第335話 国王陛下と王太子 ※主人公視点外
ダシウバが酔い潰れて目を覚ます気配がなかったため、唯一意識を保っていたヘッセリンク伯に護衛を頼んだのですが、玄関で待ち構えていた宰相とその部下達が有無を言わさず彼を連行していきました。
流石にまずいと止めようとしたのですが、私は私で父王から最優先で顔を見せろと命令を受けてしまったのです。
「国王陛下、ただいま戻りました」
「ああ、ご苦労だった。……、酒臭いな」
早く宰相とヘッセリンク伯の元に向かわなければと内心焦っている私に、父王が顔を顰めます。
まあ、酒臭いのは否めません。
相当な飲みましたからね。
「いや、ヘッセリンク伯の酒の趣味が非常に良くてついつい飲み過ぎてしまいました」
カナリア公御用達として有名な酒蔵のものらしく、味がいいのはもちろん、無闇に酒精が強いのがまたいい。
今度ヘッセリンク伯がおすすめを差し入れてくれるらしいので楽しみにしておきましょう。
「お前が酒に強いのはわかっているが、ほどほどにしておくことだ。次期国王が酒に溺れているなどと噂が立ったら敵わぬからな」
「ご心配なく。人前で深酒することなどありません。今回は特別です」
酒を酌み交わす友もいないのですから人前で飲むこともないのですよ、はっはっは!
「して、どうであった」
「どうだったとは?」
父王が身を乗り出すようにして聞いてくるが、意味がわからない。
今の私が語れるのは、昨日味わった酒のことと、ヘッセリンク伯の酒の強さくらいですが。
首を傾げる私に、父王が呆れたようにため息を吐きます。
「とぼけるでない。なんのためにお前が城を抜け出すのを黙認したと思っているのだ。ヘッセリンク伯とその同輩達の集会。一体何を目的としたものだったのか」
ああ、そちらですか。
昨晩の宴の開催の報がもたらされて以降、誘われるのを今か今かと待っていた私と違い、父や宰相は水面下で色々と話をしていたようです。
「目的などなかったようです。ただの宴会でしたよ」
「まさか」
父王が目を見開きます。
気持ちはわからないでもないですね。
警戒に警戒を重ねていた集会がただの若手貴族の宴会でしかなかったと言われればそんな表情にもなるでしょう。
「そのまさかです。ただひたすら酒を飲み、肩を組んで笑い、顔にあざができるまで殴り合う。そんなごく普通の宴でした。少なくとも、私が店に到着して以降、何かを企んでいるような話は出ていません」
馬鹿話のみの、言ってしまえば下世話な宴会。
それが昨晩の実態です。
ヘッセリンク伯の奥方への惚気と、リスチャード殿の婚約者への惚気には辟易しましたが、それも含めて危険な考えが披露されることはありませんでした。
「理由もなく、昨日のような人員を集めたというのか? サウスフィールドとロンフレンドはともかく、公爵家が一つ、侯爵家が二つ、伯爵家が二つだぞ? しかも全員が長子ときている。それが、ただの宴?」
錚々たる面子であることは否定しません。その五つのうち実に四つが十貴院所属なのですから。
「酔ったヘッセリンク伯が言うには、ある人物から自分に友人がいないことを指摘されたため、そんなことはないと証明するために開いた宴だと」
「いかんな、眩暈がする。そんなことでわざわざその面子を招集するヘッセリンクの神経が理解できん」
数少ない友人を集めたら有名貴族の子息が集まった。
これが偶然というのだから、ヘッセリンク伯の抱える人の縁というものに驚きを隠せない。
「直感でしかありませんが、ヘッセリンク伯の言葉に嘘はないかと。今回改めて真正面から向き合いましたが、友人達と語らい酒を酌み交わす彼に狂人の影は見当たりませんでした」
端々に何を言っているのかと思う発言もありましたが、それは家族や家来衆に向けた愛情に起因するものであって、国をどうにかしてやろうとか、父王に対する不満とか、そんなものは一切語られていません。
こう言ってはなんですが、昨晩のヘッセリンク伯はすこぶるまともでした。
それを伝えると、父王が疲れたように眉間をほぐしながらゆっくりと首を振ります。
「俄には信じがたい。しかし、それが本当であれば余や宰相は、若者達のただの宴の動向に神経を尖らせていた愚か者ということになるな」
「ヘッセリンクが旗を振っていたのでは仕方ないことでは? まあ、よからぬ企みなどなかったのですから、胸を張って愚か者を演じていただければよろしいのではないでしょうか」
私の呑気な発言に苦笑いを浮かべる父王。
折に触れて凡庸な王であることを口にする父ですが、当然そんなことはなく。
柔軟性と大胆さを併せ持つ素晴らしい国王だと思っています。
たまに大胆すぎるのでは? と感じることとありますけどね。
「それであれば喜んで愚か者になるが、先入観で対応を誤った、か。今頃宰相は必死でヘッセリンク伯から話を引き出そうとしているはずだが……」
まずい、ヘッセリンク伯が宰相に連れて行かれたのを忘れていました。
「すぐに辞めさせた方がいいですね、ヘッセリンク伯も潰れはしませんでしたが相当酔っています。下手をしたら大変なことになりますよ?」
普通の貴族は王城で暴れたりしませんが、ヘッセリンク伯はここでエスパール伯を殴り倒した実績があります。
正確にはヘッセリンク伯の家来衆ですが、同じようなものです。
それを考えれば一刻の猶予もありません。
「ヘッセリンクが様々危険な存在であったことは歴史が証明していますから、レプミア国王としてその動きを警戒するのは当然のことです。しかし、先代は父上と馬が合ったのですよね? 私は当代を気に入っています。どうでしょう。彼らを色眼鏡で見るのを少しだけやめてみては」
「一つの意見として聞いておこう。なんにせよ、今回は頭を下げねばなるまい。リオーネよ、急ぎヘッセリンク伯をここへ」
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