第346話 王様が来た

 さあ、やってきましたレプミア王国の支配者国王陛下。

 聞いてはいたけど、ものすごい数の供回りを連れている姿はまさにパレードだ。

 実際、オーレナングに到着するまでに通った領地では、その姿を一目見ようと民衆が沿道を埋め尽くす王様フィーバーが巻き起こっていたらしい。

 まあ、ある意味国一番のスーパースターだからね。

 

 第一近衛隊が周りをがっちりガードする馬車から姿を現した王様。

 この前会ったばかりだから特に感動はない。

 個人的には結婚式以来に顔を合わせる第一近衛の副隊長、過激じゃない方の貴族主義者であるスアレ副隊長のほうに手を振りたい気分です。


 諸々の事務的なやりとりはハメスロット、エリクスの師弟コンビと、一時的に執事業に復帰したジャンジャックに任せて、僕は当主のお仕事に注力する。

 まずは王様とティータイム(with貴族のおじさま方)だ。

 

「オーレナングを訪れるのは、先代の結婚式に参列して以来だな」


「魔獣の住処と隣接していることを考えれば、なかなかお誘いできる場所ではございません」


 王様が遊びに来た時にタイミングよく氾濫なんか起きたら大変なことになるから仕方ない。

 リスクは最小限でお願いします。

 

「そうであろうな。愚息から度々オーレナング行きの許可を求められても許さなかったのはその危険さゆえだ」


 その愚息さんは結婚式にかこつけて遊びに来て、僕を将来の右腕だとアドリブで演説ぶちかましたあと、森の環境を楽しんでいかれました。

 改めて思い返してみると、王太子の行動力すごいな。


「この地を治めることを許された者として申し上げれば、陛下のお考えが正しいと言わざるを得ません。ただ、次代の王となられる王太子殿下の、若いうちに国中を隅々まで見ておきたいというお考えも無碍にできるものではないと愚考いたします」


 どっちつかずなコウモリ的回答とともに頭を下げると、王様からはやや不満げな声が返ってきた。

 

「つまり、親子でその辺りを話し合ってオーレナングの扱いをはっきりしておけ、と。そういうことか?」

 

「はてさて。我々ヘッセリンクはただの狩人でございますれば。陛下と殿下の関係に口を挟むような賢しげな真似はとてもとても」


 頭を上げてゆっくりと首を振る。

 その際、困ったような表情を作るのを忘れない。

 私はあくまでも貴方の忠実な家臣ですよという気持ちを前面に押し出す。


「……、誰だ。ヘッセリンク伯に気持ち悪い話し方を仕込んだのは」


 王様の言葉に、同席したおじ様方の視線が一点に集中した。

 

「やはりラスブラン候か。孫が可愛いのはわかるが、これではヘッセリンク伯の良さが消えてしまうだろう」


 犯人はラスブラン候。

 他のおじ様方よりも一足早くオーレナング入りしたお祖父ちゃん。

 到着したその日からマンツーマンによる『貴族の会話講座・上級編』が開講された。 

 『風見鶏』のなかでも『狂った風見鶏』と呼ばれているらしいラスブラン候のレッスンはためになる話ばかりだった。

 しかし、あまりに時間が無さすぎて、残念ながら実践に耐えられるクオリティを身につけるには至らなかった。

 速攻で付け焼き刃がバレたことに申し訳ない気持ちで一杯だったけど、ラスブラン候は同僚達の視線と王様の言葉を受けても一切動揺せず、それどころか胸を張り、笑みすら浮かべている。


「恐れながら申し上げます。陛下の仰るヘッセリンク伯の良さとは、無礼ではあるが笑って許される程度のギリギリを攻めていく思い切りの良さを指していると思われますが」


 え、お祖父ちゃん。

 僕のことをそんな風に見てたの?


「大胆、と言ってやれ」


 あまりの表現に王様が訂正を入れてくれた。

 優しい。

 

「では大胆と表現いたしましょう。その大胆さですが、今は若く可愛げがあると好意的に捉えていただけるでしょうが、これから歳を重ねるごとに憎たらしさが勝っていくことが予想されます」


 それは否めない。

 いつまでもヤンチャさが抜けない大貴族か……。

 いや、カナリア公は可愛げあるよね?


【千人斬り、目指せますか?】


 無理。

 エイミーちゃん一筋だから。

 あと、あの人の可愛げと女好きに因果関係はないと思います。


「ヘッセリンク伯は若いうちに先代が急逝しており、そのあたりの匙加減を学ぶことなくここまで来ておりましたからな。今後レプミアの一翼を担うであろうヘッセリンク伯が大事な場面で恥をかかぬよう先達として彼を指導することこそ、私の最後の責務だと考えております」


 用意していたかのようにすらすらとわざとらしい長台詞を展開してみせるラスブラン候。

 さっきのお前の台詞はこんなふうに聞こえてたんだぞ、と教えてくれているようだ。

 王様もラスブラン候がわざとやっていることがわかっているらしく、面白くなさそうに肩をすくめてみせる。


「なるほど、胡散臭い。本音を申してみよ」


「ヘッセリンク伯はプラティ・ヘッセリンクの孫であると同時に私の孫でもあるので、この機会にラスブランらしさも叩き込んでおこうかと」


 そんな理由だったの!?

 

「ヘッセリンクの突飛な行動力とラスブランの意地の悪い知謀を併せ持つだと? 将来の愚息の苦労が目に浮かぶようだ」


 苦虫を噛み潰したような顔で声を絞り出す王様。

 いや、そんなに嫌そうな顔しなくてもいいじゃないですか。

 ヘッセリンクとラスブランのハイブリッドかあ。

 信じられるかい?

 僕、貴族界隈で好かれてない家一位と二位の血が流れてるんだぜ?

 

【ダークヒーローっぽくて素敵だと思います】


 レプミアのダークヒーロー?

 なにそれワクワクする。

 

「だから言ったじゃろう、ラスブラン候。似合わない真似をさせるのはやめたほうがいいんじゃ」


「カナリア公の仰るとおりですな。ヘッセリンク伯の良さは自然体で事をなす点にあります。無理に矯正するのはいかがなものか」


「とは言うものの、ヘッセリンク伯に貴族的な儀礼の基礎が欠けているのもまた事実。そのあたりをしっかり教えて差し上げることは必要かと」


 筋肉系貴族のカナリア公とアルテミトス候がそう言えば、優等生系貴族のカニルーニャ伯がそれは違うとばかりに反論し、僕の育成方針について王様そっちのけで議論が始まりそうになる。

 が、呆れ顔の王様自らが手を鳴らしておじ様方を制した。


「そのあたりにしておけ。ヘッセリンク伯が人に恵まれておるのはわかった。余がオーレナングに来るというだけでこれだけの貴族家当主が自領を放り出して駆けつけるのだからな」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る