第343話 努力

 僕が人手のヘルプを求めたクリスウッド公爵家、ラスブラン侯爵家、カニルーニャ伯爵家、セアニア男爵家からは快く協力してくれる旨の回答が得られ、使用人の皆さんが続々とオーレナングにやってきた。

 それぞれの家が選抜した人材だけあって問題を起こすような厄介な人物はおらず、不協和音が聞こえるようなことはなかった。

 これで最低限人繰りはなんとかなりそうだ。

 そうホッと胸をなでおろしていたところに、一通の手紙が届けられる。


『カナリア公から話は聞いた。微力ながら我が家からも人を送らせてもらう。遠慮はいらない。後見人として当然のことだ。なお、陛下がオーレナングに向かわれるのに合わせ、私もそちらにお邪魔するのでよろしく』


 鉄血こと、ロベルト・アルテミトス侯爵様からの心温まるお手紙だった。


「アルテミトス侯か。いや、お申し出はありがたいのだが」


「そう言えば、協力を求める家の中にアルテミトス侯のお名前がありせんでしたね。普段なら真っ先に名前を挙げられるのでは?」


 ハメスロットの言うとおり。

 困ったことがあれば、いの一番に後見人であるアルテミトス侯に頼っていた僕。

 しかし、今回は人を出すようお願いするのを意図的に避けた深い深い理由がある。


「ああ、まあ。最近アルテミトス侯の息子ガストン殿を宴に誘って酔い潰したばかりだからな。お説教が怖かったのだが……」


 叱られたくないんや。

 混じりっけなしの本音なのに、部屋にいる文官師弟コンビが呆れたような表情を見せる。

 二人には僕の切実な胸の内が伝わっていないらしく、師匠ハメスロットが淡々と言葉を紡いだ。


「断る理由はありません。猫の手も借りたいとはまさに今この時のためにある言葉です。アルテミトス侯爵家から人を出していただけるならば、ぜひ叱られてきていただきたい」


 酷い!!

 ハメスロットも正座させられて一方的に叱られてみたらいい。

 あれを受けたら立ち上がるのに相当な時間がかかるから。

 メンタル的にも足の痺れ的にも。


「あの方の雷を受けた身としては、二度は遠慮したいところなのだがな」


 そんな風に腰が引けて仕方ない僕だったが、弟子エリクスが容赦なく畳み掛ける。


「ユミカちゃんまで屋敷の掃除や食材の仕込みに駆り出しているのですから、やむを得ません。我々家来衆は喜んで伯爵様の身柄をアルテミトス侯爵様に引き渡したいと思います」


 おい!

 雇い主の身柄をそう簡単に引き渡そうとするんじゃないよ!

 まあ、他家の応援をもらったうえで猫の手どころか天使の手も借りなきゃいけないレベルなので、人手が増えるのヘッセリンク家当主として歓迎すべきことだ。

 

「仕方ない。謹んで𠮟られるとするか」


 叱られている間、ひたすらエイミーちゃんとサクリの可愛いところを考えてればあっという間に終わるだろうしね。


「それで? 準備の進捗はどうだ」


「はい。食材について、米、麦などは予定量がカニルーニャ伯爵領より到着済みです。晩餐会のメインとなる食材は魔獣の肉になるでしょうが、こちらも戦闘員に加え、メラニアさんとステムさんが順調に調達してくださっています」


 ブルヘージュの二人がオーレナングにやってきてそろそろ一年が経つ。

 本当なら帰す算段をしなきゃいけない時期だ。

 ただ、分かっちゃいるけど人が足りない我が家なので、二人の同意の元ギリギリまでこき使わせもらいます。


「他家から来てくれた料理人達の様子は?」


「問題ございません。マハダビキア殿の名と腕は国中に轟いておりますので、しっかりとした指示命令系統が出来上がっているようです。また、年嵩の料理人には顔の広い国都の料理長殿が、若い料理人は面倒見のいいビーダー殿が。それぞれ細やかに対応してくださっています」


 我が家のスター料理人マハダビキアと人情おやっさん系料理人ビーダーに加え、今回は国都の屋敷から料理長を招集している。

 個性的で我の強い料理人を複数集めたら多少の衝突があるかと危惧していたけど、このヘッセリンクトライアングルを中心に上手く回っているらしい。


「そうか。陛下をお迎えすると言ってもつまるところ宴が柱となるわけだ。宴といえば美味い料理に美味い酒。料理人諸君には、厨房が今回の主戦力だと改めて伝えておいてくれ」


「御意」


 さて、宴会の料理は問題なし。

 

「陛下にお出しする酒類についても決めておかなければな」


 料理のお供として提供するお酒の相談をしよう。

 なんと言っても僕が領主のうちに二度とない機会だから気合いを入れて発注をかけた次第です。


「伯爵様ご贔屓の酒蔵から馬車いっぱいの樽が届いておりますが、いかんせんあの酒蔵の商品は昔から癖がございます。吟味を重ねる必要があるかと」


 癖があるというか、アルコール度数が悪ふざけかと思うくらいにバグってるんだよ。

 だけど、それがいい。


「そうだな。よし、今日は酒の味見がてら、集まってくれた他家の家来衆とともに本番に向けた決起集会といこうか」


 歓迎会に出した酒に癖があり過ぎて陛下を怒らせたりしたら元も子もないからね。

 事前に陛下に飲んでいただく酒がどんな味か確認することは領主としての義務と言っても過言ではない。

 そうだろう?

 コマンド。


【ラスブラン侯とのお約束はどうなったのでしょうか】


 努力はした。

 それで十分じゃないか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る