第337話 さすがに酔った

 宰相殿および文官諸君。

 ヘッセリンクからは逃げられないと知るがいい。

 

 そんな風にいきがった時もありました。


「だから! 護国卿という名前と立場をもっと考えて動きなさいと、そう言っているのです!」


 ヘッセリンクは宰相から逃げられない。

 これが真実だったらしい。

 普段冷静で落ち着き払っている宰相が、すっごい絡み酒なんて予想できるわけもなく。

 

「宰相。わかった。わかったから」


 なんとか宥めようとするも、火の着いた宰相は止まらない。


「いいえ! わかっていません! 貴方はヘッセリンクという名前の価値をまあったく理解していない! いいですか、そもそもヘッセリンクというのはレプミア建国から」


「聞いた! その話はもう二回聞いたぞ宰相!」


 酔っ払いの特徴を記した書物の冒頭にはこう書いてあるだろう。

 酔っ払いは短いスパンで同じことを繰り返し話す、と。

 

「トミー殿、なんとかしてくれないか」


 他の文官の皆さんが僕と宰相から距離を取って座りちびちびと飲んでいるなか、哀れなトミー君はヘッセリンク担当文官として宰相の隣に座らされている。


「無理でございます。宰相様がその状態になってしまっては、眠るまでじっと耐えるしかありません。ご武運を」


 冷たーい。

 いや、この飲み会を仕掛けたのは確かに僕だけど。


「武運でこの酔っ払いをどうしろというのだ……。ああ、軽く叩いてみるか?」


 メアリがクーデルによくやるあんな感じで。

 振り下ろす角度はこのくらいだったような?


「おやめください!」


 宰相の後ろに回った僕の前に立ちはだかるトミー君。

 おいおい、落ち着けよ文官ボーイ。


「心配するな。私は非力な召喚士だからな。多少力を入れたところで問題はないさ」


 渾身の爽やかな笑顔でサムズアップして見せた僕に対して、苦虫を噛み潰したあと一気に飲み下したような顔で僕の背を押して宰相から遠ざけようとする。


「問題しかありません! くっ、地位のある方々が揃って酔っ払いなど面倒なことこの上ない」


 酔っ払いだなんてこれはおかしなことを。


「私は酔ってないぞ? 素面だ。この程度で酔っていたらカナリア公に大目玉を食らう」


 カナリア公とアルテミトス侯の薫陶を受けた僕がこの程度で酔うなんて、そんなまさか。

 おおレックスよ、酔ってしまうとは情けない! と叱られてしまう。


「素面で宰相様に暴力を振るおうとしているなら、そちらのほうがマズイかと」


「あっはっは! それはそうか。これはトミー殿に一本取られたな! はっはっはあ! で、トミー殿。ヘッセリンクに士官するつもりはないかな?」


 もう一枚頼れる文官がほしいんだよね。

 エリクスもだいぶ育ってくれてるけど、彼にはもう少し護呪符の研究に割く時間をあげたいし。

 もしトミー君が来てくれたら内向きの戦力は大幅にアップするだろう。


「情緒はどこに置いてこられたのですか? この流れではい、わかりしたとお答えする者はいないと思います」


 僕の情緒?

 その辺りに落ちていないかな?

 最悪、元々ないかもしれないしね!


「そうか、残念だ。では改めて素面のときに口説かせてもらうとしよう」


「酔っていることを認めましたね?」


「当たり前だ! 夜通し飲み続けてさらに迎え酒だぞ? それだけ飲んで素面でいられる人間など、両手の指で数える程度しか知らない」


「五人以上十人以下は存在するのですか」


 カナリア公、ゲルマニス公、アルテミトス侯、サルヴァ子爵、ジャンジャック、フィルミー、あとは王太子も。

 あのクラスは化け物揃いだ。


「貴殿が思う以上に魔窟だからな、レプミアの貴族界隈というのは。常識だけではとても測りきれない。恐ろしい世界だ」


【と、魔窟のトップランナーが言っています】


 コマンドをミュートできるかな?


【その機能はございません】


 そうかあ。

 あ、コマンドともお酒を飲んでみたいなあ。 

 召喚できたりしないかなあ。

 魔獣じゃないから無理なのかなあ。

 オーレナングに帰ったら召喚士としてのレベルアップでも目指してみるか。

 地下のご先祖様に召喚士とかいないかな?

 初代様に聞いてみよう。


「うわあ。これは想像を遥かに超えてきましたね……」


 回らない頭でそんなことを考えていると、さっきまで一緒に飲んでいた人物の呆れたような声が聞こえた。


「王太子殿下!!」


 文官の皆さんが一斉に立ち上がり礼をとると、王太子が優しい笑みを浮かべて軽く頷いて見せる。


「皆ご苦労様。とりあえず諸君らは解散して構いません。昼まで休むことを許します。酔いが覚めた者から各自仕事に取り掛かってください」


「はっ!!」


 上級貴族との強制飲みニケーションから解放された文官達が軽い足取りで部屋を出ていく。

 今度ちゃんとしたものを差し入れしておこう。


「宰相は……潰れてますね。弱いのにこんなに酒精の強い酒を呷るから」


「まさか杯二、三杯だけで絡まれるとは思ってもみませんでした。レプミアの中枢にいらっしゃるのだから当然お強いものだとばかり」


 僕の名誉のために言うが、強制はしてない。

 一口目で『これはいい酒ですな』と呟くと、そこから間髪入れずに三杯一気。

 ダメな大人の飲み方の見本のようだった。


「これは今日一日使いものになりそうにないですね。仕方ありません。宰相を介抱してあげなさい」


 待機していたメイドさんに指示を出す王太子。

 僕もこの流れに乗り出口に向かおうとすると、王太子にがっちりと肩を掴まれる。

 なんだろう。

 『逃がさないぞ』という強い意思を感じる。


「殿下。私もだいぶ酔ってしまったようです。この辺りでお暇したいのですが」


「いやいや、貴方ならまだいけるでしょう。さ、私と一緒に来てもらえますか? 陛下がお呼びですよ?」

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