第350話 娘さんを僕にください。
パパンと王様の感動の再会は恙なく完了した。
なんなら二人で温泉に浸かったり、夜に屋敷を抜け出して地下でグランパも交えて酒を飲んだりと、オーレナングをこれでもかと満喫している。
アルテミトス侯は尖っていた若い頃に相当グランパに酷い目に遭わされたらしく、地下に降りるたびにビクビクしていたのが印象的だ。
『初対面で、しかも目が合った瞬間に「君は、生意気そうですね」とアノ炎狂いに絡まれてみろ。今でもときたま夢に見るぞ』
それは怖い。
しかしアルテミトス侯、カニルーニャ伯にも往復ビンタ食らってたんだよな?
そのうえグランパの御指導まで受けてたなんて、どれだけやんちゃだったんだ。
今度お義父さんに聞いてみよう。
さて、せっかくなので王様を森の浅層にご案内したり、腕自慢の近衛選抜を中層に放り込んだりして過ごすなか、ついに今回の裏テーマに着手する日がやってきた。
「娘さんを私にください! 必ず幸せにしてみせます!」
すっかりお馴染みになった地下の部屋で、僕の親友リスチャードが勢いよく頭を下げた。
表テーマが『王様とパパンの感動の再会』なら、裏テーマは『リスチャードによる男親への結婚の挨拶』だ。
「クリスウッドの麒麟児、か。なるほど、いい面構えだ。お父上が公爵家の未来を賭けてみたくなるのも理解できる」
パパンが笑顔でリスチャードを眺めている。
轟音を響かせながら愛用のごん太槍を何度もフルスイングしているのはウキウキを表しているのかな?
「ふむ。色男で腕っぷしも強くて頭も切れる? 嫌味過ぎるくらい完全装備ですね、君は」
パパンの後頭部を叩きながらグランパがそう評すると、リスチャードはやや硬い表情ながら笑顔を浮かべて対応する。
「お褒めいただき光栄です。ですが、残念ながら我が友レックスのような武勇伝は持ち合わせておりません」
ナイスジョーク。
流石は公爵家嫡男。
シチュエーションに則したジョークをアドリブで放り込んでくるなんてやるじゃないか。
これにはパパンもニッコリ。
「それは安心だ。貴殿が息子並の問題児となれば、娘を任せるには不安が残るところだからな」
誰が問題児だ。
僕か。
「ご安心ください。彼と違って積極的に暴れる
嘘つけ。
森の氾濫に駆けつけてマッデストサラマンドに頭突きかますバーサーカーの癖に。
「ジーカス」
僕を出汁にして和やかな雰囲気が流れたところで、グランパがパパンを呼ぶ。
「承知いたしました。ではリスチャード殿。一手お付き合い願おうか」
何を承知したんだと聞きたい。
ヘッセリンクが一手というからには、それはもう殴り合い以外にあり得ない。
娘が欲しければ俺を倒してみろって?
「……穏やかな手段でお認めいただく目はございませんか?」
「妻以外との話し合いはどうも苦手でな。そちらも武人だろう? 儀礼的なぎこちないやりとりよりも、立会人監視のもとで殴り合う方がより本気を出せるはずだ」
リスチャードの提案を一蹴するパパンだけど、あまりのヘッセリンク的思考に突っ込まずにはいられない。
親友としてアシストしなければ。
「リスチャードはヘッセリンクの我々と違い儀礼的なぎこちなさなどございません。一括りにするのは彼に失礼かと」
だから殴り合う必要なんかない。
リスチャードを理解するには言葉で十分なはずさ。
そうだろう?
パパン。
「話の腰を折るな愚息よ。そういうところだぞ? 友人が少ない原因は」
「よろしい。その髭で童顔を誤魔化した顔、張り飛ばしてやりましょう」
全員召喚でパンッパンにしてやるよ!
僕が魔力を練り上げ始めたのを察知したパパンも槍を肩に担いで身体強化を発動する。
「リスチャード殿より先に息子との話し合いが必要なようだ。少し待っていてくれ。なに、すぐに終わる」
上等だ!
