第332話 拳も杯も交わした日

「気は済みましたか?」


 表に出ろとは言ったものの、外は既に暗くなっていたためそのまま部屋の中で一戦交えた僕とリスチャードに、王太子殿下が声をかける。

 未来の王様の前で二人して大の字で倒れ込んでいる姿は不敬の極みだと言われても反論できないけど、幸い王太子殿下の表情に怒りはない。

 呆れてはいるみたいだけど。


「いやあ、お見苦しいところをお見せして申し訳ございません」

 

「妹のことになると狂人っぷりに拍車がかかるんですよこの伯爵様ったら。もしかしたらまだ隠している逆鱗があるかもしれませんので、王太子殿下もお気をつけくださいな」


 痛む身体を叱咤して立ち上がると、リスチャードも頬をさすりながらゆっくりと上半身を起こしながらそんなこと言う。

 エイミーちゃんとヘラとユミカとサクリのこと以外に逆鱗なんてあるわけないじゃないか。


「リスチャード殿が言うのなら気をつけなければいけませんね。実力者二人の殴り合いを目の当たりにして、完全に酔いが覚めました」


 あ、ほんとだ。

 ふわふわした感じがなくなってるな。

 よかったよかった。

 酔った状態の王太子殿下とか扱い方がわからなさ過ぎるからね。

 親友と殴り合った甲斐があったというものだ。


「まさか、本当に王太子殿下の御前で殴り合いをしてみせるとは……。いや、例え王太子殿下がいらっしゃらなくても我々の仲間内では考えられないな」


「貴族同士で殴り合い。決闘以外ではあり得ない、か? 流石は、音に聞こえた狂人派の皆様だ」


 ダイゼ君は完全に引き、アヤセは引くと見せかけてそれすらも肯定するように深く頷いている。


「いやいや。じゃれ合いがてらに顔にあざを作るまで殴り合うのはその馬鹿二人だけだ。俺とブレイブはそんな野蛮なことはしない」


「ミックの言うとおり。狂人派狂人派とは呼ばれるが、このお馬鹿さん二人以外はすこぶるまともな人間ばかりなんだ」


 後輩達の視線を受けて、一緒にするなとばかりに否定の言葉を紡ぐミックとブレイブ。

 冷たいなあ。

 僕達は四人で一つ。

 そうだろう?

 

「聞こえているぞ二人とも。馬鹿は余計だ」


「そうよ。馬鹿はこの妹狂いだけじゃない。一緒にしないでくれる?」


 お?

 一緒にされたくないのはこっちの台詞ですけど?

 こっちはもう一回戦やってもいいんだぞ?


【先ほどあれだけ完敗ムードだったのにその自信はどこから来るのか理解できません】


 完敗ムードだっただけで完敗ではなかったからね?


【スタミナに物を言わせて泥試合に引き摺り込んだだけなのになぜ胸を張れるのか……。流石です】 


「仲がいいのはわかりましたから落ち着きなさい二人とも。これ以上は店に迷惑がかかりますよ?」


 酔っ払って無理やり貸切中の店に押し入ってきた人間の言うことじゃないです。

 王太子殿下の言葉じゃなければお前が言うなとツッコめたところだ。

 

「王太子殿下のお言葉ならばやむを得ません。この場はこれで収めることにいたします」


 後輩達に野蛮な先輩だと思われたくもないからね。


【残念。もう遅い】

 

 いや、きっとアヤセは僕のことを野蛮なんて感じてないと思う。


【申し訳ありませんが、狂信者はノーカウントとさせていただきます】


「そうしましょ。まあ、ヘラはあたしがちゃんと守ってあげるから安心してなさいよ」


 コマンドとの脳内闘争を繰り広げる僕の肩を叩きながらリスチャードがそんなことを言う。

 ちゃんと守ってあげるだと?


「勘違いするな。お前がヘラを守れないわけがないだろう? そんなことは心配してないさ」


 リスチャードがヘラを心から愛してくれていることは理解しているし、妹を任せるのに彼以上に安心できる男もいない。

 なのになぜ突っかかるのか?

 

「ただただ可愛い妹を取られることに腹が立つだけだ」


「本当に一回足腰立たなくなるまで殴ろうかしら。どう思う? ミック、ブレイブ」


 シンプルな理由に、リスチャードが拳を握り込みながら友人一同に視線を向ける。


「聞くな。ただ、お前達の喧嘩は軽い戦だということだけ自覚しておけ」


「私は止めないぞ? ただ、全部自己責任で頼む。その処理は請け負わないからな」


 流石は長年の付き合いだ。

 巻き込み事故を避けるのはお手の物か。


「本当に仲がいいのですねあなた達は。単純に羨ましく思いますよ。私に友と呼べる相手はいませんからね」


 急にしんみりし始める王太子殿下。

 仲良く見えます?

 さっきまで骨と肉を撃つ音を響かせながら殴り合ってたんですけど。

 

「殿下のお立場を考えれば致し方ないことかと」


 僕に言われたくないかもしれないけど、王太子殿下、友達が少なそうだもんね。

 それはこの人の人間性とは関係なく、次期国王という特殊すぎる立場のせいなのでなんとも言えないところだ。

 王太子殿下もそれはわかっているので苦笑いを浮かべる。


「まあ、そうなのですけどね。ただ、王太子などやっていると、仕方のないことが多くて嫌になる時もあるんですよ。ふふっ、次期国王候補が我儘だと思うでしょう?」


 権力者の自虐という見え過ぎてる地雷の処理を任されたのは、僕。

 ダシウバを含む全員からの視線を向けられては逃げられないので、

 

「殿下。我々には殿下が背負っていらっしゃる物の重さを計り知ることはできません。それを分かち合おうなど、口が裂けても申し上げられない」


 だって次期王様だよ?

 どんな荷物背負ってるのか想像つかないし、俺はわかってるぜ! なんて言うのは誠実さに欠ける。

 

「なので、さしあたっては共に酒を飲みましょうか。これでも私は王太子殿下の未来の右腕でございますから。とりあえず……、今日は吐くまで」

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