第341話 禁酒令

 オーレナング行きを提案された王様は難しい顔で考え込むふりをしていたけど、ニヤつきを隠し切れてないのでほぼ100%来る気だろう。

 ラスブラン侯の提案を宰相達と検討するということで退室を許された僕達は、用意されていた控えの間でお茶などいただくことにした。


「ラスブラン侯、一体何を考えているのですか。陛下をオーレナングになどと。私の領地は、お世辞にも陛下をお招きするの相応しい場所ではありません」


 見どころゼロ、危険度MAXというアンバランスなやばい場所。

 魔獣のお肉は美味しいけど、一国のトップをおもてなしするのに僕の領地ほど不適切な場所はない。

 その点についてはレプミアに生きる人間の総意でもあるはずで、ラスブラン侯も軽く頷く。


「そんなことは百も承知だよ、レックス」


「ではなぜ」


「面白そうだろう?」


 ニヤリ、と人の悪い笑みを浮かべる祖父に、ついため息が出た。


「お祖父様。ヘッセリンクのようなことを言うのはおやめください。驚くほど似合っていません」


 たぶんグランパの真似なんだろうけど、ラスブラン侯がやると何か企んでる感が強くなるんだよね。

 僕の指摘に肩をすくめるお祖父ちゃん。


「それは残念だね。まあ、面白そうというのも半分本音さ。それに、あまり知られていないが陛下とジーカスはとても親しい友人同士でね。できるなら会わせて差し上げたいというのもある。あとはいい機会だから、かな」

 

 いい機会? 

 よくわからないという顔をしている僕に、カナリア公が説明してくれる。


「この機に西に向かっていただくことでヘッセリンクを重要視していることを表していただこうということじゃ」


 ヘッセリンクを重要視。

 さらにわからない。

 王様がオーレナングに来ただけで我が家の評価が上がることがあるのかね?

 いや、確かにそんなにあることじゃないから羨ましがられはするだろうけど。

 教えてお祖父ちゃん!


「歴史を紐解いても、国王陛下がオーレナングを訪れたことはほとんどないんだ。危険だからね。場所も、人も」


「そんな西に陛下自ら公式に、さらに大々的に赴かれる。ヘッセリンクを警戒する者達がお主を見る目が変わるきっかけになる可能性もあるじゃろ」


 つまり?

 人的にも立地的にも危なくて王様が訪れることを避けていたオーレナングに来ることで、『あれ、王様が遊びに行ったってことは今のヘッセリンク伯爵はそこまで危険な人物じゃないのかな? きゃー! 護国卿素敵ー!』と思う人が出てくるんじゃないかと。


「ラスブラン侯、カナリア公」


 とんでもなく細い道だよ。

 だけど、そんな細い道でも僕のことを考えての提案だったことがわかって二人への感謝が止まらない。


「まあ、あくまで可能性だよ。きっかけを作ってもレックスの今後の暴れ方次第では全く効果がないどころか裏目に出る可能性もある」


「それはそれで期待どおりではあるのう。陛下をもってしてもヘッセリンクの悪評を拭えないとなると、いよいよお主は本物じゃ」


 二人はこう言いたいらしい。

 どっちに転んでも自分達は楽しめるよ、と。

 

「これでも大人しくしていたいんですよ。周りが放っておいてくれないだけで」


 そういう星の元に生きてるんだから仕方ないね。

 神よ、大人しく生きることを望む僕に安寧を与えたまえ!


「泥酔して登城しておいてどの口が言っているんだい。酒に飲まれて暴れるのはこれっきりにしてくれよ? 二度目は庇い切れないからね」


 はい、そうでしたね。

 反省しています。

 

「あのラスブラン侯が孫には優しいと知ったら、これまで裏切られ踏み台にされてきたラスブラン憎しの連中はどんな顔をするじゃろうな」


 意地の悪い顔でそう指摘するカナリア公に、薄笑いを浮かべて応えるラスブラン侯。


「身内にくらい優しくないとバチがあたるからね」


 優しくしてくれる理由って、そんな理由なの?

 いいんですよ?

 照れずに孫が可愛いから仕方ないね! って言ってくれても。


「ラスブランの業は、身内に優しくするくらいでは無しにできんぞ」


「微々たるものでもやらないよりはましさ。何がなんでも嫌われたいわけじゃないからね、ラスブランも」


 身内くらいには好かれていたいだろう? と笑うお祖父ちゃん。

 そんな思いがあるのに実の娘にあそこまで嫌われているのが不思議だ。

 まあ、愛情表現が歪み気味だからね。


「なんにせよ、ここからはレックスが大変になるからね。陛下を自領でおもてなしなんて、考えただけでも胃が痛くなる」


「人が足りてないヘッセリンクでどう対応するか。見ものじゃな」


 そうなんだよなあ。

 人が増えたとはいえ、人手不足は解消されてない。

 お忍びじゃないなら相当な人数がオーレナングにくるわけだ。

 

「……戦闘員を入れても十人程度しかいないのですが。いや、領軍を入れれば間に合うかな?」


 ハメスロットとアリスに急ピッチで領軍メンバーを執事とメイドに仕立て上げてもらうのはどうだろう。

 それなら一時的に人手不足は解消されるけど。


「やめておきなさい。うちから何人かメイドを派遣してあげるよ。あとは、自分で仲のいい家に事情を話して人を出してもらうんだね」


 大好きお祖父ちゃん!!

 人を貸してくれそうな家かあ。


「カニルーニャとカイサドル、セアニア……。何人必要かも想像がつかないですね。帰ったらすぐに家来衆と相談したいと思います」


 ハメスロットとエリクスに相当負担をかけてしまうな。

 よし、オーレナングに戻ったら森で竜種を狩ってそれをアテに決起集会だ!

 帰りにあの酒蔵に寄って何本か補充していこう。


「ああ、それとレックス。お前は陛下のオーレナング行きが終わるまで、酒断ちすること。いいね?」


 努力目標でいいですよね?

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