第352話 命を賭けて ※主人公視点外

 なにあの童顔髭親父強過ぎない!?

 こんなに一方的に転がされたの久しぶりよ。

 情けない話し、ヘラが来てくれて助かったわ。

 意地と根性でどうにかなる相手じゃないもの。

 

「しかし、なぜヘラがオーレナングに?」


 流石のお義父さんも久しぶりに会う娘に釘付けであたしから注意が逸れてるし、今のうちに息を整えておかなきゃ。


「婚約者様がお父様に挨拶に赴かれると言うのです。一緒にいることは自然なことでは?」


「それはそうだが。まさか、二人きりでやって来たのではないだろうな?」


 鬼の形相の義父と義兄。

 親子揃って沸点が低過ぎない?


「心配性なお父様。ご安心ください。ちゃんと護衛を連れてきております」


 ヘラが微笑みながらそう答えると、ホッとしたように『巨人槍』がため息をついた。

 ちなみに、ヘラをよく知らなければ無表情にしか見えないだろうけど、あたしには笑顔だとわかる。

 久しぶりに父親に会えた喜びで終始満面の笑みを浮かべている婚約者は世界一可愛いわ。

 しっかし、どれだけ信用ないのよ失礼しちゃうわね。

 これでも公爵家の嫡男なんだから婦女子に対するマナーはそこらの貴族よりも厳しく叩き込まれてるっていうのよ。

 

「まあ、あたしと二人でも危険は全くありませんけど? どこかの妹想いが行きすぎた伯爵様が、ヘラと二人きりになると煩くて煩くて」


 そんな皮肉も、娘可愛さと妹可愛さでおかしくなっている親子には通用しなかった。


「よくやった、レックス。褒めてやろう」


「兄として当然のことをしたまでです。褒めていただくことではありません」


 疲れるわあ。

 これで『炎狂い』まで度を越した孫馬鹿だったら大変なことになるんだけど。

 そんな疑いの視線を送ると、プラティ・ヘッセリンクが心から嫌そうに眉間に皺を寄せて首を振って見せた。


「そんな目で私を見ないでください麒麟児君。残念ながらこういう生き物なんですよ、ヘッセリンクというものは。まあ、ヘッセリンクのなかでもあの二人は君の言うとおりやや行き過ぎていますが、ね」


 よりによって行き過ぎてる二人があたしの義父と義兄なのね。

 ここは、義理の祖父まで行き過ぎてなくてよかったと思うべきかしら。


「わかってたつもりなんだけど目の当たりにすると難儀な一族よね。行き過ぎてる二人が義理の父親と兄なんて苦労が多そうで先が思いやられるわ」


 あたしの言葉に肩を揺らしながら笑う『炎狂い』。

 こうして話をしてみると気のいい老人なんだけど、さっきも息子と孫に警告なしで魔法を撃ち込んでいたものね。

 ああ、妻の実家が油断できない化け物だらけでワクワクが止まらないわ。

 ……勿論皮肉よ?


「せいぜい頑張ってください。しかし、そちらが君の素なんですね?」


 ニヤリ、と唇の端を吊り上げるプラティ・ヘッセリンク。

 まあ、聞かれるわよね。

 『巨人槍』とやり合ってる途中からめんどくさくなって素に戻したんだけど、判断誤ったかしら。


「ええ。貴方の孫に引き出してもらったあたしの本当の姿です。こっちで過ごすことを知ってから、生きるのが楽になったこと楽になったこと」


 個人的には恥じることなどなにもない。

 レックスやミック、ブレイブのお陰で気づくことができた麒麟児ではない素直な自分の姿だもの。

 

「どうかしら、こんな男に大事な孫を預けるのはご不安?」


「いいじゃないですか。作り物の薄っぺらい笑顔を貼り付けて好青年を気取った君よりもだいぶ好感が持てますよ」


 長い時間をかけて全力で作り込んだ『クリスウッド公爵家嫡男リスチャード・クリスウッド』の仮面を薄っぺらいとか言われると、それはそれで思うところがあるんだけど。

 麒麟児やってるあたし、結構評判いいのよ?


「本当に、レックスの周りには変わり者が集まるのね」


 苦笑いしか出ないあたしに肩をすくめたお祖父さんが、おどけたような口調でこう言った。

 

「レックス自体が相当な変人ですから仕方ないでしょう? そんな変人が極まった男の側に集うのもまた奇人変人なのは世の理だと思いませんか?」


 つまり、レプミア最高峰の変わり者であるあいつの周りに同じような変わり者が集まるのは自明の理である、と。

 確かにこないだの宴と変わり者だらけだったわね。

 王太子殿下も含めて全員漏れなく変人。

 

「違いないわね。あ、ごめんなさいね。こっちだと敬語が使いづらいの。敬意は持ってるから勘弁してちょうだい」


 女言葉で敬語ってなんだか難しいのよねえ。

 これまでは親しい人間にしか素を見せてこなかったから敬語にする必要がなかったんだもの。

 それが最近になって王太子殿下やプラティ・ヘッセリンクなんていう明らかに目上の相手にばらしたものだから、まだ慣れないわあ。


「死人に敬意なんか不要ですよ」


 死人を強調した『炎狂い』は軽い調子で手をヒラヒラと振ったあと、表情を引き締めてあたしの肩に手を置いた。


「まあ、ヘラをよろしく頼みますよ? 『炎狂い』なんて呼ばれていても、孫は可愛いものです。ヘッセリンクがクリスウッドに嫁入りなんて、それこそ苦労が目に浮かびますからね」


 ヘッセリンクらしいヘッセリンクと見なされている史上最高の危険人物の一人でも、家族への愛を持ち合わせているらしい。

 その表情を見れば、茶化すところではないことは理解できた。


「その点は心配ないわ。ヘッセリンクの名前を無視してまであの子に悪意を向ける命知らず、我が家にはいない……」


 そこまで言って自分の言葉に違和感を感じたあたしは、訂正するように首を振り、改めて『炎狂い』の目を正面から見据える。


「いいえ、違うわね。ヘッセリンクの名前なんかなくても、あたしが命を賭けてあの子を守るわ。貴方のお孫さんを幸せにすることを約束します」


 あたしの決意表明はプラティ・ヘッセリンクを満足させることに成功したらしい。

 笑みを浮かべて深く頷いたあと、肩に置かれた手にぐっと力が込められ、引き寄せられる。

 そして耳元で一言。

 

「何かあれば遊びに来なさい。……大体の貴族の弱みは握っていますからね」







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