第322話 再会の挨拶
依頼したとおり、最低限の人数でオーレナングにやってきたカナリア公とラスブラン侯。
意外と仲がいいのかと思いきや、言葉を交わさないどころかお互い目も合わせないおじいちゃん二人の様子に胃が痛む思いです。
国を代表する大貴族二人の圧が凄い。
本当は歓迎の宴を催す予定だったんだけど、すぐに『炎狂い』に会わせろという強い要望を受けたので、予定を変更して地下へとご案内することにした。
地下施設を目の当たりにした瞬間は流石に驚いていたようだけど、その後はお二人とも終始無言。
怒ってるとか不機嫌とかそんな風には見えない。
どちらかと言うと、何かに集中していて周りが見えてない感じだろうか。
グランパには事前に二人が来ることを知らせてある。
知らせなくても勝手に感知するんだろうけど、『炎狂い』さんに下手なサプライズは裏目に出る気しかしないからね。
ちなみに、ママンはまだオーレナングに逗留していて、毎日パパンに逢いに地下に足を運んでいます。
そのラブラブな様子に女性陣はうっとりですよ。
結局、最奥の部屋に到着するまで会話はゼロ。
絶対にグランパのことが大好きなはずの二人だから、テンション上がって思い出話で盛り上がるんじゃないかと期待してたんだけど。
憧れの人に逢うのに落ち着きすぎではないだろうか。
そう思いつつ、ドアを開ける。
待っていたのはグランパ一人。
ラスブラン侯とカナリア公が前に出ると、グランパがニッコリと微笑んだように見えた。
「燃えなさい!!」
嘘だろ!?
微笑んだ次の瞬間、ノータイムで炎の弾丸を連射するグランパ。
予想外の出来事に反応が遅れる。
「水魔法、瀑布壁」
予想外のことは重なるもので。
炎がこちらに到達する直前、目の前に現れたのは真っ青なスクリーン。
ラスブラン侯がスティックを突き出し、鬼の形相を浮かべながら水の防壁を作り出していた。
おじいちゃん、魔法使えるんだ。
ただの陰湿な仕掛けが得意な大貴族じゃないなんて、見直さざるを得ないね。
凶悪な炎がスクリーンにぶつかるたびに真っ白な水蒸気が立ち上り、戦場全体を覆って視界を塞いでいく。
「死ね! 『炎狂い』!!!」
何が起きたんだろうか。
いや、多分視界不良に乗じてカナリア公がグランパに襲いかかったんだろうけど。
しかし、死ねって。
その人もう死んでますよ?
立ちこめる蒸気を風魔法で吹き飛ばすと、部屋の真ん中には睨み合うお爺さんが二人。
上半身裸の戦闘フォームで短剣を突き込むカナリア公と、その腕を鷲掴みにして止め、炎を纏った手刀を上裸公の首筋に突き付けて笑うグランパの姿があった。
「ふむ。貴方達もだいぶ歳を取りましたね」
「そう言うあんたは、時を止めておるみたいじゃな」
「それはそうです。これでも一度死んだ身ですからね。これからも見た目は変わらないらしいですよ?」
グランパの言葉に、水の幕を解除したラスブラン侯が腰をさすりながら歩み寄る。
息が上がっているのはだいぶ無理をしたからなんだろう。
「それはうらやましいことだね。私達は年々シワが増えていくというのに」
はっはっはと笑い合う三人。
いや、おかしいでしょう?
久しぶりの挨拶もなく殺し合いを始めるのも、何もなかったかのように笑い合うのも。
「明らかに本気でお互いの命を奪いに行っていたのに、なぜそんなに和やかなのですか」
「なぜと言って、いつもの挨拶みたいなものですからね。若い頃から変わらないやり取りですよ」
嘘だろグランパ。
挨拶の要素が一つも見当たらないよ。
「挨拶がわりにしてはカナリア公の殺意が高すぎたように思うのですが」
「それはそうじゃ。この化け物相手に手を抜いておったら次の瞬間丸焦げにされるからのう。プラティ・ヘッセリンクを襲う時は常に本気かつ全力なのが鉄則よ」
カナリア公、今挨拶の話しをしてませんでしたか?
なぜ挨拶の代わりが襲撃で、なおかつ丸焦げを覚悟しないといけないんでしょうか。
「私達世代の常識なんだよ。『炎狂い』に相対する時には必ず全力を傾けよ、ってね」
常識とは。
いや、考えても仕方ないか。
この世代は言葉を交わすより拳を交わすことでコミュニケーションを取っていたんだろう。
そうなると、感想は一つだけ。
「敵が多かったのですね、お祖父様」
もちろん皮肉だ。
しかし、ヘッセリンクオブヘッセリンクなグランパには通用しない。
「敵しかいませんでしたが? 比較的可愛がってあげていたつもりのこの二人からしてこの状況ですから」
なぜそれを満面の笑みで言えるのか。
まあ、可愛がっていたはずの後輩二人に再会即戦闘を仕掛けたのは貴方ですけどね?
「儂らは十年以上振りの再会の場で力比べをするつもりなどなかったんじゃがな」
「嘘おっしゃい! 一分の無駄もなく連携していたでしょう? やる気に満ち溢れていないと無理な動きですよあれは」
「やる気はなかったよ。ただ、レックスから事前に貴方が私達が来ることを知っていると聞いていたからね。であれば考えられることは一つ」
「目が合った瞬間。いや、儂らの姿を認めた瞬間に撃ってくる。それは予想ではなく確信じゃ。案の定そのとおりじゃったしのう」
道中二人が無言だったのは、仲が悪いからとかそういうわけではなく、グランパのファーストアクションに対応するために集中していたからなんだろう。
絶対仕掛けてくるという、二人のグランパへの篤い信頼が窺える。
「だからお二人とも途中から魔力を練り始めたのですね……。カナリア公がお強いのは知っておりましたがラスブランのお祖父様が水魔法の使い手とは。不覚にも存じ上げませんでした」
グランパの炎を一つ残らず掻き消したんだ。
相当凄腕だぞこっちのグランパも。
しかし、僕の称賛にラスブラン侯は苦笑しながら首を横に振る。
「ああ。違うよレックス。私は魔法の才能に恵まれてはいない。とてもじゃないがこの頭のおかしい二人と並び称される立場にはないんだ」
その言葉を受けてカナリア公が皮肉げに唇の端を吊り上げた。
「ラスブラン侯は『炎狂い』に憧れるあまり、その炎を掻き消すための魔法だけを磨き続けた真性の変態じゃからな」
「誰が真性の変態だ。孫の前でおかしなことを言わないでくれるかな? ロニー君」
「では、ヘッセリンクのお祖父様の操る炎に対しては無類の強さを誇る、と」
対『炎狂い』に特化した守備職人?
凄い執念だ。
まあ、真性の変態であることも間違いないけど。
「そんなに都合のいいことがあればいいんだけどね。先にも言ったが、私に魔法の才能はない。つまり魔力も乏しいんだ。プラティ先輩の炎なんか、一度受け止めたらそれで打ち止めさ」
今も膝が笑っているよ、年甲斐もなくカッコつけるものじゃないねと笑うラスブラン侯。
「身体中の魔力を一息で吐き出す技術だけなら当代一じゃよ。普通はどうしても次の手を考えて小出しにするからのう」
「まあ、戦場に身を置かない男の一発芸のようなものだよ」
「私の炎を相殺しておいて一発芸とは大きく出ましたね。相変わらず可愛げのないことです」
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