第318話 準備

 ヘッセリンク値の高さについてお墨付きをもらい精神的な傷を負ったエリクスと、お祖父ちゃんにボコボコにされて肉体的な傷を負ったメアリ。

 我が家の誇る二大若手が充分に機能しない状態に陥っているため、一度地上に戻った後改めて温泉について確認させてもらうことになった。

 初代様があると言えば間違いなくあるんだろうし、ジャンジャック達も確認してるんだから慌てることはない。

 まずは家来衆のケアが最優先だ。

 それに、やっておかないといけないこともある。

 それは、ママン、カナリア公、ラスブラン侯への報告。

 今でも父を愛してやまない母には絶対に会わせてあげたいし、今僕にできる最高のママン孝行だと思う。

 信じてくれるかどうか?

 100%信じてくれるさ、あの人もヘッセリンクなんだから。

 カナリア公とラスブラン侯については、話を聞くだけでグランパへの憧れが強いのがわかる。

 特にラスブラン侯はそれが顕著で、僕にも『炎狂い』の孫らしくあれ! とお説教をかます程だ。

 手間を考えれば、できれば二人同時に、なおかつお忍びでお越しいただきたい。

 レプミアを代表する貴族家当主であり、察するに犬猿の仲っぽい二人だから無理を言っているのはわかっているけど、面倒は一度で済ませたいんだよなあ。

 ジャンジャックからは正直に事実を記して四の五の言わずにオーレナングまで来いと書いた手紙を送りつけるよう言われた。

 事情を聞いたハメスロットも同意見。

 結構衝撃的な報告をしたつもりだったのに、表情をピクリとも動かさずに肩をすくめるだけの執事さん。

 

「あっさり信じるのだな、ハメスロット。 歴代のヘッセリンク伯爵家当主の魂がこの地に留まり、実体化して話までできるなんて。与太話にもほどがあると思わないか?」


「嘘なのですか?」


「いや、事実だが」


「なら、そうなのでしょう。疑っても仕方ありません」


 ハメスロットのヘッセリンクに対する理解度の高さ……というか諦めの良さに驚きを隠せないが、話が早くて助かります。

 とはいうものの、ママンはともかくそもそも老貴族二人が信じてくれるかは賭けだな。

 普通なら、どうした、頭おかしくなったか? でお終いだから。

 

『指定どおり、カナリア公とともに最低限の供回りのみでオーレナングに向かうことに決まった。受け入れの準備をしておきなさい』


 で、蓋を開けてみたらとんでもないスピードで返事が届いたわけです。

 早馬とかそんなレベルじゃない。

 この結論に至るまで、カナリア公とラスブラン侯の間で手紙を少なくとも複数回往復させたはずなのに、理屈に合わないレスポンス速度。

 

「お祖父様に憧れているのは知っているが、お世辞にも仲がいいとは言えないお二人が躊躇わずに足並みを揃える程とはな」


 呆れる僕に、ハメスロットもため息をつきながら言う。


「お二人の先々代様への憧れ……、いえ執着でしょうか。それは私どもが想像するよりも遥かに強かったというわけですね」


「執着か。お二人に伝えたらきつく叱られそうな表現だ。絶対に言わないでおこう」


 そして、ママンからはお返事が届かなかった。

 なぜなら、返事など不要とばかりにオーレナングに乗り込んできたから。

 騎士団から、猛スピードでこちらに向かっている濃緑ベースの馬車の存在を知らされてママンのアポ無し来訪が明らかになったんだけど、まだ何も準備してないよ!


「まったく。あまり小言を言いたくないが、貴族としての最低限のマナーをだな」


「お袋さんも兄貴から貴族のマナーを説かれたくないだろうよ。来ちまったもんは仕方ねえ」


 グランパにしごかれた傷もだいぶ癒えたメアリは屋敷内の通常業務に復帰している。

 クーデルの献身的な看護もあって順調な回復具合だ。

 『俺の女に手を出すな』的発言を受けて、ただでさえ溢れていたメアリ愛が過熱暴走するんじゃないかと危惧していたけど、反対にこれまでよりも落ち着いた、節度のある距離で彼に接するクーデル。

 これには大人組もびっくりしたが、エイミーちゃんの予想では、メアリがクーデルに対して無意識下で独占欲を抱いていることを理解したことで、余裕が生まれたのではないかということだった。

 なるほど。

 これはもう逃げきれませんねメアリ君。

 

「それだけ先代様に逢いたいという強い気持ちの表れだと思います。愛の前に貴族の決まり事など塵芥も同然。流石は愛の一族たるヘッセリンクの大奥様です」


 そんな余裕を手に入れた愛の戦士クーデルが、うっとりとした表情を浮かべながら頷いている。

 いつから我が家は愛の一族なんていう薔薇の似合いそうな集団になったのだろうか。

 ヘッセリンクと書いて狂人って読まれてたはずなんだけど。


「愛の一族かどうかは知らねえけど、来たらすぐ地下にご案内か? なら親父さんに伝えといたほうがいいだろ。俺が行ってこようか」


「いや。折角だから父上には知らせず突然のご対面を楽しんでいただこうと思う」


 サプラーイズ!

 折角久しぶりのご対面なんだからパパンには驚いてもらおう。

 いやいや。

 パパンの驚く顔が見たいとか、そんなことないですよ?

 純粋に親孝行の一環としてドッキリ、ではなくサプライズ的に再会を演出したいと心から思っているわけです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る