第323話 さらば常識、あばよ良識

 ようやく息が整ったのか、ラスブラン侯がしげしげとグランパを見つめると、なぜか顔を顰める。

 あからさまに嫌なものを目の当たりにしたような表情だ。


「しかし、本当にプラティ先輩なんだね。そのニヤニヤした笑顔。間違いなく本人だよ。なあ? そう思わないかロニー君」


 本当にラスブランのおじいちゃんはプラティさんに憧れているのだろうか。

 もっと『炎狂い』の孫らしく暴れろと嗾けてくるくらいだから心酔しきってるんだと思ってたけど、今のところ言葉と表情から敬意は一切感じられない。


「そうじゃな。儂はこの人が亡くなる前に会う機会があったが、その時のままじゃ。死者を操る禁呪でもなければ本人じゃろう」


「レックス。一応聞くが、君の召喚獣的なものが変化してるわけじゃないんだろう?」


 僕は召喚士だけどネクロマンサー的な資質はない。

 と思ったけどマジュラスがいるな。

 彼のことを思えばネクロマンサーだと言われて否定もしづらい。

 そこのところどうなの? 

 教えてコマンド!


【マジュラスは亡霊王という魔獣に分類されていますので、死者を直接召喚した例には該当いたしません】


 ああ、確かにそうだったね。

 あの子は職業『亡霊王』だった。

 仮にご先祖様達を召喚しようと思ったら、皆さんに魔獣化してもらわないといけないってことか。

 歴代ヘッセリンクが魔獣化。

 うん、きっとこの世が滅ぶな。


「違いますね。例えそうであったとしても、史上最狂の呼び声高いプラティ・ヘッセリンクを従える自信などありませんが」


「『さいきょう』の響きになにか意図を感じますが気のせいですか? 可愛い孫よ」


「ははっ。気のせいですとも」


 なぜバレた?

 イントネーションか?

 それともグランパの動物的勘だろうか。

 流石はプラティ・ヘッセリンク。

 違いのわかる男だ。

 

「一体どうなっておる? なぜ死んだはずのあんたが生前と変わらない姿でこの世に留まっておるのじゃ」


 グランパに温もりを感じない笑顔を向けられて背中に冷たい汗をかいていると、カナリア公が難しい顔で首を振る。

 真っ当な疑問だと思う。

 開幕で殴り合う前にその疑問を持つべきだと思うくらい真っ当だ。

 グランパが僕に向かってお前の役目だとばかりに顎をしゃくって見せたので、先日初代様から聞いたこの地下施設の仕様を説明する。

 説明を聞いた大貴族二人の顔に、もちろん納得の色はない。


「亡くなったヘッセリンク歴代当主の魂を捕らえて、魔獣の数が増えるのを抑制している……?」


 困惑したように僕の説明を反芻するラスブラン侯。

 口に出してみてもしっくりこないようで、片手で口元を隠して黙り込んでしまう。

 そんな様子を見てカラカラと笑うのは絶賛魂囚われ中のグランパ。


「荒唐無稽だと笑ってもいいんですよ? 世間一般の常識で考えればあり得るはずのないことですから。流石にこれは『ヘッセリンクだから仕方ない』で納得できることではないでしょう」


 諭すように告げられたその言葉を受け、ラスブラン侯は深々とため息を吐くと唇の端を吊り上げる。

 この世代はこの表情の修得が必須なんだろうか。


「いや、ヘッセリンクの非常識はだいたいそれで片付くからね。死してなお神の下に行けずこの世に留まっていようと、それこそ『ヘッセリンクだから仕方ない』の最たるものじゃないかな」


 先ほどまでとは打って変わってすっきりした表情のラスブラン侯。

 果たしてその納得の仕方でいいのでしょうか。

 先日もママンが『ヘッセリンクだから仕方ない』で片付けてたけど、それで解決してしまえるほどライトな問題じゃないと思うんだけど。

 

「案外、神の方でもヘッセリンクは厄介なのかもしれんな。だから現世に留まることを黙認しているというのはどうじゃ?」


「死後も魔獣の数を抑制する使命を与えながら、その実、自ら遠ざけたいというのが神の本音か。あり得るね」


 つまり、魔獣の数を抑制するためにこの世に留まることを義務付けられているというのは表向きで、実は神様がヘッセリンクの扱いを持て余していて近くに置きたくないから黙認してると。

 めちゃくちゃ言ってくれるじゃないですかヤダー。

 

「レックス。この二人を本気で燃やした場合、国の運営にどの程度の支障が出るでしょうか」


 この物言いには流石のグランパもイラっとしたらしい。

 イラついてなくても攻撃性の塊みたいな人なので、ここで僕が愉快な対応をしてしまうと本気で実行しかねない。

 

「お祖父様、馬鹿な質問はおやめください。お二人はカナリア公爵とラスブラン侯爵ですよ? 十貴院でも五指に入る家の当主方ですから、聞かなくてもわかるでしょう」


 常識よ、良識よ!

 僕に力を貸してくれ!


「このジジイ共を燃やしてしまうことに一切問題などありません。ああ、よろしければ僕もお手伝いいたしましょう」


 常識と良識は逃げ出した。

 つまりここには非常識しか存在しないわけだ。


「よし。現役のヘッセリンク伯爵殿から許可が出たので燃やしておきます。大丈夫、証拠など残しませんから安心してください。レックスに迷惑はかけませんよ」


 グランパが炎を浮かべながら笑う。

 じゃあ僕はゴリ丸でも喚んでみようかな。


「冗談はやめんか。『炎狂い』と『狂人』相手など無理筋がすぎるわい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る