第342話 隙あらば

「失礼ですが、もう一度おっしゃっていただけますか? 誰が、どこにいらっしゃると?」


 王様がオーレナングに遊びにくるよ、と家来衆に伝えると、ハメスロットが念の為といった感じで聞き直してくる。

 その気持ちはわかるよ。

 なので、ゆっくりと一音一音はっきりとした発声を心掛けてもう一度。


「国王陛下が、オーレナングにいらっしゃる」


 聞き間違いじゃなかったことに天を仰ぐ常識人組と、きゃっきゃと無邪気に喜ぶ非常識人組に分かれているのがとても興味深い。

 だれがどちらかは敢えて触れないけど。


「レプミアの歴史を見ても、国王が公式にここを訪問するのは数えるほどしかないらしい。名誉なことだ」


 ジャンジャックやオドルスキが満足げに頷くなか、どちらかというと常識人に分類されるであろうエリクスが手を挙げて懸念を示す。


「名誉なのは間違いありません。ありませんが……、大丈夫なのでしょうか」


「というと?」


「受け入れ側である我々の人手です。国王陛下が動かれるとなれば随行の方々も相当の数になるでしょう。しかし、圧倒的に対応するこちらの手が足りません」


 ふふふ。

 その心配はもっともだが、いかに僕がノーテンキでもその点に気づかないわけがないじゃないか。

 舐めすぎだぜ兄弟。


「ああ。人手については親しくさせてもらっている先にお願いして人を貸してもらうつもりだ。ラスブラン侯は、ヘッセリンクに貸しを作れるうえに陛下のおもてなしの場に加われるなら喜んで人を出してくれるだろうと言っていたな」


 しっかりラスブラン侯にアドバイスをもらっているさ。

 

「普通はあまり他所に借りを作りたくないもんだけどな。そこんとこどうなの?」


「もちろん親しくもない家に借りを作ることはしないさ。ということで、まずはイリナ」


 イリナの実家、セアニア男爵家とはあまり深い仲ではなかったけど、フィルミーとイリナの婚約以来いい関係を築けている。

 きっと今回も快く協力してくれるはずだ。


「はい。父に人を出してもらうよう文を送ります。我が家が空っぽになってもいいから可能な限り人を出してほしいと」


「頼む。僕からの文も合わせて送っておいてくれ。あとはカニルーニャ伯にもお願いしたい。エイミー、義父殿に甘えることは可能だろうか」


「勿論です。むしろここで頼らなかったら父の機嫌を損ねてしまうと思いますよ?」


 カニルーニャ伯には最大限甘えさせてもらおう。

 儀礼的なことに詳しい義父なので、その家来衆達も式典やそれに類する事柄に強い。

 ハメスロットがその最たるものだ。

 それを考えれば今回国王陛下が遊びにくるにあたって、一番頼りになるのがカニルーニャ家だと考えている。


「それは怖い。義父殿を怒らせないように厚かましいくらい人を出してもらうようお願いしなければな」


「では早速文を出しておきます。セアニアにカニルーニャ。あとレックス様が親しい家といえば」


「言い出したのは自分だからとラスブランからも人を出してくれるそうだ。あとは、こういう晴れがましい席が好きなクリスウッドに声をかけろと言われた」


 お祖父ちゃんは人を出してくれるどころか自分もオーレナングに乗り込む気満々だった。

 それに釘を刺したカナリア公に、『じゃあ君もくればいいじゃないか』と返していたのでまた二人で来るだろうな。


「リスチャードさんが晴れがましい席が好きか? できるだけ表に出たくない人だろ」


「リスチャードはそうだが、現公爵は十貴院返り咲きを悲願とする野心家だからな。目立てる場所、しかも陛下が絡むならほぼ確実に手を貸してくれるというのがラスブラン侯の見立てだ」


 公爵家なのに元十貴院という、過去になにかしらやらかしたであろうクリスウッド。

 その現当主であるリスチャードの親父さんは、自分はリスチャードの代でクリスウッドが十貴院に復帰するための踏み台だと公言するほどそこにこだわっているらしい。

 王様の覚えが良くなるイベントなら断られることはない、むしろ積極的に手を貸してくれるだろうと笑っていた。


「ああ、親父さんのほうね。まあ、親戚筋になるんだし、表向きにも手を貸す理由があるわけだ」


「これから相当忙しい日々を送ってもらうことになるが、その分給金も弾むし、無事にことが終わればそれぞれ長めの休暇も認めるつもりだ」


 頑張ってくれた家来衆にボーナスと有給をプレゼント!

 ヘッセリンクはホワイト企業を目指します。

 

「給料と休みねえ」


 反応が芳しくないメアリだったが、その相棒クーデルは彼の服の袖を引っ張りつつ満面の笑みを浮かべる。

 わかりやすくウッキウキだ。


「メアリ。お休みをいただけたらお買い物に付き合って」


「カイサドルか? 何買うんだよ」


 二人がデートするのは主に森か隣領のカイサドルだからね。

 買い物ならカイサドル一択なわけだ。


「新しいナイフが何本が欲しいの」


 惜しい。

 ナイフが洋服なら普通のカップルだった。


「んー。確かに俺も新しいの買ってもいいかなあ。いっそ、国都の『熊の塒』に行ってみるか?」


「いいの!? メアリと二人で国都旅行なんて素敵ね! 嬉しい!」


 他の家来衆もいる前で、メアリに抱きつくクーデル。

 みんな、一様に生暖かい視線を送っている。

 ユミカだけはニッコニコなのが可愛い。


「ばっ! 違えよ! ナイフ買いに行くんだから強いていえば物資の調達だよ!」


 

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