いてたけど、泣く子も黙る『炎狂い』が急にじいじとか言い出したらそりゃ驚きますよ。


「うるさいですよそこの馬鹿二人。大きな声を出したらサクリがびっくりするでしょう?」


 炎が飛んでいく轟音が一番うるさいと思うけど、言ったら大変なことになりそうなのでお口にチャックしておきます。

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