第345話 裸の付き合い
確かに僕は仲のいい、懇意にしている貴族家に人手不足を訴えたよ。
そんな僕の要請に応え、それぞれの家が中堅以上の過不足なく仕事ができる人員を送ってくれた。
そのおかげで、陛下のオーレナング訪問を恙なく乗り越えることができるところまでこぎつけることができたのも間違いない。
心から感謝している。
心から感謝しているけど、なぜ呼んでもいない当主のおじさま方まで順次やって来たのだろう。
ただでさえ王様歓迎会の準備で忙しいのに、カナリア公、ラスブラン候、アルテミトス候、カニルーニャ伯、セアニア男爵とヘルプを求めた家の現役当主のおもてなしは余計な負担なんですが。
「陛下のおもてなしにおいて失礼があってはいかんからな。緊張するその場に、儂らのような気心の知れた先達がおったほうがお主も安心じゃろう?」
それはそうだけどこの人数はいらない。
本当に僕を心配して駆けつけてくれたらしいアルテミトス候とカニルーニャ伯がいるので、明らかにグランパに会いに来ているカナリア公とラスブラン候は帰宅してもらっても構いません。
ちなみに、クリスウッドからは公爵本人ではなくリスチャードがやってきている。
いい機会なので、隙を見て男親への挨拶イベントを発生させるつもりらしい。
セアニア男爵?
こちらははっきり『娘の顔を見にきただけ』だと宣言されたのでごゆっくりどうぞ。
「こんなにいいものを隠していたとは。これは観光資源になるのではないかな?」
「確かに。森の中であればヘッセリンクにしか使えないが、幸いここは屋敷の裏手だからね。宿の一つも建てれば隠れ家的温泉として人気が出る可能性はあるかな」
現在、僕を含めた六貴族の当主とリスチャードは、地下の温泉に浸かっている。
カナリア公達には温泉があることは伝えてあるし、いずれバらすならお世話になっているおじさま方に最初に披露したほうがいいだろうというハメスロットの進言を受けたものだ。
幸い、皆さん温泉は大好きなようで、カニルーニャ伯の観光資源化という発言に、ラスブラン候が笑顔で応じるなどとてもリラックスした雰囲気が流れていた。
「美しい透き通った湯に身も心も洗われるようじゃ。これは、オーレナングに来る楽しみが増えたのう」
レプミアの温泉マイスター、カナリア公が満足げに呟くと、こちらも温泉大好きアルテミトス候がやや呆れたように笑う。
「おやおや。天下の大公爵がこんな西の果てに定期的にいらっしゃるおつもりですか? 派閥の皆様が荒れても知りませんぞ?」
「心配いらん。儂の派閥に属するものに温泉嫌いはおらんからな。なんなら順繰りに連れてきてやるわい」
やめておくれよ!
おもてなしの人手が足りないって言ってるじゃないですか!
「今日ここにいらっしゃる諸先輩方にお忍びは無理でしょう。ただでさえ目立つ方ばかりだ。それがオーレナングに向かうとなればいらぬ勘繰りを生むかもしれません」
言外に『no more 定期訪問』を匂わせてみたが、当然メンタル強者な大貴族には通じない。
「勘繰られたところで痛くも痒くもないじゃろ。儂らも、ヘッセリンクも」
勘繰られることじゃなくて定期的にお偉いさんが来ることによるストレスを懸念しております。
なんて本音はとてもじゃないが言えない。
「しかし、あれじゃな。カニルーニャの。なかなか仕上がっておるじゃないか」
話を変え、視線をお義父さんに向けるカナリア公。
ああ、それは僕も思った。
不思議なもので、会うたびに身体が一回り大きくなってる気がするんだよカニルーニャ伯。
「恐縮です。以前サルヴァ子爵領でご一緒させていただいた際、カナリア公やアルテミトス侯の素晴らしい筋肉を目の当たりにしてから訓練に充てる時間を増やしたのです」
そんなに暇じゃないはずだよねお義父さん?
レプミアの大穀倉地帯を治める大貴族が、なんで筋トレの時間増やしてるんですか?
義父が何を目指してるのかわからず頭を抱えていると、カナリア公が満足げに頷く。
「良い心がけじゃ。貴族など身体が丈夫であることに越したことはないからの。まあ、ラスブラン侯はいまさらじゃが」
これでお祖父ちゃんまで会うたびにマッチョ化していったら、それはもうレプミアの貴族全体が筋肉に呪われてるんだと思う。
そんな僕の深い懸念を察したわけじゃないだろうけど、ラスブラン候が嫌な顔をしながら首を振った。
「当たり前だろう。今さら私が身体を鍛え始めてごらんよ。それこそ派閥がざわつくよ? 『ラスブランが身体を鍛え始めた。なにかに備えているに違いない。自分達も鍛えるぞ!』って具合にね」
そんなことある?
