第321話 貴族二人旅 ※主人公視点外

 国都からオーレナングに向かう馬車の中。

 私達は、本来であれば家紋の入った馬車に乗り、十分な数の護衛や供回りを連れて移動するべき立場にある。

 しかし、今回はヘッセリンク伯爵であり、私の孫でもあるレックス・ヘッセリンクの要請に従い、馬車の質も供回りも全てを必要最低限に抑えて旅することを強いられていた。

 旅の相棒は、ロニー・カナリア。

 学院時代には私の一学年下で、二年ほど同じ学舎で過ごした後輩だ。

 

「君と二人で行動するなんて、学生の時以来かな?」


 お世辞にも関係がいいとは言えないため会話が弾むことは期待できないが、それでも終始無言というのも気まずいので先輩として話のきっかけを作ってみる。


「さて。学生時代でもあったかどうか。ただでさえあんたとは気が合わんかったからのう」


 嫌そうに眉を顰めるロニー君。

 お互いジジイになったというのに相変わらず可愛げのカケラもない。

 ただ、言っていることは間違ってはいないので私の反応としては肯定一択だ。


「間違いないね。寄れば触ればいがみ合い。生意気な後輩だったよ」


 どう生意気だったのかは一言では表しきれないので割愛するけど、とにかく入学して即全方位に喧嘩を売って歩いていた印象だ。

 私も何度か彼を捕まえて諌めたことがある。


「それはそちらに先輩としての優しさが足りなかったからじゃろう? 顔を見れば説教ばかりでは慕えというほうが無理というものよ」


「きみが大人しく学生生活を送っていれば私がお説教なんてする必要はなかったと思わないかい?」


 そもそも入学初日から喧嘩を売って回るような人間に優しさが必要だっただろうかとも思うしね。

 そんな私に、何かを思い出したのか嫌そうな顔を向けてくるロニー君。


「大人しかったじゃろ。本当はもっと暴れてやろうと思って入学したんじゃ。すぐさま『炎狂い』に張り飛ばされて野望は潰えたがのう」


「張り飛ばされた? それは殴り飛ばされたの間違いだね」


「正確には、そうじゃな」


 あったね、そんなことも。

 一学年上の私達に一通り喧嘩を売り歩いてみたものの反応が芳しくなかったからなのか、標的を二学年上に切り替えたロニー君。

 あの時は、カナリア公爵家はこの子が後継で大丈夫なのかと心から心配したものさ。

 しかし、幸か不幸か彼が最初に絡んだ二学年上の生徒は、あのプラティ・ヘッセリンクだった。

 結果、ロニー君は『炎狂い』から有無を言わさぬ肉体的指導をいただく羽目になった、と。


「食堂で一年生が床と平行に飛んでいく姿を見て顎が外れるかと思ったものさ。あの男に喧嘩を売るにはあまりにも時期が早過ぎたしね」


 殴り倒すではなく、殴り飛ばすという言葉の意味を正しく理解したのはあの時だったね。


「快適な学生生活を送るためには頭を狙った方が手っ取り早いと思ったんじゃよ。まあ、世間知らずだったということじゃ」


「『学院で振りかざしていいのは正論と拳だけ』だったかな?」


 あの時、プラティ・ヘッセリンクの口から高らかに宣言された言葉だ。

 歳をとって耄碌した今でも忘れられない。


「よく覚えておるもんじゃな」


「それはもう強く印象に残っているから。正論はともかく、拳を振りかざすことが許されているわけないだろう? ってね」


 ふざけるなよ! と思ったものだ。

 あんなに強く感情が動いたのは初めてだったかもしれない。

 

「まさにのう。あの時は自分の身体が吹っ飛び過ぎた衝撃で納得してしまったが、あとでよくよく考えれば無茶苦茶過ぎるわ」


 貴族としても個人としてもとことん反りの合わない私達だけど、こと『炎狂い』に関する被害報告をしている時だけは分かり合える。

 それは昔から変わらない独特の関係性だ。

 

「学院を卒業したあともお互い十貴院だなんだで顔を合わせる機会も多かったからね、私達は」


「『炎狂い』は面白いと思う議題の時しか会議に顔を出さんかったがな。それを咎められんのじゃから若い頃は羨ましかったのう」


 今でこそ欠席は白紙委任状と同義というだけで会議に顔を出さないこと自体はうるさく言われなくなったが、一世代前だと年寄りがうるさかったものだ。

 言われなかったのはプラティ・ヘッセリンクだけ。

 

「敬意など欠片もなく、気に入らなければ会議中でも関係なく魔法を使う危険人物だったからね。そりゃあ上の世代も怖かっただろう」


 口にしてみると、なぜ私はそんな危険人物を慕っているのか頭が痛くなる思いだけど、今更だと思い直す。


「その危険人物はとうに亡くなったはず。じゃが、その孫が言うには、会わせてやるからあんたと二人、連れ立ってオーレナングに来い、と」


 そう言ったロニー君の表情は硬い。

 常に小生意気というかクソ生意気な飄々とした笑顔を浮かべている彼にしては珍しい顔だ。


「ヘッセリンクからの文を疑ったかい?」


 そう聞くと、硬い表情を幾分か緩めて首を横に振る。


「いや。不思議なものでな。なぜか小指の爪の先ほども疑わんかった。あんたの孫とは何かと縁があって為人を知っておるからな。くだらん遊び方はせんじゃろう。それに」


 そこで言葉を切り、小さく息を吐くロニー君。

 これもまた豪放磊落な彼らしくなく、躊躇いがちに言葉を漏らした。


「あの男なら死んでもなお生きていてもおかしくない。そう思ったんじゃ」


 理屈に合わんことを言っておるな、と自嘲気味に笑う。

 まあ、事情を知らない人にそれを伝えたらおかしくなったのではないかと心配されるのは間違いないね。


「そちらは? 孫とはいえ仇敵ヘッセリンクからの頭がおかしくなったかと疑わざるを得ない内容の手紙を受けてどう思った」


「孫には、最近良かれと思って助言したことで嫌われてしまってね。そのこともあって意趣返し的な何かかなと思いもしたんだが」


「愛情表現が下手くそなのは相変わらずのようじゃのう」


 私にしては珍しいほどまっすぐに孫のためを思って助言したつもりだったんだが、どうやら上手く伝わらなかったらしいからね。

 若い世代に伝えるというのはいつでも難しいものだ。


「放っておいてくれ。まあ、どう考えても与太話の類だし取り合うのも馬鹿馬鹿しい話しだと頭では理解していたのに、気づいたら孫の要請のとおりオーレナング行きの日程を君に相談する文を送っていたんだ」


 何を馬鹿な、と感じるより先にペンを握っていたのには自分でも驚いた。

 私が個人的な文をロニー君に送ると知った息子達の反応はもっと凄かったけどね。


「貴族らしさのカケラもない用件だけの文にあんたの本気を感じたわい」


 

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