第333話 レバーモンスター

「いやあ。爽やかな朝ですね」


 明るくなり始めた外を眩しそうに見つめながら、王太子殿下が杯を傾けて喉を潤す。

 杯の中身?

 もちろんアルコール飲料です。


「我が国の次期国王は、化け物か……?」


 寝起きのコーヒーみたいなテンションで酒を飲む次期国王の姿に恐怖すら覚える。

 乱入から空が明るくなるまで一切ペースを落とすことなく飲み続ける王太子殿下に負けまいと、全員が全員必死で喰らい付いた。

 その結果、最初にダイゼが。

 次いでミック、リスチャード、ブレイブ、ガストンが倒れ、そして今、アヤセが倒れる寸前だ。


「兄上、私はもうだめです……」


 ついに倒れ込みながらもそう声を絞り出すアヤセの手を取ってやると、力なく握り返してくる。

 くっ!

 こんなになるまで頑張ってくれたとは。

 

「いや。よくやったぞアヤセ。よく最後まで戦った。大手柄だ。これほどおまえを心強く思ったことはない。流石は僕自慢の従弟だ」


 そう声をかけると、弱々しい笑みを浮かべる従弟。

 震える唇で、なんとか言葉を絞り出す。


「もったいなき、お言葉。兄上のお役に立てたならば幸い、です。しかし、無念。これ以上はとても」


 ああ、大丈夫だ。

 あとは僕に全て任せて、皆と休むといい。

 

「構わん。眠りにつくことを許す」


「ありがとう、ございます」


 アヤセーーー!!!

 

「なんですかその小芝居は。いや、まあ確かにアヤセ殿の酒の強さには目を見張るものがありますけどね。まさか朝まで意識を保っていられるとは」


 いや本当に。

 カナリア公やアルテミトス侯と飲んだ時にも最後まで潰れず付き合えてたし、酒に強くない家系らしいラスブラン家の直系の割には頑強な肝臓を搭載しているようだ。

 そう言えばアヤセの奴、酒の場でしか王太子と会ってないんじゃないかな。

 二分の二で次期国王の前で酔ってるとか大物だ。


「それは殿下にも言えることでは? 以前ご一緒させていただいた際にも思いましたが、実にお強い」


 そしてそのアヤセを遥かに上回る強肝臓を有するのがレプミア国次期国王、リオーネだ。

 量もペースも普通じゃない。

 あれ、王太子が飲んでるの水なのかな? と疑ってみたもののはっきり酒だったし、なんなら持ち込んだなかで一番きついやつを好んで干していた。

 乱入直後は明らかに酔ってる風だったのに、飲めば飲むほどどんどん冷静になっていく様もある意味ホラーだ。

 

「国中を歩き回っていると、その土地の領主と酒席を共にすることも多いんですよ。その度に潰れていては先方に迷惑をかけるでしょう? まあ、立場上舐められるわけにはいかないというのもありますがね」


 酒席マウントね。

 王太子が年の半分を国内行脚に充てることをよく思っていない貴族も少なからずいるらしい。

 そんなアンチ王太子派貴族の領地を訪れて、接待中に吐いたり先に潰れたりしてたら見くびられてしまう。

 だから酒に飲まれるわけにはいかない、か。


「では、もともとそれほど強くはなかったと? 肝臓を鍛えることなど簡単にできるものではないでしょう」


「いえ? もともと強かったですよ?」


「だとすれば今の話は全編無駄話しです」


 はい、解散。

 なんなんだよさっきのエピソード。

 元々強いんなら舐められるわけにはいかない云々のくだり、いらなくないですか?

 強めにツッコミたいのをグッと堪えていると、僕の胸中を察したのか王太子がゆっくりと首を振る。

 

「元々強かったのは事実ですが、飲めば飲むほど、潰れそうになればなるほどさらに強くなっていく実感があるという話です。きっと今この瞬間も私の肝臓は成長していることでしょう」


 戦えば戦うほど強くなるなんてどこぞの戦闘民族だと言いたい。

 伝わらないから言わないけど。

 国のトップが肝臓モンスターか。

 

「重ね重ね化け物でいらっしゃる。この事実が公になれば、即カナリア公からお誘いがくる水準ですよ」


 肝臓推薦があるからね、カナリア軍。

 武力はカナリア軍が求める水準に達してないだろうけど、レバー強度だけはうちのフィルミー同様国内最高峰だ。

 

「それを言うなら貴方もそうでしょう? 全員酔い潰してしまうつもりだったのですが、結局ほぼ素面のままじゃないですか」


 容疑者は、酔いつぶしてしまうつもりだったと供述しております。

 やっぱりね!

 おかしいと思ったんだよ呑むペースが。

 意図的にペースあげてやがったぞこの次期国王。

 ニヤリと笑う顔がとんでもない悪人面に見えてきたよ。


「素面なわけがありません。どれだけ飲まされたと思っているのですか。殿下のお姿が見えなくなった瞬間に前のめりに倒れるでしょう」


 僕の言葉を聞いた王太子が可笑しそうに肩を揺らす。

 酔った状態の、いい具合に力が抜けたヘッセリンクジョークは上手く刺さったらしい。


「なるほど。しかしそれは困りますね。護衛役のダシウバがこの有様です。貴方に倒れられては私一人で城に帰ることになります」


 笑いを収めた王太子がこちらをチラチラ見ながらなにか言い出したぞ。

 確かに護衛のダシウバは最初に潰れたダイゼとほぼ同時に前のめりに床に倒れ込んで今だに立ち上がる気配はない

 リスチャードだけ酔って寝てても男前なのが若干腹立つ。


「困るとは、つまり私に護衛をしろと?」


「ええ、お願いできますか?」


 つまり、このまま王城についてこいと?

 ダメだ。

 いい予感が全くしない。

 王城サイドにこの宴会がマークされてることを考えれば、おそらく待ち受けているだろう。

 僕の天敵、宰相殿が。

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