第338話 解禁
王太子に連れてこられたのは、玉座のある謁見の間ではなく、なんと王様の私室だった。
おいおい、王様のプライベート空間だぞここ。
流石に戸惑う僕をよそに、王太子が軽くドアをノックし、返事を待たずに入っていく。
「父上。ヘッセリンク伯を連れて参りました」
「ご苦労だったなリオーネ。ヘッセリンク伯も、疲れているところすまぬな。さ、遠慮せずくつろいでくれて構わん」
王様が明らかに高価そうなソファを示してそんなことを言うけど、この空間で遠慮せず寛ぐのは無理だ。
最高権力者の部屋なんでどこに爆弾が仕掛けられてるかわかったものじゃない。
酔いが回った今ならなおさらだ。
「まさか陛下の私室にお邪魔する日が来るとは……」
「ただの親父の部屋に緊張することもあるまい。さて、一応葡萄酒は用意したが」
まだ飲ませる気か。
これ以上は流石に無理だ。
この眠気から逆算するに、差し出された瓶を空けると、王様の部屋でリバースした史上初の貴族になる可能性が高い。
「いえ。ご存知だと思いますが昨日の夕方から飲み通しですので。正直に申し上げて、今も若干酔っております。本来であればとても陛下にお目通りが叶う状態ではありません」
泥酔です、とは言えないので過少申告しておく。
「ぱっと見ただけでは素面に見えるが?」
王様の言葉に王太子が首を振って否定の意を表す。
「父上。ヘッセリンク伯が相当酔っているのは間違いありません。その証拠に、宰相や文官達を巻き込み、食堂で酒盛りをしておりました」
バラすなよ殿下ー。
王城で酒盛りとか、王様に悪い印象を与えるでしょうが。
案の定、王様は苦笑いだ。
「相変わらずこちらの予想を裏切ってくれる男だな。いや、待て。宰相が酒盛りだと?」
「ええ、お察しの通りです。惜しい男を亡くしました」
死んでないよ!?
まあ、死んだように寝るだろうし、起きてからは二日酔いという地獄が待ってるだろうけど。
「弱いくせに勢いで飲むところがあるのが厄介なのだ。しかも酔うと絡む絡む」
「まさか、陛下にも?」
「若い頃に二、三度だけ。飲むたびに絡まれ説教されてからは誘うのをやめたが」
なにやってるんだレプミアNo.2。
酔って王様に絡むとか、更迭されても文句言えないでしょ。
有能なこととプライベート空間での出来事だったから許されたのかもしれないけど。
僕も宰相と飲むのはこれっきりにしておこう。
「今日一日宰相は使い物にならないでしょう。まあ、働き過ぎですからたまには構わないと思います」
休みが二日酔いで潰れるとか疲れが取れるわけないんだけど、王様は王太子の言葉に軽く頷いてこちらに視線を向ける。
「ヘッセリンク伯も酔っているということであるし、こちらの話も手短に済ませよう。わざわざ余の私室に呼んだのは他でもない。頭を下げるためだ」
「頭を下げる? 陛下が私にでございますか? 心当たりがございませんが」
謝られるようなことあったっけ?
サクリをオーレナングで育てることには同意してもらってるし、リスチャードとヘラの結婚も認めてもらっている。
魔獣の肉の催促もそこまで多くない。
ダメだ、酔った頭で考えても思いつかないぞ。
「昨日から今朝まで続いたというヘッセリンク伯主催の若手貴族を集めた宴についてだ。余は、伯が良からぬことを企んでいる可能性があると疑った」
ああ!
それですか。
直近も直近過ぎて逆にわかりませんでした。
「なんといってもあの狂人ヘッセリンク伯がクリスウッドを始めとする名だたる貴族家の子息達を招集したのだ。警戒しない国王はレプミアの王として凡骨以下だと誹られるだろう」
「いえ、殿下や宰相殿にも説明したのですが、そこに特に意図はなく」
「ああ。息子から聞いた。曰く、『ただひたすら酒を飲み、肩を組んで笑い、顔にあざができるまで殴り合う。そんなごく普通の宴だった』、とな」
おお、殿下には真実が伝わってるみたいで安心した。
宰相は冤罪だと訴える間もなく潰れちゃったからね。
「殴り合うのが普通の宴かどうかについて議論の余地はありますが、ええ。親しい友人達とのささやかな宴に他なりません」
僕の言葉に頷く王様。
その表情からは、僕を疑うような険は感じられない。
「それでも余としてはなにかあるのではないかと疑っていたのだが、息子に言われたのだ。ヘッセリンクを色眼鏡で見るのを少しやめてみてはどうか、とな」
「殿下……」
あんた、将来素敵な王様になるよ。
これはあれじゃないか?
陛下と殿下から『普通の貴族』のお墨付きをもらえれば、貯まるだけ貯まって使い所のない狂人ポイントの大幅な返還が可能になるんじゃないだろうか。
「色眼鏡で見るのをやめた結果、今回はただの親しい友との宴というヘッセリンク伯の言い分を信じることにした。よくよく考えれば、そなたはヘッセリンク伯爵であると同時に我が友ジーカスの息子だ。滅多なことはするまい。ジーカスは私の唯一と言っていい友。奴が死んだと聞いた時にはぽっかりと胸に穴が開いたようだった」
遠い目をしながらおもむろにワインの封を切り、グラスに注ぐ陛下。
え、やっぱり飲むんですか?
「それほどまでに親しい仲だったとは。存じ上げませんでした」
「肩書は国王と狂人ヘッセリンクだからな。表立って親しくするには周りが煩すぎる」
そう言うと、なみなみとグラスに注がれた紅い液体をグッと一気に飲み干す。
なんで王様も宰相も一気が基本なんだろうか。
もっと味わって飲みなさいよ。
「一つ疑問があるとすれば、なぜ急に友を集めて宴を催した? これまでいくらでも機会はあっただろう」
続けざまに二杯飲み干した王様からの突然の問い。
飲み会の理由?
あれ、なんだっけ。
ダメだ頭が回らない。
えっと、ああそうだ、パパンに『あ、うちの息子友達いないのか、ごめん変なこと聞いて』みたいな目で見られたことが引鉄だった。
「ああ。それこそ父が私には友人がいないのではないかと勘違いしておりまして。そんなことはないと証明するために開いたのが今回の宴でございます。いや、まさか王太子殿下にご参加いただけるとは思ってもみませんでしたが、父にはいい土産話ができました」
王太子は第一回目の特別ゲストという位置付けでいいだろう。
二度目以降はご遠慮いただきたい。
酔った勢いで未来の王様と殴り合いになんかなった日には物理的に首が飛ぶ。
「……父? カニルーニャ伯がそんなことを?」
いやいや、カニルーニャ伯は義父ですし、そもそもあの人はそんなこと言いませんとも。
優しさが違いますからね優しさが。
少なくともお義父さんは目が合った瞬間槍投げてこないですから。
「いえ? 実父ですが?」
【レックス様。レックス様。気をしっかりもってください。それは、解禁してはいけない情報です。危険です】
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