第336話 とことん

 まっすぐにこちらを見据えてくる宰相。

 その目は真剣そのもので、僕のどんな僅かな反応も見逃さないという気合いを感じる。


「何をされるもなにも。ただただ友人を集めた宴ですが」


 そんな気合い充分の宰相には申し訳ないが、こちらとしてはそれ以上でもそれ以下でもないわけで。

 なんだったら友飲みとして定期開催も視野に入れているくらいだ。


「クリスウッド、サウスフィールド、ロンフレンドの三人と私が親しい友であることはご存知でしょう? アヤセ・ラスブランは従弟です。ダイゼ・エスパールは以前我が家とエスパール伯爵家の間に起きた不幸な行き違いの後親しくなりましてね。ガストン・アルテミトスは後見人たる現アルテミトス侯の引き合わせで知り合い、今や弟のような存在です」


 ダイゼは『護国卿を慕う若手貴族の集い』のNo.2で、ガストンは妻をめぐってやり合ったことで知り合い仲良くなりました、というのが真実だけど、ややこしくなりそうなので表現を変えておく。


「あくまでも親しい者たちを集めた宴会だった、と。そう仰るか?」


「事実ですからな。まあ、なぜか宴を開くことを聞きつけた王太子殿下も途中から飛び入り参加されましたがね。宰相殿に言うのは違うかもしれませんが、あまりお忍びをお認めにならないほうがよろしいのでは?」


 その辺りをちゃんとしておかないと事故が起きてからじゃ取り返しがつかないからね。

 宰相や王様がしっかり言って聞かせないと。


「過去にカナリア公と結託してそのお忍びを利用し、私にこっぴどく叱られたのはどこの誰だったかな?」


「そんな不届き者がいるとは。世も末ですなあ」


 話が逸れたので戻しておきますね。

 

「冗談はおいておいて。正直に申し上げて、私が友人と酒を飲んだだけで王城側が右往左往する理由がわからない」


 そんなことだと、定期的に右往左往してもらうことになりますよと。

 近いうちにアヤセのお友達とも一席設けるつもりだし、王立学院時代の『狂人派』と呼ばれた派閥に属していた面々とも親交を深めてもいい気がしているので。

 そんな僕の疑問に、宰相が眉間に皺を寄せながらも丁寧に答えてくれる。


「歴代の当主方と比べてもヤンチャが過ぎるレックス・ヘッセリンク殿が、腕力、知力、財力、魅力に優れた若手貴族を秘密裏に集めたとあっては右往左往もするというものだ」


 すごく高く評価してくれているのは理解した。

 ただ、問題視されてるのは、旗振り役が僕なことなのか、集めた面子にあるのか。


「秘密裏もなにも。私は知らなかったが、参加者の家経由で王城に開催のお知らせが届いたらしいではないですか」


「その事実こそ重く受け止めていただきたい。ヘッセリンク伯主導で、次代を担う有能な面々を集めるという行為は、王城に報告を上げる必要があるほど影響が大きい。わかりますかな?」


 つまり、問題視されていたのは旗振り役が僕なことと集めた面子の両方だと。

 親御さんから、子供達が何かしでかす可能性があるよと連絡が入るくらいには警戒されてるのを自覚しろよということらしい。


「はっはっは! 心配し過ぎですよ宰相殿。あと、流していましたが歴代当主と比べてヤンチャというのは訂正していただきたい。少なくとも祖父よりは大人しいはずだ」


 直に触れ合ってみて、ヘッセリンクが狂人なんて呼ばれてるのは大体あの人のせいなんじゃないかと思う程度にはぶっ飛んでる。

 現役時代はさぞかし警戒されていたはずだ。

 そのグランパより上と評されるのは承服しかねます。


「確かにプラティ・ヘッセリンク殿はその凶暴さにかけては歴代随一と言われています。一方、レックス・ヘッセリンク殿はどうか。動くたびに騒動を引き起こす確率が群を抜いているというのが我々の見方です」


 なんだとう!?

 動くたびに騒動を引き起こすなんてそんな、そんな……。

 なんてことだ。

 ぐうの音も出ないじゃないか。

 

「誤解しないでいただきたいのは、陛下も、殿下も、憚りながら私も、ヘッセリンク伯には多大なる感謝をしているということです。本来であれば、ヘッセリンク伯爵を便利使いするべきではない。それを理解していながら我々は貴方に頼りにしてしまっていますから」


 そう言って静かに頭を下げる宰相殿と文官の皆さん。

 うん、その感謝は素直に受け取っておきます。

 が、それはそれ。


「感謝している人物を宴会明けに捕まえて査問にかけるのはいかがなものかと」


 そんな風にチクリと刺してみたところで、レプミアの屋台骨を支える宰相殿の表情は1ミリたりとも動かない。

 

「我々王城の人間は、レックス・ヘッセリンクに感謝し、活躍を期待する一方で、いつヘッセリンクのヤンチャな一面が暴発するのかを警戒しているのです」


 そうかあ。

 これはあれだな。

 ヘッセリンクという看板が大き過ぎて僕という個人への理解が及んでいないのが行き違いを生む原因だ。

 仕方ない。

 

「よし、わかりました。わかりあうためには飲むしかありませんな」


「は?」


 口半開きの宰相を放っておいて、コマンドに保管してもらっていた予備の酒をテーブルに並べていく。

 文官のみんなも結構人数いるけど、これだけあれば酔っ払えるだろ。

 

「一日くらい業務が滞っても構わないだろう? どうしたトミー殿。急ぎの仕事? 大丈夫だ。明日死ぬ気で取り戻せばいい」


 唯一僕と言葉を交わしたことのあるトミー君が周りの視線に負けて訴えてくるが、一蹴しておく。

 僕を知りたいんだろう?

 ならこの場は付き合いたまえよ。


「何を考えているのだ、ヘッセリンク伯」


 A.楽しいこと。


「相互理解に欠けた者同士が腹を割って話すために必要なのは酒ではないですか宰相殿。幸いつまみはある。この塊肉など最高のアテだ。さ、皆も席につけ。今日はとことんやるぞ」


 宰相殿および文官諸君。

 ヘッセリンクからは逃げられないと知るがいい。

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