お望みどおりすぐに終わらせてあげますよ!
「落ち着きなさい、バカ息子にバカ孫。今日の主役はお前達じゃないでしょう」
いきりたつ僕たち親子に向かって、仲裁のつもりなのかグランパから拳大の炎が放たれた。
この人はこの人が何でいちいち魔法を使うのだろうか。
「ちっ! 父上まで絡むとまた厄介だ。レックス。この勝負は一旦お預けにしておく」
「いいでしょう。寿命が延びたことをお爺様に感謝することです」
【もう亡くなってますが……。いえ、野暮でしたね】
言葉の綾だからそっとしておいてくれると嬉しいです。
「嫌ですね、二人して喧嘩っ早い。私のようにもっと穏やかに生きられないのですか。ねえ? リスチャード殿」
どの口が言ってるんだと叫びたくなるのをグッとこらえる。
パパンも苦虫を噛み潰したような顔なので心の内は同じだろう。
しかし、流石はリスチャード。
「仰るとおりかと」
内心は別にして、表面上は穏やかな笑顔で頷いて見せた。
「そのクソジジイが落ち着いて見えるような男に娘を任せるのはいささか不安ではあるが。まあいい。改めて貴殿の腕を見せてくれ。私はこの穴倉から出ること叶わず、ヘラを守ってやることができない」
パパンが槍を構え、穂先をリスチャードに向ける。
この段になっては戦闘回避の目はない。
「だから、娘を守れる程度の腕があると、証明して見せろ」
「水魔法、水槍!!」
漢リスチャード。
やると決めたら余計なことは言わず先制攻撃!
狂人の右腕と呼ばれた男から放たれたのは、パパンが持つ槍を模したかのような極太の水の槍。
「私に槍を撃つなど百年早いわ!!」
奇襲とも取れる高速の槍は、裂帛の気合いとともに振るわれた槍によって霧散した。
しかし、その時にはもうリスチャードパパンの眼前に迫っている。
「では百年後、というわけにはいきませんので。今すぐにでもヘラをいただいていきます」
間合いを詰めて細身の剣を振るうリスチャードに対し、槍を器用に取り回して防御に徹するパパン。
あんな重量物でどうやったらあんな防御ができるのか何度見てもわからない。
グランパからは、『腕力と経験の成せる技』だと言われている。
「しゃらくさい!」
呼吸のために僅かにリスチャードが見せた隙。
そこを逃さず、攻守交代とばかりに槍を大きく薙いでいくパパンだったけど、それすら読んでいたかのようなリスチャードが穂先を紙一重で躱す。
「フッ!!」
槍を振り切ったところを見計らって放たれた跳び膝は寸分違わずパパンの顎を狙っていたが、ヘッセリンクの誇るフィジカルモンスターは大きく飛び退って回避してみせた。
「意外と血の気の多い若者ですね、彼は」
グランパが呆れたように言うので、リスチャードの血の気の多いエピソードを披露しておく。
「まあ、脅威度Aの竜種に生身で頭突きをかます程度には血の気が多いかと」
「それくらいは普通でしょう?」
【絶対噛み合いませんのでここは賢く戦略的撤退を】
ここはコマンドの助言に従う以外に正解はなさそうだ。
「なかなかいい剣だ」
パパンがそう褒めると、リスチャードが苦笑いで首を振る。
「剣自体は数打ちの安物です。ただ、どうせ義父上とは殴り合うことになるだろうと思っていましたので、身体と剣に魔力を纏わせる訓練を少々」
努力できる天才。
それがリスチャードだ。
無駄な抵抗をやめて素直にヘラを祝福してあげればいいのに。
【おやおや、シスコン伯爵が何かおっしゃってますねえ】
シャラップ!!
「ふむ、少々の水準ではないが、流石は天才といったところか」
「いえいえ。レプミアで天才というのはあなた方ヘッセリンクのことを指す言葉。私は、天才に憧れる秀才ですよ」
「いい表現だ。ただ一つだけ言っておく。まだ貴殿に『義父上』と呼ばれる筋合いはない!!」
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