第348話 パパンと王様
「こちらです。足元お気を付けください」
早速王様達を連れて地下に降りていく。
この時、王様の護衛である第一近衛の皆さんは入り口で待機だ。
スアレ副隊長が自分達も行くと意見していたけど、王様の強い命令を受けて渋々引き下がっていた。
大丈夫、すぐに戻ってきますからね。
「陛下やカナリア公を疑うわけではないが、本当にこの先に?」
アルテミトス侯はまだ信じきれていないようで、そんな疑問を口にした。
一般的にはこれが正しい反応だと思う。
「ええ。あ、いきなり炎や槍が飛んでくる可能性がありますので心の準備をお願いします」
開幕アタックはグランパとパパンのコミュニケーション手段だから今回も起こり得る。
最大限警戒しておかないといくらアルテミトス候でも怪我しますよ。
「それは、地下に囚われたことで自我を失っているのか?」
なるほど。
お義父さんは、死んだ者が囚われているからアンデッド的に自我がないんじゃないかと思ったわけだ。
しかし、そんなカニルーニャ伯の懸念にカナリア公が肩をすくめた。
「生前からそんなもんじゃったろ」
説得力がすごい。
おじ様方だけではなく、パパン達の現役時代に詳しくない僕も思わず頷いてしまうほどの納得感。
「まあ、確かに。いや、ジーカス・ヘッセリンクはそこまでヤンチャではなかったと思いますが」
「『炎狂い』に比べれば幾分マシではあったが、それでもヘッセリンクじゃからのう。久しぶりの再会の照れ隠しがてらに攻撃してくるかもしれんぞ?」
比較対象が悪いだけでパパンも充分ヤンチャだったよ、と。
照れ隠しがてらの先制攻撃なんて、高確率でありそうだ。
「陛下、カニルーニャ伯。念のために私の後ろに」
「余が来ると伝えているのではないのか?」
「父には生前親しくしていた方をお連れするとだけ。ただ、オーレナングで起きていることは感知できるとのことなので、陛下がいらっしゃっていることも把握しているかもしれません」
それでも槍を投げてくるのがヘッセリンクだ。
グランパもいれば面白がって炎を投げ込んでくることも考えられる。
「彼らにとってみれば不器用なりの交流の図り方なんだろうね。それを受ける身としてははた迷惑な話だけど」
グランパ推しであり、パパンの義父でもあるラスブラン候の表現はかなり好意的だ。
そうかあ、不器用なりの交流の方法かあ。
「照れ隠しで『炎狂い』と『巨人槍』に襲われては命がいくつあっても足りないでしょう」
思わず納得しかけたけど、アルテミトス侯の常識人適性が仕事をしてくれた。
確かにそうだ。
あの人たちの照れ隠しは命に関わる。
「ここです。扉の向こうに、父ジーカス・ヘッセリンクがいます。陛下、よろしいですね?」
地下空間の最奥にある扉の前。
心の準備ができたか王様に尋ねると、力強い頷きが返ってきた。
「ああ。頼む」
やや表情が硬いのは緊張してるからだろう。
アルテミトス侯とカニルーニャ伯も同様に緊張の面持ちだ。
カナリア公とラスブラン候はニヤニヤしてるな。
もし槍が飛んできたらこの二人に当たりますように。
そんな祈りを神に捧げながらドアを開けると、王様がズンズンと部屋の中央に向かっていく。
そこにいるのはジーカス・ヘッセリンク。
パパンは王様の姿を認めると、槍を地面に置いて膝をついた。
開幕アタックは避けられたようだ。
「……ジーカス。本当にお前なのだな」
「陛下。お元気そうでなによりです。ふむ、若干老けましたか」
王様の硬い声に対して、パパンは普段よりも軽いトーンでそんなことを言う。
国王の見た目いじりとか不敬罪ですよ?
「そういうお前は全く変わらないではないか。ずるいぞ。亡くなる前に顔を合わせた時のままだ」
パパンを立たせ、真っ直ぐに顔を見ながら笑う王様。
「この世を去った時の姿でここに囚われることになっているようです。太りもしなければ髪も薄くならないのはいいことだと思いませんか?」
相変わらずの無表情から放たれたこの人精一杯のジョーク。
「ぎこちないのう」
「仕方ないよ。親しい友人同士だったとはいえ久しぶりの再会ならこんなものさ。陛下も案外照れ屋だからね」
旧友同士の再会という感動のシーンにも関わらず外野からは緩いヤジが飛び、それに対して王様が煩わしげに手を振って見せた。
「うるさいぞ二人とも。……、ジーカス。我が友よ。お前が亡くなった時、これほど悲しいことはないと思った。死ぬには、早すぎただろう」
王様が顔を歪めてパパンを抱擁する。
ああ、本当に仲が良かったんだな。
パパンが早逝したことを心から悲しいと思ってくれていたんだろう。
人使いが荒いところがあるけど、この人はいい王様だ。
「申し訳ございません。ただ、護国卿としての義務を果たすことこそ私の役目。それがレプミアの平和につながるのであれば引くことはできなかったのです」
「そうだな。お前は護国卿としての役割を充分に果たしてくれた。国王として、礼を言う。ご苦労だった」
パパンの言葉を受けて、一層強く抱きしめる王様。
もしかしたら泣いているのかもしれない。
野暮なので突っ込まないし、ガヤが飛ばないようおじ様方を牽制しておく。
「もったいなきお言葉。友であり、兄と慕う貴方の治世が平和で安寧に満ちたものであること。それこそが私の望みでした」
単身ディメンションドラゴンに挑み命を落としたパパン。
次元竜に挑み続けたのは功名心などではなく、国のため、そして友である王様のためだった。
泣ける。
「わかっておる。皆まで言うな」
「あと、脅威度Sの竜種の肉など考えるまでもなく美味いだろうと。私の手で陛下に献上したかったのですが無念でございます」
本音とも冗談ともとれるそんな言葉に、王様が抱擁を解いて朗らかに笑う。
「心配するな。その肉は当代から届けられておる。大変美味であったぞ。まあ、届けるのが遅かったことや届けられた量が少なかったことなど言いたいことはあるが」
まだ根に持ってるじゃないですかやだー。
「レックス」
パパンも呆れ顔でこっちを見てくるので、やむを得ない事情があったことを伝える。
これを言えば絶対に納得してくれるはずだ。
「最優先で国都の母上に充分な量をお届けした結果です」
「うむ。やむなし」
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