第331話 絡み酒
緊急事態。
リオーネ王太子殿下、襲来。
繰り返す。
リオーネ王太子殿下、襲来。
固まる僕達を尻目に、なぜか既に据わっている目でこちらを睨む王太子。
「なにをされているはこちらの台詞ですよ、ヘッセリンク伯。一体何をしているのですか」
ガストン君の杯を掻っ攫うと、手近にある瓶を掴んでなみなみと注ぎ、一気に干してみせる。
今のは……、よし。
今日のラインナップで一番度数の低い『宰相の微笑』だからセーフ。
韻を踏んでていいね、という理由だけで購入した逸品だ。
「いや、同世代の連帯を深めるべく宴を催しているのですが」
ぐびぐびと、続けて酒をあおる王太子に引きながらそう答えると、空になった杯をターン! と机に叩きつけた。
「そうでふよね!? ええ、私も手の者かあそのように聞いていますぞ? フェッセリンク伯が、フリスウッド家のリスチャード殿らラスブラン家のアヤセ殿お呼んで宴を開からしい、お」
呂律が怪しくないか?
ブレイブとミックに視線を走らせると、二人が同時に頷く。
リスチャードも頬をひくつかせながら首を振っている。
歳下三人は何が何やらといった感じだ。
「あー、ダシウバ殿。もしかして王太子殿下は酔っていらっしゃるのかな?」
肝の太さにかけては定評のある近衛第三隊長は、ガストン君から杯を受け取って自らも酒で喉を潤していた。
無礼者か!
とはいうものの個人的にはダシウバのそういうところ、嫌いじゃない。
僕の問いかけにも綺麗な敬礼を返してくる。
「はっ! ヘッセリンク伯が同世代で宴を開くという情報を手にした日からそわそわされていましたが、一向に誘われる気配がなく、結局当日までお声がかからなかったため本日は夕方からやけ酒をあおっていらっしゃいました!」
「ダシウバ。余計なことは言わなくていいんです」
憮然とした表情で、ダシウバから渡された冷えた水を一気飲みする王太子。
その顔を見るに、どうやらダシウバの言葉に嘘はないようだ。
「王太子殿下。いくら私が狂人などと呼ばれていても、殿下を私的な宴に招くなど、そのような不敬を冒すことはできません」
僕が首を振るのに合わせてリスチャードも苦い顔で苦言を呈す。
「ヘッセリンク伯の仰るとおりです。殿下がこの友人を高く評価されていること、我々も鼻が高いところではありますが、流石に宴にお誘いしてどんちゃん騒ぎとなると、とてもとても」
麒麟児モードに移行したリスチャードがなおも言葉を続けようとすると、王太子は手のひらを突き出してそれを遮る。
「リスチャード殿。私の前でも遠慮することはありません。砕けた態度をとることを許します。なぜなら、この席は無礼講でしょう?」
うわ、やばい。
麒麟児モードじゃない素のリスチャードの部分がバレてるじゃないか。
焦る僕達がリスチャードに目をやると、眉間に皺を寄せはしてるものの特に動揺した風には見えない。
数秒の沈黙の後、苦笑いを浮かべながら肩をすくめて見せた。
「はいはい、わかりましたよ。というかなんで殿下まで知ってるのよ。最近幸せ過ぎて守りが緩んでるのかしら?」
頬に手を当てながらそう尋ねると、今日の参加者のなかでは普段のリスチャードを最も知るブレイブが首を振り、否定の意を表した。
「いや? それどころか以前にも増して普段は隙がなくなっているな。そのうえで君の本性を把握しているとなると、流石は王太子殿下というところか」
きっと、王城側は諜報素人のヘッセリンクなんか足元にも及ばないシステムを構築しているんだろう。
王太子は長い時間をかけて国内を行脚して回ってるし、もしかしたら独自の諜報網なんかも作り上げてるのかもしれない。
ただの優しげなあんちゃんではないってことだ。
油断ならないな。
そんな風に王太子への警戒レベルを上げた僕の言葉を、ダシウバが即否定する。
「いえ。少し前から隣の部屋におりましたので。あれだけ騒いでいらっしゃれば丸聞こえです」
なにが諜報網だ。
なんてことはない、ヘラにリスチャードの素がバレた時と同じパターンじゃないか。
今日の飲み会は国都にある王族もお忍びで通うらしい、隠れ家的な店を貸し切っているから僕たち以外は入ってこれないはずなんだけど……。
「店の者は責められない、か」
おそらく、王太子もお忍びで通っているだろう店なので、本人に捩じ込まれたら断れないよなあ。
むしろ貴族でも簡単に断ることはできないだろう。
そこまでするなんて、よっぽど今日誘われなかったのが寂しかったのかね。
「今日という日がなければリスチャード殿の素の姿すら知らずにいるところでした。これから国を治めるにあたって、最も頼みとする同世代の真の姿を知らずにいたかと思うと、悲しくて悲しくて」
やたらと同世代を強調してくる王太子。
「うわ。めんどくさいわね、この子」
「言うな、リスチャード。……しかしなんだな。アヤセやガストン殿、ダイゼ殿はリスチャードの言葉と態度を知っても特段反応がなかったように思うが」
この日、リスチャードはなんの説明もなく飲み会冒頭から普段のオネエ言葉だった。
むしろ麒麟児モードに違和感を覚える僕達とは違い、初めてそれを目の当たりにした歳下三人は驚くなりなんなりしてもおかしくないんだけど。
「言葉遣い一つでリスチャード殿がこれまで積み上げて来られた功績が無になることなどないだろう」
「むしろ麒麟児と名高いリスチャード殿がこれほど親しみやすい方だとは。感激しているところです」
「リスチャード殿は兄上の御親友。それが全てです」
ガストン君もダイゼ君も合格。
アヤセは……、僕が絡めばなんでもいいのかい?
今日改めて思ったんだけど、従弟の僕に対する狂信っぷりが凄い。
「もう、いっそのこと取り繕うのやめてみようかしら」
後輩達からの言葉を受けてそんなことを言い出すリスチャード。
「僕は全力で支持するぞ?」
常時素でいられたら、ただでさえ完璧な親友の能力が十全に発揮されるわけで。
それはクリスウッドにとつてもレプミアにとってもプラスにしかならない。
「冗談よ。隙を見せたらばっさりやられる世界だもの。クリスウッドを背負う者として、死ぬまで麒麟児でいる覚悟よ」
やだカッコいい。
聞きました?
顔だけじゃなくて心も綺麗なんですって。
はあー、これは僕の最愛の妹が惚れるのもやむなしですわ。
「従弟殿、ダイゼ殿、ガストン殿。これが、クリスウッドの麒麟児、リスチャード・クリスウッドだ。どうだ、素晴らしい男だろう?」
そんな親友を誇らしく思い、その肩を抱きながら後輩達に自慢げに言うと、真面目な顔を崩して意味ありげにニヤリと笑うリスチャード。
「まあ、その分ヘラと二人っきりの時には思いっきり甘えさせてもらうけどね♪」
よし、話が変わった。
「表に出ろ馬鹿野郎め。今日こそ白黒つけてやる!」
「あれ、私がいること、忘れてますか?」
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