「真面目なのはいいが、ときたまアホなところがあるからのう、ラスブラン派は」
あるらしい。
どうなってるんだよラスブラン派。
「そうなるように仕込んできたからね。歴代の性悪達が。おや、酒が進んでいないね。ほら、飲みなさい『麒麟児』くん」
ほんの一瞬、ラスブラン侯爵の顔を覗かせたお祖父ちゃんだったけど、すぐに柔和な笑顔に切り替えてリスチャードに酒を注いでやる。
「はっ。いただきます」
この場ではもちろん麒麟児モードのリスチャードが、注がれたそばからくいっと杯を干してみせると、おじさま方から歓声が上がった。
みんな飲みっぷりのいい若い衆が大好物だ。
「筋肉という意味ではリスチャード殿は素晴らしいバランスだな。上背があるだけで細い印象があったが……」
「顔の印象に引っ張られたんじゃろうな。よく考えたらそこの狂人殿と闇蛇の本拠地に乗り込んで暴れるくらいじゃ。しっかり鍛えておるのは当たり前じゃったわ」
なぜかリスチャードの筋肉批評を始めるアルテミトス候とカナリア公。
着痩せ、という表現が筋肉に適用されるかわからないけど、親友は脱いだら凄いタイプだ。
腹筋は板チョコ並にバッキバキだし、背中も引き締まっている。
「私などまだまだ。いや、謙遜ではなく皆様の仕上がりを前にしてはそう言わざるを得ません。妻を娶るにあたっては、一層精進しなければと身が引き締まる思いです」
リスチャードが次々に注がれる酒を干しながら笑うと、おじさま方が一斉に真面目な顔になる。
「あのクリスウッド公爵家がヘッセリンクの娘を妻に迎える、か」
カナリア公の呟きに応えたのはアルテミトス候。
「聞いた時には私も驚きました。その覚悟をもって十貴院復帰を成し遂げたいという強い意思の表れでもあるのでしょうが」
うちの可愛い妹をお嫁にもらうのにどんな覚悟がいるというのか。
ヘラ、超可愛いですけど?
正しく表情読めるようになったら可愛くて仕方ありませんけど?
【レックス様。覚悟が必要なのはヘラ様をお嫁にもらうことではなく、ヘッセリンクと縁戚関係を結ぶことかと】
ああ、そっち?
いやあ、言葉が足りないから危うく温泉でゴリ丸呼ぶとこだったよいけないいけない。
「なあ、『麒麟児』くん。貴族のなかでもヘッセリンクと一、二を争う悪評を持つ家の当主が言うことではないんだけど、非公式の場を借りてお願いがある。孫を、くれぐれも頼むよ」
色々言いたいことはあるけど、お祖父ちゃんが真面目な顔で頭を下げるので野暮なツッコミはやめておく。
現役の貴族家当主から頭を下げられたリスチャードは真剣な顔でこう応じた。
「ラスブラン候。確かに我々の婚姻は家主導で進みましたが、私とヘラ殿との間には確かな愛がございます。心配されずとも結構。必ず幸せにしてご覧にいれましょう」
最後には白い歯をきらりと光らせるサービス付きだ。
まあ、ヘラの兄視点で点数をつけるなら贔屓目に見て六十点くらいかな。
もっとヘラのどこを愛してるとか、具体的に盛り込んだ方が身内としては安心感があるからね。
【愛してるポイントが多いとそれはそれで腹を立てる面倒な伯爵様がいるので適切な対応かと】
正直それは否めない。
「これはこれは。あのリスチャード殿がそこまで頬を緩めるとは。お父上も驚いているのではないか?」
「先ほどアルテミトス候が仰ったように、父にとって我々の婚姻は十貴院復帰のための仕込みでしかありません。私の変化に興味などないでしょう」
おい、笑顔どこいった?
ほんの一瞬前まで蕩けるような笑顔だったはずなのに、父親の話題になった瞬間に表情筋がストライキを起こしたようだ。
その顔をヘラに向けたらクリスウッド領に攻め込もうと心に決めるくらいには人に見せられない顔をしている。
「相変わらず嫌っているな。親子とは難しいものだ」
「バカ殿と呼ばれて将来を危惧されておった息子が目覚ましい成長を見せておるのは、父としてどんな気分じゃ?」
ため息をつくアルテミトス候にカナリア公が絡むと、厳しい顔と声でこう評した。
「まだまだ足りませんな。家来衆も民も、過去の愚息を忘れません。その過去があってなおアルテミトス侯爵として認められるには、相当な努力が必要でしょう」
「点が辛いのう。たまには褒めてやるのじゃぞ? おい、ヘッセリンクの。お前はアルテミトスのバカ殿をどう見る」
僕ですか?
そうですねえ。
このまえの飲み会でも周りに気を遣いながら常識の範囲で飲んでたし、偉そうな態度なんてカケラもない好青年だった。
「色々な意見があるでしょうが、私が言えることがあるとすれば、バカ殿はもういない。それだけです」
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