第334話 王城で朝食を
王太子の護衛として王城に向かった僕を待ち受けていたのは満面の笑みを浮かべた僕の天敵、レプミア王国宰相殿。
まだ鬼の形相でいてくれたら対応のしようもあっただろうけど、この笑顔を目の当たりにした途端に負けを悟るしかなかった。
笑顔を浮かべた宰相にさあさあと促されるまま連れてこられたのは王城で働く皆さんが使う食堂。
席に着くと、メイドさん方が僕と宰相の前にパンやサラダ、スープ、こんがり焼かれた塊肉を並べていく。
塊肉?
朝から重くないですか?
え、ヘッセリンク伯爵は朝から塊肉だと聞いたので急遽用意してくれたんですか?
うん、その噂は嘘だって料理長に伝えてください。
「朝早くから拘束して申し訳ないですね、ヘッセリンク伯。少し話を伺うだけですのでご勘弁ください。朝食を食べながらの雑談程度だと思っていただければ結構」
メイドさんに朝から塊肉を食べないことを伝えていると、宰相が優しい笑みを貼り付けたまま雑談を強調してくる。
「雑談、ですか。いや、宰相殿と食事を共にできること自体は光栄なことだと思うのですが」
「それは嬉しい。どうもヘッセリンク伯には苦言を呈すことが多いので、こうやってざっくばらんに話をする機会が欲しいと思っていたところです」
そうですね。
基本、僕が宰相と相対する時って叱られる時だから。
しかも正座が基本姿勢のガチ説教。
「そうですか。私も宰相殿やその部下の皆さんに迷惑をかけている自覚はあるので誘っていただければ断るつもりはないのですが……」
宰相と仲良くできるならそれに越したことはないし、国のNo.2といい関係を築ければ今後のヘッセリンク伯爵家としての幅が広がるというものだ。
だけど、この場は明らかにそれを目指せる雰囲気にない。
「なにか?」
「私的な雑談の場にしては、待機する部下の方が多いのではないかな、と」
食堂の壁際に立つ文官の皆さんの数が異常。
部屋の四方に紙とペンを持った真顔の男達が居並ぶ姿は、表現し難い威圧感を放っていた。
「気にしないでください。私の部下にもヘッセリンク伯爵とは、狂人殿とは何かを間近で体験させるために控えさせているだけですので」
「気にするなと言われても……。ああ、トミー殿もいるのだな」
ヘッセリンクが何かを起こすたびに王城からのメッセンジャーを務めてくれるトミー君も真顔で立つ男達の中に加わっているのを見つけたので手を振っておく。
「さて。急に雑談と言われても困るでしょうから、最初のお題はお誘いしたこちらから提供させていただきましょう」
「いや、雑談にお題など必要ありませんよ? そうだな、国都でオススメの酒蔵などがあれば教えていただきたいな。もちろん国都以外でも構いませんが」
嫌な予感しかしない宰相の仕切りを遮るためにそんな質問を投げかけてみる。
この人もレプミアで宰相なんか務めてるんだ。
酒好きなのは確実なのでこれなら話が広がるだろうと振ってみたものの、そうは問屋が卸さない。
「トミー」
「はっ。承ります」
「ロソネラとハポンにいい酒蔵があったな? ヘッセリンク伯がお帰りになる時に渡せるよう情報をまとめておいてくれ」
この話に乗るつもりはさらさらないとばかりに部下に指示を飛ばす宰相。
しかし、ロソネラとハポンか。
ロソネラなら伝手があるから今度お手紙を送ってみよう。
「その件についてはのちほど彼から説明させるのでご安心ください。それでは雑談といきましょうか」
雑談を拒否した笑顔の男が雑談をしようと誘ってくる。
ホラーなのかな?
「わかった。とりあえず聞かれたことには誠実に回答することを約束する。だから回りくどいことはやめていただきたい。薄々気づいていたが、これは雑談という体の査問だな?」
「おや、バレましたか」
ここでようやく宰相の顔から笑顔が消える。
怖い。
怖いけど、表情とテンションが一致したので得体の知れない気味の悪さはなくなるという不思議。
「初めから隠す気もなかったでしょう。これだけ宰相直属の文官で周りを囲んでおいてなお楽しく朝食会だと言い張るなら正気を疑うところだ」
「ヘッセリンク伯爵に正気を疑われるとは光栄ですな」
「それは確かに。国でもっとも正気でない男から正気を疑われるとはな! はっはっは!」
皮肉と皮肉のぶつかり合いに、周りに立つ文官達の緊張感が増した気がした。
朝からこんなことに巻き込んで申し訳ない気持ちでいっぱいなので、今度アノ酒蔵の商品を差し入れしておこう。
「とまあ、小粋な冗談はこれくらいにして。察するに、聞きたいのは昨晩の宴のことですか? ならそれほど面白いことはお答えできないと思いますよ?」
繰り返すけど、友達と飲んでただけだから。
途中で王太子が乱入してきたけど、そのあとも王様やら宰相やら頭の硬い老人やらの悪口言ってただけですよ。
「察しが宜しいようで助かりますが、面白いかどうかはお話を伺って判断させていただきましょう」
しかし、ヘッセリンクと愉快な仲間達をマークしていた宰相は厳しい表情のまま、意を決したように切り込んでくる。
すれ違いが過ぎるよ。
「昨晩の宴の目的を教えていただきたい。ヘッセリンク伯を筆頭として、王立学院史上最も学内制覇に近づいた派閥と呼ばれている狂人派。それに加え、『護国卿を慕う若手貴族の集い』という看板を掲げる集団の指導的立場を担うアヤセ・ラスブランとダイゼ・エスパール。さらには以前のどうしようもない馬鹿殿という評価を覆すように目覚ましい成長を遂げているガストン・アルテミトス。音に聞こえた若手貴族をこれだけ集めて、何をされるおつもりだったのかな?」
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