第351話 来てしまいました♡

 パパン対リスチャードの一戦は、開幕の攻防で面白い展開になるかと思われたが、そうは問屋が卸さず。

 魔法剣士らしく魔法と剣術のコンビネーションで迫るリスチャードを、パパンが圧倒的フィジカルで跳ね返し、逆に追い詰めるというワンサイドゲームになっていた。

 それでもまだ勝負がついていないところにリスチャードの意地と、この男親へのご挨拶にかける強い思いを感じる。

 そんな義息候補の粘りにウキウキを隠しきれていないパパン。


「どうした! それで終わりか! そんなことでは娘を預けられぬぞ!」


「うるっさいわね! まだやれるに決まってるでしょうが! あたしも男よ。意地でも一発入れてヘラをもらって帰るわ!」


 リスチャードは、早々に麒麟児モードを解除して本気のオネエモードに切り替えている。

 取り繕ったままでやり合えるレベルの相手じゃないと判断したらしい。

 咆えながら間合いを詰めるリスチャードを満面の笑みで迎え撃つパパン。


「いいぞ! それでこそ麒麟児と呼ばれる剛の者だ! ただ、簡単に娘は渡さんぞ! さあ来い!」


「楽しんでますね、父上」


 始まりこそ娘を渡したくない男親の顔だったけど、途中からはイキのいい若者との手合わせが楽しくて仕方ないただの戦闘狂のオジサンになっている。

 オドルスキがメアリを鍛えている時にあんな顔をしてるな。


「まったく悪い癖です。普段魔獣ばかり相手にしていたから、たまに歯応えのある人間と手合わせをすると昂ってああなるんですよ」


 ああ、手合わせする相手もいなかったんだねパパン。

 僕は定期的に親友のリスチャードと拳を交わしているからそんなことにはならないけど。


「どう足掻いてもリスチャードに勝ち目はない。父上には相当な余力がある。とすると、決着は近いですね」


「元から麒麟児君に勝ち筋などないですからね。あれは腐ってもヘッセリンク史上最強の一角ですよ?」


 ヘッセリンク史上最強の一角。

 やだ、すごくカッコいい。

 言われてみたいものだ。


【ヘッセリンク史上最狂の一角、レックス・ヘッセリンク!】


『きょう』の字が僕の求めるものと違う気配がするのでやり直し。


「お祖父様から見ても父上はそれほどですか」


「息子だとか、そんな贔屓目なしで。まあ、最強の一角なだけで、真の最強は私ですけどね」


 胸を張るグランパの顔は本気だ。

 いや、確かにこの人が最強じゃなかったら他のヘッセリンク伯爵はどんな化け物揃いだって怖くなるけど。


「自分で仰るのは、あまり格好のいいものではありませんよお祖父様」


 そういうのは周りが言うものです。

 

  グランパとそんなやりとりをしている間も二人の戦闘は続いている。


「この、馬鹿力! 身体強化の練度がおかしいでしょ!!」


 パパンの硬さに辟易したのか、リスチャードが苛立たしげに叫べば、パパンはそんな若者を煽るように半笑いで応える。


「それこそが私をヘッセリンク伯爵たらしめたものだからな。貴殿のそれも、付け焼き刃にしてはなかなかの練度じゃないか」


「それはどうも。お義父さんに挨拶することが決まって以降、寝食の時間とヘラを愛でる時間以外のほとんどを訓練に充てたのよ。そんじょそこらの付け焼き刃だと思わないでほしいわね」


 おやおや。

 ヘラを愛でる時間も修行に充てればもっといい線行ったんじゃないですかねえ?

 真剣味が足りないよ真剣味が。


【シャラップ。シスコン伯】


「それはそれは。しっかりと準備を整えてくるとは行儀のいいことだ。だが、残念ながら重ねた時間が違いすぎる」


 瞬間。

 パパンの身体が膨れ上がったような錯覚に陥る。

 これはまずい!


「リスチャード! 避けろ!」


「くっ!!」


 僕に言われるまでもなくパパンの異常を感じ取ったのか、高速で突き出された槍を紙一重のところで身体を捻って回避するリスチャード。

 無理な態勢で避けたことで姿勢を維持できなくなり、地面を転がった。


「ほう! レックスの声があったとはいえあれを躱しましたか」


 グランパが称賛の拍手を送れば、パパンも満足げに笑いつつ槍を構える。


「いいぞ! 素晴らしい反応だ! ではこれはどう……」


 パパンが再び躍りかかろうとしたその時。 

 ガチャリと重たい音を響かせながら、通路とこの空間を繋ぐ扉が開いた。

 興を削がれたように不機嫌な顔のパパン。

 重苦しい雰囲気の中、部屋に入ってきたのはマイラブリーワイフ、エイミーちゃん。

 そして。


「お父様。お久しぶりですね。あら、リスチャード様。お洋服をそんなに汚されては洗濯する家来衆が可哀想ですよ?」


 僕の可愛い妹にしてジーカス・ヘッセリンクの娘、ヘラだった。

 槍を構えたまま目を丸くするパパン。


「……ヘラか?」


 そんな気の抜けた問いかけにコテンとクビを傾げるヘラ。

 

「? はい。まさか娘の顔をお忘れですか? 困ったお父様」


「そんなわけがないだろう。大人になったのだな。見違えたぞ」


 ヘラは結婚式にも来てたから今の容姿を知っててもおかしくないはずなんだけど。

 まさか、僕の結婚式に興味がなかったから見てなかったとかそんなオチか?

 

「お父様が亡くなった時から背丈はそれほど変わっておりませんが?」


「ヘラ、多分お義父様が言いたいのはそういうことじゃないわよ? 綺麗になったとかそういうことだと思うわ」


 リスチャードのフォローに頷くパパン。

 ナイスアシスト。


「あら、そうなのですね。もしワタクシがお父様の記憶より綺麗になっているとしたら、それはリスチャード様のおかげです」


 僅かに口角を上げつつ、リスチャードの腕にそっと触れるヘラ。

 

「貴様!」


 その行為は、男親を激昂させるには充分だ。

 接触したのはヘラから?

 今この場はそんな理屈が通用する空間ではない。


「反応おかしいでしょ!? なに今日一番の迫力出してくれてるのよ!」


 ヘラを背中に庇いながら剣を構えるリスチャード。

 見事な王子様ムーブだ。

 妹をしっかり庇う姿勢は評価できます。


「リスチャード、残念ながらここでお別れだ。お前のことは永遠に忘れない」


 ただ、僕の目の前で妹にベタベタ触りすぎなのでさよならしますね?


「ややこしいからあんたはすっこんでてもらえるかしら?」


 妹を心から愛する兄に対してひどい言いようだ。

 やはりさよならするかと魔力を練る僕だったけど、後頭部に振り下ろされた拳骨で折角の魔力が霧散してしまった。

 拳骨の主はプラティ・ヘッセリンク。

 頭蓋骨を通り越して脳の中心まで響くような衝撃に、思わず頭を抑えてうずくまった。


「なにをするのですかお祖父様! 貴方の拳は洒落になりません!」


「愛を知るということは素晴らしいことですね。麒麟児君はより強く、ヘラはより美しくなった」


 涙目の僕の抗議を黙殺してそんなことを宣うグランパ。

 

「私も妻と出会った時には」


「ああ、父上の母上語りは長くなるのでおやめください。親の惚気など聞けたものではない」

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